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泳いでいる。

 泳いでいる。


 雨の中を。雑踏を。人波を、泳いでいる。

 時折聞こえてくるクラクションのノイズに、僕の心は掻き乱される。人混みは、心地好い。泳いで泳いで、その先に何が待っているのかなんて考えることもなく泳いで。

 泳ぎ疲れて、ただ、眠りたい。

 見上げると、灰色の雲が泣いていた。しとしとと降り注ぐ涙が、街に鮮やかな花を咲かせて。色とりどりの花の中、それでも僕は進む。泳ぐ。

 鮮やかに着飾った魚たちが、僕の行く手を阻んでも。僕は止まらない。立ち止まったら溺れてしまう。思考の波に巻き込まれてしまう。

 だから、僕は泳ぐ。

 スクランブル交差点を泳ぎ、駅前へと進んだ。薄闇に包まれた駅前を回り、今泳いでいた道へと戻り。

 目的は、ただひとつ。

 何も考えずに済むよう、とにかく疲れ果てること。

 僕は思考したくない。何も考えたくない。何も知りたくない。

 逃げ出して泳ぎ続けても、何の意味もないことは知っている。知っているけれども、知りたくない。

 雲が本格的に嘆き始め、街中は色鮮やかな花で埋め尽くされようとしていた。色鮮やかな傘の花。僕には、必要のない。

 髪から滴った涙を拭うことなく、僕は泳ぎ続ける。頬を伝う液体を拭うことなく、僕は進み続ける。


 ――姉が結婚した。


 現実は、知らない。僕は今、魚になっている。


*


 泳ぎ続けていると、目の前に、赤い魚が現れた。傘を持たない赤色の魚。彼女は僕の顔を見ると、手に持った袋から乾いたタオルを取り出した。

「はい、使って」

 魚は水の中でないと呼吸が出来ない。乾かしてしまったら、僕は死んでしまう。

 僕は軽く首を振り、赤い魚の誘惑を断った。

「びしょ濡れよ?」

 なおもしつこく、赤色の魚はタオルを差し出してくる。彼女自体がずぶ濡れになっていることに、気が付いていないのだろうか。

「濡れてるよ?」

 赤い魚にそう告げる。

「知ってるわ」

 彼女はしれっと言い返す。

「知っているなら」

 どうして。そう言葉を発する前に、彼女が僕の頭にタオルを乗せていた。僕の潤いを、乾いたタオルが吸っていく。僕の髪が、乾いてしまう。

「止めろよ」

 とっさに手を振り払い、雑踏に紛れ込もうとした。しかし、赤い魚が後をついてくる。

「一緒に行くわ」

 しっとりと濡れた赤いドレスを身に纏った魚は、僕の静止も聞かずについてきた。泳ぐ速度を上げると、彼女の歩きが早くなる。振り払おうと路地に逃げ込むと、彼女も路地に迷い込む。

 仕方なく僕は、赤い魚と共に泳ぐことにした。

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