表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/4

溺れている。

 ゆっくりと上半身を起こし、赤い魚を見下ろす。彼女は、泣いているようだった。

 嗚咽交じりに呻く声は小さく、僕の耳には届かない。時折聞こえる、ごめんなさい、という懺悔を乞う言葉だけが、彼女の心を映している。

 雨音を避けるよう、彼女の口元に耳を寄せた。彼女の呻きを、聞き取るために。

「本当は、好きだったのよ」

 聞こえてくる懺悔の情は。

「でも言えなかった」

 もうずっと。

「言ったら、かりそめの友情すらもなくなってしまうのが、怖くて」

 もうずっと。口にしたかったのに出来なかった言葉たち。

 嘆く赤い魚の悲しみは、僕のそれと似ているような気がした。僕と赤い魚は、とても似ているような気がした。

 僕と赤い魚と空の嘆きは、とても似ているような気がした。


*


 路地裏の狭い道とはいえ、他の魚が通らないわけではない。僕たちを怪訝な顔で覗き込み、関わらないように逃げていく。

 化粧の溶けた雨水が、アスファルトに降り注ぐ。赤い魚は、嘆く雲と同じ色の雨を流していた。

「結婚式に行ったの」

 赤い魚は嘆く。

「彼女は、幸せそうな笑顔だった」

 幸せの隣にいるのが、自分ではないことを嘆く。

「だから私は、言わなきゃいけなかったの」

 おめでとうを。心にもない言葉を。

 けれども、言えなかった。それは、僕と同じで。愛しい人の幸せを憎むという、その感情は僕と同じで。

「嘘なんて言えない、言いたくない」

 おめでとうなんて言いたくない。

 だから僕は魚になった。だから彼女も魚になろうとしている。

 空から降り注ぐ悲しみの雨で、僕が魚に変貌したように。彼女も、魚になってしまいたかったのだろう。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ