休日
翌朝、サティアが目を覚ますとベッドの横には魔導書に伏せて寝ているネルマの姿があった。
「……良い朝だわっ」
そう言うと彼女はそっとネルマの下敷きになった魔導書を回収しベッドから出る。
思い立ったように朝食の準備を始めようとキッチンに向かうサティアだったが————
「しまった、干し肉とパンしかないわ」
買い出しから戻ったサティアが朝食を作り始めた頃、その物音でネルマが目を覚ます。
「あら、起こしちゃったかしら」
まだ目が半分閉じたままのネルマがキッチンに向かって歩いてくる。
「ご飯……何か手伝えることある?」
「大丈夫よ、ネルマちゃんは座って待っててね。私だってこのくらい一人で——あちっ」
「わかった……がんばって」
寝起きで反応が鈍いネルマは慌てふためくサティアを放置しテーブルに着く。
「ふぅ……なんとかできたわ……じゃなくて、お待たせネルマちゃん」
ネルマの食卓に新品の木皿へ注がれたスープと小さめのバスケットに入ったパンが置かれる。
「わぁ、美味しそう」
「食べていいわよ」
「ありがとう、いただきます」
サティアは自分の朝食をテーブルに並べることもなくネルマの真正面の席へと座る。
「美味しい」
「ほんと!? 頑張って作った甲斐があったわ……いや、このくらい余裕なのよ?」
「サティアさん、お兄ちゃんは?」
「あー、さっき市場の方で出会ったわよ。ボルドと魔物狩りに行くから、その間ネルマちゃんのことお願いって。だから今日もたくさん読んでいいわよ。むしろ読んでちょうだい」
「やった」
「そういえば、ネルマちゃんってどんな魔法が得意なの?」
スープを口に運ぶネルマを見つめながら問う。
「得意……なのかな、一番深く扱ってるのは召喚魔法」
「へぇ、命令が難しくて諦めちゃう子多いのにすごいじゃない」
「それ、喚び出してすぐ命令するからだと思う」
「どういうこと?」
「えっと、召喚獣は喚びだされるとその間だけ魔力の許容量が増えるんだけど、イメージで言うと小さい瓶からちょっと大きい瓶になる。でも中身、持ってる魔力は小さい瓶のときのままだから大きくなった瓶の分だけ魔力を与えてあげないと、わがままな相手は言うこと聞いてくれない。魔力を多く持ってる人でも、自分が戦うわけじゃないからって喚び出すときに魔力を出し惜しみするとそうなる人が多い。呼び出してすぐ命令する人でもここが出来てたら相手はちゃんと言うこと聞いてくれる。もし出来なくても、すぐに命令せず先に戦いのお手本を見せてあげたり、ご飯あげたりすれば解決できること」
「……召喚魔法がそんなものだなんて。今言ってたことって誰から習ったの?」
「召喚は才能と相手との相性次第って習ったけど、そうじゃない気がしたから色んな人の結果を比較して、自分でも検証したりして見つけた答えみたいなもの」
「ネルマちゃん、相当な子だとは思ってたけど……想像の遥か上すぎて頭痛くなってきたわ」
テーブルから崩れ落ちそうになりながら頭を抱えるサティア。
「大丈夫?」
「心配されて元気出たわ!!」
「どういうこと?」
「あぁ、気にしないで。教えてくれてありがとね、ゆっくり食べてちょうだい」
「うん」
朝食を済ませたネルマは今日も魔導書をひたすら読み漁った。
一方でジオとボルドは、王都から南側に広がるクラルス大草原を探索していた。
「ネルマが魔導書読みたいだろうから仕方ないとはいえ、オレたちは何をしてるんだ……。レアな魔物が居るって本当なんだろうな……?」
「噂じゃ魔物化した翼のないドラゴンらしいぜ」
「ドラゴンならもっと騒ぎになってそうだが……」
「んー、たしかに」
ボルドは悩みながら少し曇った空を仰ぐ。
「ボルドの言う通り翼を失ったドラゴンってのが本当なら、まだ幼い奴で咆哮なんかで騒ぎにならないのも納得はいくが……そんな簡単な話なわけないか」
「とにかくそれっぽいのを探してみようぜ」
「あぁ、せっかく来たんだ。見つけるまで帰らないぞ」
「昨日はため息ついてたくせにやる気満々じゃねぇか」
頭の後ろで手を組みながら半笑いで煽るボルドにジオは冷静に返す。
「何か言ったか?」
「いいや、何も」
その後、それらしい姿を全く見ないまま昼を迎えた。
「腹減ったぜ……」
空腹で背中が曲がり腕が垂れ下がったボルドにジオは哀れそうな目を向ける。
「操り人形の方がもっとマシな歩き方するぞ」
「朝飯もっと食っとくんだった……昼飯用意しとくんだった……」
「ノープランもいいところだな、同行してるオレも人のことは言えないが……少し待ってろ」
「お?」
辺りを見回し進行方向から西側、遠くに見える森に目をつけたジオは、足元から突風を起こし放物線を描きながら森の方に飛んでいった。
「うぉぉ、あれも魔法か。便利だなぁ」
ボルドが関心していると、今度は森の方から人影が彼を目掛けて物凄い速さで飛んでくる。
「お、なんだ? ジオか? うおぁぁぁぁ!!」
その人影は腰を抜かしたボルドの目の前で風を起こしゆっくりと着地する。
「ほらっ」
ボルドの元へ戻ってきたジオが両手に一つずつ握った拳サイズの赤い果実を呆然とする彼の方へゆっくりと放る。
「おっと……これは?」
表情を変えないまま宙を舞い手元にきた果実を受け取る。
「いつ目当ての奴に遭遇するか分からないんだ、それでも食べておけ」
「ジオは?」
「いいから食べろ」
「……ありがとよ、じゃぁいただきますか」
そう言って果実を口に運ぼうとした瞬間、ジオたちの進行方向にある低く滑らかな丘から大きな影が現れる。
「あ……」
口を大きく開けたままのボルドの手から果実が転がり落ちた————
次回 『大空』