溺れている。
ゆっくりと上半身を起こし、赤い魚を見下ろす。彼女は、泣いているようだった。
嗚咽交じりに呻く声は小さく、僕の耳には届かない。時折聞こえる、ごめんなさい、という懺悔を乞う言葉だけが、彼女の心を映している。
雨音を避けるよう、彼女の口元に耳を寄せた。彼女の呻きを、聞き取るために。
「本当は、好きだったのよ」
聞こえてくる懺悔の情は。
「でも言えなかった」
もうずっと。
「言ったら、かりそめの友情すらもなくなってしまうのが、怖くて」
もうずっと。口にしたかったのに出来なかった言葉たち。
嘆く赤い魚の悲しみは、僕のそれと似ているような気がした。僕と赤い魚は、とても似ているような気がした。
僕と赤い魚と空の嘆きは、とても似ているような気がした。
*
路地裏の狭い道とはいえ、他の魚が通らないわけではない。僕たちを怪訝な顔で覗き込み、関わらないように逃げていく。
化粧の溶けた雨水が、アスファルトに降り注ぐ。赤い魚は、嘆く雲と同じ色の雨を流していた。
「結婚式に行ったの」
赤い魚は嘆く。
「彼女は、幸せそうな笑顔だった」
幸せの隣にいるのが、自分ではないことを嘆く。
「だから私は、言わなきゃいけなかったの」
おめでとうを。心にもない言葉を。
けれども、言えなかった。それは、僕と同じで。愛しい人の幸せを憎むという、その感情は僕と同じで。
「嘘なんて言えない、言いたくない」
おめでとうなんて言いたくない。
だから僕は魚になった。だから彼女も魚になろうとしている。
空から降り注ぐ悲しみの雨で、僕が魚に変貌したように。彼女も、魚になってしまいたかったのだろう。