表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
虹魔の調停者  作者: 岩井碧月
厄災編
1/142

民の声

 ある日の夕刻、数多の魔物を倒し人々を救ったアルカヌム王国の英雄が、命を落とした————

 

 悲劇から二か月が経ち、民たちは悲しみに暮れながらも互いに手を取り合い前へ進もうとしていた。

 そんな涙の中心地、アルカヌム王国の王都に二人の兄妹が足を踏み入れる。

「さすがに前来た時ほどじゃないが、思っていたより活気あるな」

「私初めて王都に入った。遠くから城壁を見たことしかなかったから新鮮」

 二人は言葉を交わしながら、賑わいを見せる商業通りの方を見ていた。

「とりあえずあっちに行ってみるか」

「うん」

 商業通りでは武器屋をはじめ、薬屋、パン工房や洋裁屋など様々な店が構えられ、立ち並ぶ露店には数々の雑貨や料理が並んでいる。

 二人が立ち寄ったのは比較的客足の多い串焼きの露店だった。

「串焼きを二本頼む」

「まいど。あんたら旅人かい?」

 少し老けた串焼き屋の男は二人に串焼きを渡しながら返答を待たず語り始めた。

「英雄のフェル殿がお亡くなりになってからというもの、自分もいつかそうなるんじゃないかって恐れて冒険者を辞める奴が多くてな。人手が足りなくて外の魔物が増えるんじゃないかと思っておったが、こうして今まで通り串焼き売れるほど平和が戻ってきた。魔物の被害も増えるどころか減ってきたって噂だ。冒険者続けてる連中が頑張ってくれてる証拠だろうさ」

「……そうか。ちなみに冒険者ギルドはどこだ、そいつらにこの店の宣伝でもしておく」

「そこの居住区を抜ければすぐだよ」

「わかった。じゃぁな」

「あいよ、またどうぞ」

 話を終え、二人は少し離れた場所で串焼きを食べることにしたが——

「冷めたな」

「でも、美味しい」


 冒険者ギルドの目の前に着いた二人は立ち止まる。

「骨を飾るのは自由だが……多いな」

「入るの?」

「冷めたとはいえ、串焼きの宣伝を約束したからな」

「根に持つね」

「入るぞ」

 扉を開けた先には吹き抜けの大きなロビーがあり正面受付の両端から延びる階段を登った二階は一階ロビー全体を見渡せる冒険者用の食堂があった。

「冒険者辞めた奴が多いって話だったが……」

「意外と賑わってるね」

 ギルド内は受付嬢と冒険者の会話やパーティーを組んだ冒険者同士の会話が多く飛び交っていた。

 依頼が貼られている壁際の掲示板を眺める二人の元へ一人の屈強な男が近寄り話しかける。

「そこの二人、ちょっといいか?」

「あ? オレたちのことか」

「今日中に済ませなきゃいけない依頼があるから手伝ってくれないか」

「内容にもよるが、話くらいは聞いてやる」

「依頼と言っても知り合いから使いっぱしられてるだけなんだ……魔物の皮を出来るだけ多く集めてこいって。体力に自信はあるけど数を相手にするのは少し不安だ、ちょっとしたサポートでもいい——頼めないか?」

「……オレは構わない、ネルマは?」

「私も」

「そうか! 助かるぜ!」

 嬉しさのあまり男は自分の背丈ほどある大きな剣を背負ったまま飛び上がり、そんな彼を見て兄妹二人は微笑んだ。

「おっとすまねぇ、紹介が遅れたな……俺の名前はボルド、見ての通り冒険者だ。そっちの名前も聞いていいか?」

「ジオだ、こっちが妹の……」

「ネルマです、よろしくお願いします」

「ジオにネルマだな、よろしく頼むぜ」

「もう行くか?」

「そうだな、狩場になる森まで少し距離もある。道中でいろいろ話そうぜ」


 王都を出た三人は南西に見える森を目指し草原を進んでいた。

「二人はどこの所属の冒険者なんだ? 王都の人間じゃないだろ」

「シナーフ村の出身だ、それにオレたちは冒険者じゃない」

「そうだったのか。ちなみに冒険者の仕事に興味はないのか?」

 ボルドから期待の眼差しを向けられたジオはさりげなく彼から顔を逸らす。

「勧誘しても無駄だぞ。そもそもオレは冒険者に詳しくない……ネルマはどうか知らないが」

「私もあまり知らない、さっきギルドでマニュアル読んだくらい」

「オレの横でいつの間に読んだんだ……」

「簡単に言えば、冒険者ギルドに届いた魔物退治に護衛、危険な場所での採集なんかの依頼をこなす連中だぜ————ざっくりし過ぎか?」

「だな、そのくらいは知ってるぞ」

 ボルドが焦りながら説明を続ける。

「い、今から行くのは魔物の討伐に等しいわけで、数相手ともなれば普通は数日飲み食いできるほどの報酬が出るはずなんだ……悲しいことに今回は顎で使われたせいで依頼主からの報酬はない……」

「そういえば、報酬の話してなかったな」

「この森? 魔物の気配がする」

 

 話をしているうちに三人は目的地である森の前に着いた。

 魔物の気配を前にネルマが話を切り出す。

「役割とか、どうするの?」

「前衛なら任せてくれ」

 そう言ってボルドは剣を担いで胸を張った。

「ネルマはサポートだな。オレは……司令塔でもやる」

「おいおいサボる気か?」

「まさか」

 不安そうな目をするボルドにジオは真顔で返した。

「大丈夫、お兄ちゃん強いから」

「そうなのか……? 頼むぜぇジオ」


 それから三人は魔物の気配の強い森の奥へと進んでいき、木々が大量になぎ倒されて開けた場所を発見する。

「なんだこりゃ」

「魔物の仕業……」

 ネルマは周囲を警戒しつつそう呟いた。 

「ジオたちは魔物が元はその辺の動物や植物だっていうのは知ってんだよな?」

 ボルドが唐突に日に焼けた顔を赤くしながら問う。

「まぁ、魔法を扱うんだから当然だな」


「俺ガキの頃から魔法に縁がなくてな、そういう知識に疎い上、魔物が元は動物だって常識すら知らないもんだがら今回の依頼主とちょっと前に魔法の話になったとき、魔物は動物とかが魔素を浴び過ぎて~ってな感じで長々教え込まれたもんだぜ…………はぁ……」


「恥ずかしいことではないと思う。私だって、誰だって最初は知らないこと。それに今は、沢山教えてくれる相手がいるんでしょ?」

「ネルマ……そうだな」

「自分よりでかい剣背負って気にすることじゃないぞ」

「うっせぇ、ネルマの台詞を見習ってほしいぜ」 


 すると次の瞬間、木の陰から赤く暗い毛に覆われた狼が飛び出す。

「ワインウルフか、当たりだぜ! おぉらぁぁぁ!」

 ボルドの薙ぎ払った一撃は飛んできた狼を体を真っ二つにした。

「ただ背負ってるだけの剣じゃなかったか」

 端の方で仕事もなく立っているジオが感心する。

「働け」

「前衛がよそ見をするな」

「はいはい」

「二人とも、まだ来るよ」 


 戦闘音を聞きつけた他のワインウルフたちが三人の元へ集まり始める。


「大群の予感だな……ネルマ、サポート頼むぜ!」

「うん」

「加減しろよネルマ、魔物の素材が使いものにならなくなる」

「お兄ちゃんうるさい」


「はぁ! どぉらぁぁぁ!」


 その後ボルドとネルマは順調にワインウルフの群れを倒していき、数分ほどで襲撃の波は収まった。

 周囲に大量の死骸が転がる中ボルドは額から汗を垂らしながら大剣を担ぐ。


「ふぅー終わったぜ————お?」


 凄まじい速さで自分の頭上ギリギリを何かが通り抜けボルドは思わず声を漏らす。


「けっ——剣どこいった!?」


 担いだはずの剣がいつの間にか右手から消えていた彼があたふたし始めた直後、至近距離で勢いよく地面に何かが落下し、同時に狼の鳴き声が森に響き渡る。


 驚いたボルドが音の方向に目を向けると、討伐したワインウルフの三倍以上の巨体を持つ個体が地面を跳ねながら転がっていた。


氷柱(アイシクル)


 ネルマが魔法を唱えて二つの氷の刃を生成し、それを巨大なワインウルフが転がってきた方向へと放つ。

 冷気を放ちながら飛んでいった氷の刃は、ボルドの剣を握って立っていたジオの背後から迫るワインウルフ二体を見事に貫く。


 そしてジオはボルドの大剣を逆手に持ち変え、五十メートル先で立ち上がろうとする巨大なワインウルフに向かって投げ飛ばす。


 ジオが投げた大剣は見事にワインウルフの心臓の位置に突き刺さり、その巨体は再び地面に転がった。


「す……すげぇな…………」

 それ以外の言葉が出ずボルドはただその場に立ち尽くす。

「こいつで最後だ。さっさと素材採るぞ」

「そ、そうだな……」

 ボルドは動揺しながら返事をすると、距離の離れているネルマに対し耳打ちをするように話しかける。

「ネルマ、ジオの肩どうなってんだ……! 俺の剣投げたぜ……!?」

「お兄ちゃん強いって、さっき言った」

「それは覚えてるぜ……! 強いとかそういうレベルじゃ——」

「おい何を話してる、早く来い」

 巨大なワインウルフの死骸に深く突き刺さった大剣を引き抜きながらジオが声をあげる。

「わ、わりぃ! 今いくぜ!」


 ボルドは慌てて走り出し、ネルマもその後を追っていった。


 日が傾いたころ、三人は素材を持ってようやく王都へと帰還した。

「ふぅ、疲れたぜ。二人とも、礼を言う」

「ボルド、報酬の件だが」

「げっ……」

「冗談だ」

「そうだ、依頼主の紹介だけでもさせてくれ。またいつ無茶ぶりされるか分からねぇ」

「またオレたちを連れていく気か……」

 腕を組み薄目で愚痴をこぼすジオにネルマがそっと解説を入れる。

「まんざらでもないお兄ちゃん」

「ネルマうるさいぞ?」

「ボルドさん、その依頼主さんのとこ連れていってくれる?」

「あぁ、行こうぜ。と言っても俺の家の目の前だ」

「あ?」


 ボルドに案内され二人は依頼主へ会うことにした。


「ここだ」

 着いたのは都市の南東側、教会近くの居住区だった。

 街の中央や西側のどっしりとした石造の建物と比べ少し古いのか、この一帯は木骨と白壁の建物が多くどれも年期が入っている。

 辺りの雰囲気に負けじと扉の横に掛けられた気品のある木製の看板にはこう書かれていた。


 『サティア魔導書店』


「ネルマのテンションが上がりそうなワードが来たな」

 案の定、一見普段と変わらない大人しいネルマだがその目はキラキラしていた。

 それは今日会ったばかりのボルドにさえ分かるものだった。

「よし、入るか」


 ボルドが扉を開けると取り付けられていた鐘が揺れ、これもまた気品のある高く滑らかな音が鳴る。

「いらっしゃい」

 はきはきとした女性の声が店内の奥から響く。

 店内は見渡す限り本棚だがしっかりと整頓されていて、窓のカーテンはすべて閉められランプがいくつか置かれていた。

「サティア、素材採ってきたぜー」

「あら、ご苦労様」

「この二人にも感謝しろよぉ」

「え?」

 奥から絶え間なく聞こえてきていた物音が止み、代わりに足音が近づいてくる。

「何やってんだ」

 薄目で店の奥を見つめるボルド。

 すると本棚の陰から綺麗な茶色の髪を垂らし眼鏡を掛けた女性が顔を覗かせた。

「失礼したわね」

 息を切らせながら三人の元へ歩み寄る。

「そちらのお二人が手伝ってくれたの?」

「あぁ、ジオとネルマだ」

「ジオくんにネルマちゃんね、よろしく。素材集めるの手伝ってくれてありがとうね。この魔導書店の店主をやっているサティアよ。ちなみにこの男はうちの従業員」

 そういうとサティアはボルドの方を見る。

「おい、なった覚えはないぜ?」

 当然のようにボルドは視線すら動かさずに返答する。

「あぁ……」

「ふふ、よろしくお願いします」


(大変そう)


 兄妹二人はシンクロした。

次回 『魔導書』

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ