元社畜さん、馬車に乗る。
服を選んだ一週間後。
私は冒険者ギルドの真ん前に陣取っているものを見て、遠い目になった。
つやつやとした黒に、金色の装飾が施された外装。
それを曳いている馬も見事な黒毛。
更には御者であろう男性たちの服装も、黒地に金の装飾で統一されていた。
そんな「高級だよ!」と全力で主張している馬車が、計二台。
冒険者ギルドの真ん前にででんと陣取っていたのだった。
高級馬車が来ているのが珍しいのか、周囲には人だかりができている。
「……豪勢だなぁ」
ぽかーんと馬車を見上げていた、礼服を着たユリウスがぼそりと呟く。
同じく礼服を着ているフーマも同じ感想を抱いていたのか、こっくりと頷いている。
確かに豪勢だよなぁ。
……これに、今から私達乗るんだよね?
「かえりたい。せつじつにかえりたい」
「多分それやったら魔王様自らユーナちゃんの家に突撃訪問しちゃうと思うわよ」
「ひぇっ……」
それはもっとやだ。頑張って我慢します。
……とりあえず深呼吸して心を落ち着けよう。
すーはーと繰り返し深呼吸をしていると、並んでいる二台の内後ろにある馬車の中から、灰色がかった銀髪に赤い瞳の、黒い鎧を身に纏った美丈夫が出てきた。
綺麗なお顔をされているからか、周囲で野次馬していたお姉さん方からほう、とため息が聞こえてくる。
鎧の男性はきょろりと何かを探すように周囲を見回して、冒険者ギルドの前に突っ立っている私達を見つけて近づいてきた。
そしてレーアさんの前で止まると、ぺこりと軽く会釈をして口を開いた。
「これはレーア様。お久しぶりでございます」
「ええ、久しぶりね。……ところで何でアンタが?一応騎士団長よね?」
「クラウス様から丁重に扱えとご指示いただきましたので。
……そこにいる少女がユーナ様でお間違いございませんか?」
少女て。私いい歳した喪女なんですが。
っていうか騎士団長?!騎士団長何でここにおるん?!お城空けちゃってもいいの?!良くないよね?!
「ええ。ほら、挨拶挨拶」
「は、はひ。ユーナ=クドゥーです。は、はじめまして」
「……フーマ」
「俺はユリウスだ」
「私はヘルミン=ハイゼと申します。お見知りおきを」
ヘルミンさんはにっこりと笑って自己紹介をすると、馬車の扉を開いて私に向かって手を差し出した。
……ええっと、これは掴めということで?
遠慮しつつそうっと手をヘルミンさんの手に乗せると、優しく掴まれて馬車の中に案内された。
ヘルミンさんの手をとった時に感じた周囲のお姉さん方の視線がものすごく怖かったです。
ヘルミンさんはレーアさんとユリウスを別の馬車に誘導した後、私と同じ馬車に乗り込んできた。
あ、フーマは普通に私が馬車に乗った後に乗ってきた。
目にもとまらない速さだった。ヘルミンさん苦笑してたよ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
リズミカルな車輪の回る音と馬の蹄の音をBGMに、存外座り心地の良い馬車に揺られること数十分。
もっと揺れてお尻が痛くなると思ってたんだけど、案外揺れないものなんだね。
……まあ、座り心地は良くても居心地はあんまり良くなかったけどね。
何でかって、ヘルミンさんが私をじっと見てたからなんだよなぁ……
口元は笑顔だったんだけど目が笑ってなくて怖かった。
そのせいかフーマが必要以上に警戒しちゃってすごーく居づらかったです。
閑話休題。
目的地に着いたのか、馬車が停止した少し後に馬車の扉が開いた。
先にヘルミンさんが降りて、そのヘルミンさんのエスコートで私が降りる。
と、先に馬車から降りていたらしいレーアさんと目が合った。
「ユーナちゃんお疲れ様!初めての馬車はどうだった?」
「すごく座り心地が良かったです。思ったよりも揺れないんですね」
「あはは、魔王様御用達の馬車だもの。
余程の悪路でもない限り大きく揺れるなんてことはないわよ。
民間用の馬車はすごく揺れるけどね」
あ、そりゃそうだ。
お城から来た馬車が品質低いわけないよね。
うん、納得の座り心地の良さでした。
「あれで揺れてないのか……」
「ユリウス大丈夫?なんだかちょっと顔色悪いけど」
「あ、ああ。普段移動する時は歩くか空飛んでるかしているから、ちょっとな……」
ああなるほど。それで軽い乗り物酔いを起こしたと。
まあ普段から乗り物に乗りなれてないとなっちゃうからしかたないよね。
「休憩などはされなくても大丈夫ですか?」
「多分大丈夫だ。少し違和感はあるが、それだけだからな」
「そうですか。それでは謁見の間にご案内いたします」
ヘルミンさんはそう言うと、こちらを気遣うようにゆっくりと歩き出した。
……えっと、なんだか気を遣っていただいたようで申し訳ないです……




