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幸福の在り処  作者:
本編
2/14

間 レヴィル


 向上心も先見の明もない者に、責任を与える者はいない。






 学院の休養日、レヴィルにとっては入学後初めての事だ。

 その日、レヴィルは王都内にあるひときわ大きな屋敷に呼ばれ、門をくぐった。

 本来なら、共にイリスがいるのが当然なのだが、今日は一人きり。屋敷の主に、一人で、と言われたからだ。


「お招き、ありがとうございます。ジェノヴィア伯爵家次男レヴィルと申します」


 扉の先、室内にいた男女に完璧なまでの優雅な礼を取ったレヴィルに対して、女性は柔らかな笑みを落とす。


「こちらこそ、急にお呼びたてして申し訳ないわ。どうぞ、ゆっくりなさって」


 促されて席に着いたレヴィルの前に、侍女が紅茶を置き、軽いお菓子をテーブルに置く。

 お茶会、の様相を呈しているがそれにしては面子が明らかにおかしい。


 招待者である男女、そして、レヴィルの三人だけなのだから。

 しかも、双方の年齢差は親子ほどもある。


「今日、イリス嬢は?」


「王妃殿下にご招待され、お茶会に参加しております。ラヴェンデット侯爵夫人が母国から帰国なさったとかで」


「なるほど」


 聞かずとも知ってるだろうに、と思いつつもレヴィルは素知らぬ顔で答える。


 ラヴェンデット侯爵夫人は東の隣国の貴族出身で、侯爵自身は外交官でもある。土産話を聞く、という名目の元に王妃は外国情勢を仕入れる気でいるのだ。必然、お茶会の参加者達もそれに関わることのある重鎮の奥方達だったりする。

 余談だが、ラヴェンデット侯爵夫人自身は結構惚けた人物で、本気でそういった裏事情に気付かないくせに情報を取捨選択して与える事の出来る、ある種の天才である。…天才と何とかは紙一重、とか言ってはいけない。


 その場にイリスが呼ばれたのは、立場的なものだ。いずれ、そういったお茶会を開くべき立場にいるのだから当然だ。


「では、これからの事は王妃殿下から聞かされることになるだろうから問題ないな」


 事前に打ち合わせしているだろうことは予想できたが、レヴィルは男性の言葉に神妙に頷いておく。

 侍女も執事も控えていない、正真正銘の三人だけの室内が言いしれぬ緊張に包まれる。


「…我が家には、子が少ない」


「はい」


「跡取りたる息子に、自慢の娘。何一つとして不満はなく、不安もない。…かつては、な」


「…はい」


 語尾に疲れが混じったような気がしたが、レヴィルは無視して頷く。

 同情してもいいのだろうが、それは男性に対して失礼な気がした。何より、先に同情してしまっては男性が謝れなくなる。だから、レヴィルは視線にも声にも感情を乗せないように意識した。


「いささか、不安と不信が湧いてきた。そこで、思ったのだ。娘に信頼できる相手があれば、と」


 つまり、言い方は悪いが代用品が欲しい、ということだ。

 そして、その『代用品』の候補に、レヴィルが選ばれた。だから、ここにいる


 さもありなん、とレヴィルはただ納得した。

 二人が抱く不安も不信も熟知しているレヴィルは、代用品扱いに何とも思わない。


 そもそも、貴族にとって長男以外の男子は代用品以外の何物でもないのだ。

 爵位を継承できるのは男子のみで、男子がいなければ女子が婿を取って継承は出来るが、基本的にはそうなっている。次男であるレヴィルは、兄に不測の事態が無ければ、伯爵が所有する男爵位と小さな領地をもらって独立することが決まっている。どこぞの家に婿養子に入らなければ、だ。

 そして、婿養子に行く際には、兄に跡継ぎとなる子供が生まれていることが前提だ。何故なら、レヴィルは代用品だから早々に他所にやるわけにはいかない。

 学院に入る前にそれを理解しているレヴィルは、男性の言い様に腹を立てることも悲しむ必要性もないのだ。逆に、喜ぶべきだ。


「…公のお眼鏡にかない、恐悦至極に存じます。ですが、それはいささか早計ではございませんか? まだ…」


「君は、本心からそう思うかね?」


 レヴィルは沈黙するよりほかなかった。


 本心から言えば、早計、などとは言えない。逆に、時間をかけすぎじゃないか、と思わないでもない。


「我々は丸々5年間を与えた。その間に愚息の言動を見極めよう、と。結果は、ご覧の通りだ。おそらく、我々よりも君の方が想いは強いだろう」


 その通りなので、口元を緩めて冷たい微笑を浮かべるにとどめた。


「受けてくれるかね?」


「…8年前、貴方方が持ってきたお話を姉が断らなかったのは何故か分かっていて、仰っておられますか」


 わずか声にとげが出てしまったのは容赦してもらいたい、とレヴィルは思った。


「分かっているわ」


 苦渋のにじむ声で答えた女性に、レヴィルは無意識に鋭い視線を向けてしまった。


「こちらは公爵、そちらは伯爵。こちらからの申し出を断ることなど不可能でしょうね。でも、8年前、彼女は確かに息子に想いを抱いていたわ」


「その2年後にはあの様ですからね。百年の恋も冷めますよ」


「全くだわ。そもそも、息子から望んだ縁談だというのに……」


「へぇ、それは初耳です。まあどうでもいいですが。…話を戻しましょう。立場から見れば、僕に拒否権のない話です。頷く以外に選択肢がありません」


「では、立場を取り払い、君自身の感情に基づけば、どうかね」


 男性の言い様に、レヴィルは視線を部屋の隅に流して黙考した。


「憎からず、としか言いようがありません。個人的な接点はほとんどないもので。素晴らしい人物である、と思っていますが」


 お世辞ではなく、本当にそう思ってレヴィルは率直に言った。

 貴族である限り恋愛感情など無用なものだ。政略結婚が基本なのだから当然。

 さらに言えば、レヴィルにとって恋愛感情は忌むべきものとなっている。

 最愛にして唯一であるイリスの件があるから。


「そうか」


 吐息と共に言葉を零し、男性は深く深く息を吐く。

 その立場や身分、血筋から弱さを見せることが出来ない男性の珍しい様子に、レヴィルは内心で動揺しつつも表に出さない。実家の立場の中途半端さ以上に、レヴィルの社交界を渡る能力は高い。イリス以外は知らないが。


「最早、事は決している。どうにもならない。猶予は与える。それでダメだったら、君には話を受けてもらいたい。ダメでなくとも、君には我が家の爵位を一つ任せたいと思う」


「…そこまで期待していただいているのに、お断りするのは気が引けますね。わかりました。此度の縁談、謹んでお受けいたします」


「ありがとう」


 ほっとした風な女性に、レヴィルは小さくただと続ける。


「僕にとって大切なのは、最優先なのは姉上です。それでもよろしければ、とご令嬢にはお伝えください」


「分かっている。何より、娘もイリス嬢を慕っている。きっと、君と気が合うだろう」


「…なら、いいですがね」


 どこか皮肉な響きを宿した呟きを、男性も女性も聞いていないふりをした。馬鹿にしているようでもあるそれに、怒りを抱く権利も不敬を咎める資格も自分達にはないとよくよく理解しているから。


 話は終わったと理解したレヴィルは音もなく立ちあがる。無駄な音をたてるのは無作法だ。


「それでは、失礼させていただきます」


「あぁ、一週間後に」


「えぇ、また。その時は、仏心も親心も出さずにお願いします」


 ちくり、と釘を刺したレヴィルに最早遠慮も取り繕うとする意思もなかった。同じ轍を踏んできた二人に対する嫌味だ。


「英断を期待しておきます、ハムニア公爵閣下、ハムニア公爵夫人」


 優雅な一礼と共に向けられた冷ややかな声音に、二人は表情を曇らせて頷くしかなかった。


 立場も地位も血筋も、全てにおいて劣っているジェノヴィア伯爵家だが、人としての情でもって語るのならば、ハムニア公爵家は害悪と罵倒されても文句が言えなかった。

 現実として、イリスは苦しんでいるのだから。








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