剣と想い
ジオとネルマが調査に出る日の朝、冒険者ギルドでのこと————
「さっそく情報収集か?」
一足遅く来たボルドが、掲示板に隙間なく張られた依頼を眺めて難しい顔をするジオたちの元へ歩み寄る。
「そうなんだが……目ぼしい情報はない」
「初任務から大変そうだなぁ……お?」
「どうした」
「この人探しの依頼、俺の村だぜ」
ボルドが依頼の紙を手に取って読んでいると、ネルマが横から覗いてみる。
「サニア村」
「あぁ、ド田舎だけどいいとこだぜ。依頼のついでに母ちゃんに顔でも見せに帰るか」
「行ってみたい」
「そうか? じゃぁ今度連れてってやるぜ」
「うん、約束」
ボルドはネルマにガッツポーズをして見せる。
「オレたちはもう行く、依頼を受けるなら気をつけろよ」
「おぅ! ジオたちもな!」
ジオたちが去ると、ボルドは受付で依頼を受注した後、サティアの店に向かった。
「サティア、依頼手伝ってくれないか?」
「いやよ」
息をするように拒否するサティア。
「くっ……頼むぜぇ、俺の村からの人探しの依頼なんだよ。治療が出来る奴がいてくれた方が助かるし、もちろん報酬も分ける」
粘るボルドにサティアは眉をひそめて問いかける。
「ねぇ、あなたもそうでしょうけど……私が今お金に困ってると思う?」
昨夜の金貨の山を思い出してボルドは渋い顔をする。
「そうでした」
「まぁ今回は手伝ってあげるわ」
「ほんとか! 助かるぜ!」
「外で待ってて、準備したら行きましょ」
「おぅ」
ボルドが外に出て間もなく、サティアはバスケットを持って出てきた。
「なんだそれ」
「お弁当、あなたの分もあるわよ」
そう言いながら笑顔でバスケットを開いて見せる。
「…………いつものパンじゃねぇか」
「良いでしょ別に……ほら、馬借りにいくわよ」
二人は馬を走らせて一時間程でサニア村に到着した。
「ふぅ、やっと着いたぜ」
「へー、ここがボルドの故郷なのね。静かでいいところじゃない」
「そんなもんか?」
「そんなものよ」
まるで時間の流れが止まったような村の空気にサティアは耳を澄ませていた。
「探してる奴は洞窟に入ったっきりって依頼書に書いてあった。母ちゃんに挨拶すんのは後にして洞窟に急ごうぜ」
「そうね、行きましょ」
二人は馬を降りて村の一本道を駆け抜けていく。
「あれだ、川の向こうにある」
「ちょっと! あれ渡れるの!?」
川は流れが強く、水面に顔を出している岩も少ない。
「魔法であっちまで行けないのか?」
「浮遊魔法なんて使えないわよ!」
「ジオのやつ、風っぽいので飛んでたぜ?」
「そんな身体能力もないわよ!」
無茶ぶりをされサティアが頬を膨らませていると、ボルドは背中の剣を取り地面に刺す。
「……背負うしかないぜ?」
サティアがその台詞を理解するまで数秒ほどかかった。
「えっ!? いやいやいや! あなた馬鹿なの!?」
「うっせぇ! じゃぁ歩いていくか!?」
二人の争う声が山の中で反響する。
「それはいやよ!」
「子供か! 早くどっちか選べよ、人の命が懸かってんだ!」
「あーもう! 分かったわよ!」
駄々をこねていたサティアがようやく答えを出す。
「……背負ってちょうだい」
そう言ったサティアはいつもと少し違う様子だった。
「はぁ……ほらよ」
ボルドが片膝をつき両手を後ろに差し出すと、サティアは躊躇いながらも背中に近付いてそっと彼の肩に手を置いた。
「いいか?」
「え、えぇ……」
サティアの脚を抱えてゆっくりと立ち上がる。
「行くぞ」
ボルドが川に最初の一歩を踏み出す。
「つめてぇ~」
少しずつ、足場を確かめながら進んでいく。
サティアは背負われたまま、目の前にあるボルドの後ろ頭に目を向ける。
「大丈夫か?」
「えぇ……あなたこういうときだけは男らしいわね」
「もう少し普通に褒められねぇのか……?」
少し気を抜いたボルドがふらついてしまう。
「あぶねっ!」
「ひゃっ!」
すぐに態勢を整えたボルドだがその拍子にサティアが彼の背中にしがみつく。
「うぃ!?」
ボルドが裏声を上げるが背中に密着したままサティアは離れようとしない。
「……大丈夫か?」
無事体勢を整えたボルドが声をかけると、サティアは首元に顔をうずめたまま籠った声で彼を責める。
「しっかりしなさいよー」
「すまねぇ……あとくっ付きすぎじゃねぇか?」
我に返ったサティアが勢いよく体を離して渾身の一撃を叩き込む。
「いってぇ!! お前がくっ付いたんだろうが!」
「この変態!! あなたがふらつくからでしょ!」
「馬鹿! 暴れるな!」
川を渡り切るまで二人はずっとこの調子だった。
ボルドはサティアを降ろした後、剣を取りに折り返して再び洞窟側に戻った。
「やっと渡れたぜ…」
「近づいてみると意外と小さい洞窟ね」
「道も少ないからすぐ見つかるはずだ」
洞窟の入り口でサティアが明かりを用意する。
「光」
魔法が辺りを優しく照らす。
「今魔法使って大丈夫か?」
「たいして魔力消費しないし問題ないわ」
「そうか、じゃぁ進むぜ」
分かれ道を含めすべての道を捜索するも人の気配は全くなかった。
「ちょっと……! どこにもいないじゃない……!」
サティアが息を切らせ座り込む。
「さすがにもう洞窟は出たか……」
二人は最奥から虚ろな目で来た道の方向を見つめる。
「ねぇ……人がいた痕跡がどこにもないけど、この洞窟に何の用があったのかしら……」
「たしかに……魔物も滅多に出ないし採れるものも少ないからなぁ」
「——ん?」
ボルドがため息をつきながら壁沿いの岩に持たれかかると、それは突如奥へと沈み込み、岩同士がぶつかり合う音を立てながら洞窟に新たな道を出現させた。
「なんだ!?」
目の前で座り込んでいたサティアが驚いて立ち上がる。
「うそでしょ! 隠し通路じゃない!」
「遺跡……なのか?」
真っ直ぐに下へと続く階段がサティアの魔法に照らされるが、その先までは届かず暗闇がどんよりと待ち構えている。
「私たちまずいもの発見してない? 大丈夫?」
「この奥に依頼の奴が迷い込んだってことか……」
突然の出来事にサティアが自問自答を始める。
「行くの!? 居なかったらどうするのよ! あー、でも居たら見殺しになっちゃうわよね……」
「サティア、俺一人で行ってくるから、戻らなかったらギルドに報告頼むぜ」
「ちょっと! 危険過ぎるわ! せめて村の人にそれを伝えて二人で行きましょ、その方が安全よ」
「……分かったよ」
村に戻って連絡を済ませた二人は再び隠し通路の前に立っていた。
「母ちゃんめ、まさか川を渡るの見られてたとは……」
「カップルと間違えられちゃったじゃないのよ」
「文句なら母ちゃんに直接言え」
口先で喧嘩をしながら二人は階段を降りていく。
「あら、もう扉ね」
「木製とは急に不用心だぜ」
「おそらく魔法で封印してたんでしょうね、もう解かれてるわ」
「なるほどな、俺が開けるぞ」
ボルドは剣を手に取り、左手でゆっくりと扉を開く。
扉の先にはドーム型の大きな空間があり、明かりも付いている。
そして————
「アメミット…………」
体は獣、全体的に赤黒い毛並みでたてがみもあるが顔だけはドラゴンのよう。
「遅かったか……サティア、静かに下がれ」
伏せて眠りについているアメミットの横には胸部を食い散らかされた死体が血だまりと共に転がっている。
サティアが慎重に一歩下がろうとするが、既に気配に気付き目を覚ましていたアメミットは突然二人に鋭い爪を向けて飛び掛かる。
二人は咄嗟に左右へ回避するが間一髪だったサティアは転倒してしまう。
「こっちだぜデカブツ!!」
振り下ろした一撃はアメミットの左肩に傷を入れる。
「浅いか、タフな野郎だぜ」
怯みこそしなかったがその矛先は完全にボルドへと移った。
「助かったわボルド、私も戦うわ」
「距離は取れよ」
サティアが立ち上がり魔法を唱える。
「火柱」
アメミットの足元から噴火のように炎が燃え上がった。
炎が消えた瞬間にボルドも追い打ちを掛ける。
「おぉぉらぁぁ!」
彼の斬撃でまたひとつ浅い傷が増える。
依然繰り出す斬撃は決定打にならず、サティアの魔法も軽い火傷程度だった。
「嘘でしょ……ほとんど効いてないわ」
「倒し切るまでこっちの体力が持たないぜ……」
アメミットが唸り声を上げ始める。
「いくわよ! 氷柱」
「でぇぇりゃぁぁ!」
ボルドが接近した瞬間、アメミットが前足で反撃を繰り出す。
「こいつ!」
すかさずボルドは剣で反撃を防ぐが、衝撃で後方へ飛ばされる。
一方、サティアの魔法は着弾するもアメミットの外皮には通らず砕け散った。
「ボルド!!」
受け身を取ったボルドはすぐに戦闘に復帰する。
「大丈夫だ、攻撃頼む!」
「私もネルマちゃんみたいに強ければ……そんな愚痴は後回しだわ、火柱!」
ボルドへ向いていたアメミットの矛先がサティアへと移り、彼女に向かって突進し始めた。
「サティア!」
「っ! 防壁」
アメミットは防壁に衝突して尚、体重を掛けてそのまま押しつぶそうとする。
「今行くぜ! おらぁぁぁ!」
ボルドは全速力でアメミットの横に回り、その腹を深くまで突き刺した。
アメミットは刺された瞬間に歯を食いしばって彼を振り払う。
「ぐぁっ!」
振り払われる直前に剣を引き抜いた傷口から血が噴き出す。
ボルドが転倒し仰向けになったところをアメミットは更に右足で踏み潰しにかかる。
剣から血が滴りながらその右足を必死に支えるが徐々に鋭い爪が近づいて来る。
「ボルド! 氷柱!!」
サティアが放ったその魔法はまたしても効果がない。
アメミットが右足に力をこめるほど腹から血が流れ出し、辺りが紅蓮に染まっていく。
「くそ、剣の血で手が滑る……まずいぜ……!」
ついに、鋭い爪がボルドの肩に食い込み始める。
「ぐっ……あぁぁぁ!!」
「ちょっと……離れなさいよぉぉ!!」
サティアが氷柱をひたすら連発していく。
怒ったアメミットはボルドを彼女の方へ地面ごと引っ搔いて投げ飛ばす。
「ひゃぁ!」
ボルドを受け止めたサティアは壁にぶつかり座り込む。
「いったいわね……っ! ボルド!!」
ボルドは全身から血を流し、アーマーは砕け、剣も折れていた。
「う……このくらい……問題ねぇ……!」
「今回復するわ……! っ……魔力がない……!」
その間もアメミットはうなり声を上げ睨みながら、ゆっくりと二人の元へ近づく。
ボルドを抱えて座り込んだまま、サティアは呟く。
「……ごめんなさい」
すると、突如ボルドとサティアを中心に魔法陣が展開される。
「命を燃やせ……魂を砕け……我が代償の力を示せ!! 運命の粉砕!!」
ボルドの詠唱と共に、彼の目の前に太陽の如く輝く大剣が現れた。
大技を察知したアメミットが咆哮を上げながら飛び掛かる。
「サティアだけは……護るって決めてんだぁぁぁ!!」
立ち上がったボルドは大剣を握り、胸の内に秘めてきた想いを叫びながらアメミットに真正面から振り下ろす。
輝きを纏ったその斬撃はアメミットを両断し、遺跡に最も大きな爪痕を残した。
「ごぼっ!」
そしてボルドは大量の血を吐き————膝から崩れ落ちた。
次回 『挑戦者』