前世の記憶
「そっか、私って悪役令嬢だったんだ」
学園の食堂で、私はポツリとつぶやく。
「どうしたんですか、ポーラ様。そんなこと誰でも知ってるじゃないですか。というか、自分で令嬢とかいうのダサくないですか?」
「……あなたはいつでもその調子ね。いや、今はむしろこういう人が近くにいて助かるというか……」
「えっ、ポーラ様がバカにされてキレないのはじめてみた。熱でもあるんじゃないですか」
「失礼ねっ! ちょっと今考え事してるから!」
取り巻きのアニーサに軽口をたたかれながら、突然流れてきた前世の記憶に思いをはせる。
この世界は、高校生の頃遊んでいたゲームと同じなのだろう。
貴族が通うプリースト学園を舞台に繰り広げられる恋愛模様。学期途中で編入してくる平民のアリサは、この学園で様々な男子たちと出会い恋に落ちていく、というシンプルなゲームだった。
私ことポーラ・クリストルは、平民のアリサを毛嫌いし、その恋を邪魔していく。しかし、エンディングで今までの悪事を暴かれ、婚約者も失い、没落してしまうのだ。とはいえ……。
「ねえアニーサ。最近アリサって転入生がいたと思うんだけど」
「ああ、先日3組に来た子ですよねー。あんまり詳しくないですけど、その子がどうかしたんですか?」
「いや、これはたとえばの話なんだけどね? 私がその子に嫌がらせとかはじめたら、あなたはどう思うかしら?」
「まーた素直になれないんだ、バッカだなぁと」
「あなたはちょっと素直すぎるのよ! ケンカ売ってるのよね、いいわよ表に出なさい!」
「お、私の返し正解だったみたい! よかったーいつものポーラだ」
「あなたね……」
派手な金髪とつり目から怖がられてきた私は、昔からほとんど友達がいない。というかアニーサからも今まで散々からかわれているが、どうやら私はなかなかの悪役顔らしい。クリストル家が強大な権力をもっているのも、皆から距離を置かれる原因のひとつかもしれないが、おそらく大部分の原因は顔だろう、というのがアニーサ談である。
もっとも、アニーサ自身は「全部誤解なのに、大変ですねぇ」と言ってよく笑っている。私の性格をよく理解してくれ、入学当初から仲良くしてくれている数少ない友達の一人だ。友達が一人しかいないともいう。
「とりあえず、アリサちゃんって子と仲良くなりたいんですよね? 食事終わったら会いに行きましょうよ」
「いや、そんなことは一言もいってないのだけれど……」
正直ゲームの記憶を取り戻した以上は、アリサと関わらようにすればいいだけな気もしている。でも、没落ルートがどこで待っているかもわからないし、とりあえずアリサの様子くらいは見たい。
「でも、ポーラ様が他人に興味もつなんて、何があったんですか?」
「そうね、あなただけには言っておこうかしら」
自分が前世でやってたゲームとこの世界が同じだなんて、普通の人にいっても理解されなくてどうしようもない。でもアニーサなら、きっと、
「なにバカなこと言ってるんですか?」
「ええそうね、絶対そう言われると思ったわよ!」
「そもそもポーラ様って人に全然話しかけないじゃないですか。さっきのたとえ話の時も思いましたけど、そもそもアリサちゃんに嫌がらせするなんて度胸もないですよね」
「うっ……」
アニーサの言うとおりである。
ゲームの内容とこの世界はほとんどが一致しているのだが、ポーラ個人については結構違う。たしかゲームではアリサにぶつかられてポーラがキレる、みたいなイベントが最初にあったはずだが、ポーラはそこまで短気でもない。いや、そもそもよく知らない人に怒るのこわいし……。
「ポーラ様にできる人への嫌がらせなんて、上履きに消しゴム入れるくらいのものですよ」
「まあ、否定はできないわ……。」
「というか、作り話にしても、せめて自分をヒロインにしましょうよ。なんですか、ヒロインの邪魔をする『悪役令嬢』って」
「私だって知らないわよ。でも、ゲームの中にはヒロインとの和解ルートもあるの。それにうまく乗れたら一番いいのだけど……」
ゲームでは基本的にヒロインルートで話が進むため、ポーラは単なる悪役として描かれる。しかし、幕間にちょこちょことポーラのお話がはさまれ、実はポーラが素直になれないだけの臆病な性格であることが明らかとなっていく。そのため、ゲームプレイヤーの中でのポーラ自体の人気は意外と高かったのである。
和解ルートではアリサとポーラが仲の良い友人同士となってエンディングを迎えるため、ヒロインの恋の成就までは描かれず、あくまでサブのエンディング扱い。しかし、そこではポーラは没落することもなく、婚約者と結ばれ、幸せな生活を送るのである。
「ポーラ様からしたら、アリサちゃんっていう友達が作れて、没落もせず、婚約者と結ばれるってことですか」
「ええ。というか、他のルートではなんだかんだ没落するし、真面目にやるとしたらこのルートしかないのよ」
「まあ、ゲーム云々の話はよくわかりませんが、とりあえずアリサちゃんと仲良くすればいいってことはわかりましたよ。ポーラ様ほんとに友達いなくて悲惨ですし、とりあえず頑張ってみましょうよ」
「悲惨は余計よ! でも、協力してくれるなら嬉しいわ」
「まあ、その方針でいくなら、とりあえず悪役っぽく振る舞ってから実は……って流れがいいんですかね」
「ゲームの内容、正直そこまで覚えてないのよね。確かに面白かったけど、何度もやるタイプのゲームじゃなかったし。だから、ポイントだけ伝えてあとの方針は任せるわ」
「そんな適当なぁ。でもポーラ様、現時点で1つ問題があるじゃないですか」
「なによ?」
「ポーラ様、婚約者いないですよね?」
「……しょうがないじゃない! みんな私のこと怖がってるし夜会だってぜんぜん参加したくなかったのよ!」
「ポーラ様、社交性ゼロですもんねぇ。というか、その和解ルートとかやる前に、婚約者探しが先なんじゃないですか」
「じゃ、じゃあまずは婚約者探しよ!」
「はいはい。ちなみにゲームでの婚約者は誰だったんですか?」
「それが明かされていなかったはずなのよ。まあ話の流れ的に、ヒロインと恋に落ちるキャラクター以外のはずなんだけど」
「うわぁ、情報なしですか。正直、アリサちゃんと仲良くなるよりも婚約者探しの方が絶望的ですよ」
「言うなぁ!」
前世の記憶がよみがえった今では、この歳で婚約者いるのってどうなの? という気持ちもある。しかし、ここは現代風中世ヨーロッパ。貴族としての体面もあり、卒業後のことを考えても、とりあえず婚活をする必要がある。
「アリサちゃんと仲良くするのと同時並行で、婚約者探しも一緒にやるしかないですねぇ。いや、今までパーティーさぼってきたポーラ様にはいい薬ですよ」
「ううっ……。でもゲームと違って、攻略対象者を婚約者にしても特に問題はないはずよね? それなら、ゲーム時代の知識を生かして多少は……」
「今まで人と喋ってすらこなかったくせに何言ってるんですか」
「うっ……」
前世の私も、基本的に人との交流は乏しかった。いや、これ無理ゲーじゃない?
「でもアリサちゃんと仲良くすれば、おこぼれにあずかれるかもしれませんねぇ」
「その言い方は惨めになるからやめて!」
「とりあえず、没落回避と婚約者探しのため頑張りましょう!」
「はぁ。気が乗らないわね……」
意気込むアニーサに連れられて、私はアリサのいるクラスを目指すのだった。