宇宙人ワイコ25点
機械的に反復。
アルゴリズムの中で繰り替えす記号の羅列が私の細胞分裂。0と1。
永遠に反復。
林林は闇の中でうずくまって呼吸をする。だけどそんな自覚も妄想なのかもしれない。消滅したときに初めて自分は存在したのだという証拠を残せるのだろう。自分はここに存在する限り、その存在を自分で認めることができない。他の誰かの、誰かの呼ぶ声で私は私の名前を知る。初めて自分はうずくまっていたのだと気がつく。呼ばれるまでは何もない。無の中でただ風も吹かない場所で息もすることができない。
私は息がしたかった。
信号は赤に変わる。何人かの人がまだ小走りで道を横断していた。
でも数秒後にはみんなたどり着いて横断歩道には誰もいなくなった。
幼い女の子、女の子の赤いワンピースが見える。
すぐに人ごみに消えたけど。
車が一斉に私の前を走り抜けて行く。風で髪がなびく。
上をふと見上げると飛行機雲が見えた。青い空。
汗が頬を伝って、拭いても拭いても流れて行く。
若い女性の甲高い笑い声がやたら喧騒の中で際立って耳障りだった。
口笛を吹いてみたけど喧騒の中に飲まれて何も聞こえなかった。
悲しいという感情は押し殺せば押し殺すほど増幅する。
こらえればこらえるほど泣きたいという気持ちは強くなって、
頬を涙が伝うまですべてが嗚咽に変わるまで、悲しいという感情は自分の中で増幅して行く。
私は存在するからこそ悲しい。
だから存在しなくなれば悲しみはなくなる。
そのことが今とても悲しかった。
痛みは私の身体を駆け巡る。痛みは自分が生きていることを痛感させて、自分の中に埋め込まれた生存システム。宇宙人ワイコが埋め込んだシステムが確かにここにあることを実感させるのだ。そのシステムから逃げることはできない。誰も逃げることはできない。私は息なんかしたくなくても息をせざるを得ないのだ。逃げる方法はただ一つ。この身の消滅。
誰だってそのことを知ってるけど、試そうとはしない。それも宇宙人ワイコの生存システム。
死は人間の最大の恐怖だから。
恐怖と痛みの宇宙人ワイコの生存システムは、私が逃げようともがけばもがくほど強くなる。
だからみんな宇宙人ワイコの存在システムのことなんか忘れたフリして何事もないかのように生きている。逃げようとしたってよけい苦痛が増すのを知っているから。
快楽の脳内麻薬分質が陶酔させる。みんなそれに溺れた。私も例外の一つではない。
みんな陶酔の中で我を忘れた。自らが囚われた身であることも忘れた。自由を錯覚した。錯覚も死ぬまで続けば真実なのだろうか。死んだ跡にその身を宇宙人ワイコが連れ去っても、誰もそのことを知ることはできないのだから。私もその欺瞞の真実の中で生き続けられれば幸福だったのだろうか。
何度も私の名前を呼ぶ声がした。そんなはずないのに。
私は一歩を踏み出す。宇宙人ワイコからの逃亡。
もう見ることはない空が今まで生きていて一番きれいに
見えたことが、この上ない幸福に思えた。
クラクションはファンファーレの如くで、
終わりなのに何かの始まりであるかの如く鳴り響いた。
激しい痛みも刺さるような感覚も体がちぎれて行くような感覚も、
何時までも遠のかない意識の中で
気が狂うような感覚を私にもたらして、私はただひたすらに苦痛で。
苦痛だ、苦痛。苦痛であった。
生きていることが。
だからもう死ぬんだ。
そう思ったときにはきっともうすべてが終わっていて
宇宙人ワイコが私を取り囲むだろう。
でも私はそこにはいないよ。
私は自由になったのだ。
血だまり。嗚咽。