閑話:神様達は元社畜さんを見守っている。
――贄が不味い。
この天界において、全ての神が総じて持っている不満が、これだった。
どんなに仲が悪い神同士であっても、ことこれに関してはお互いを慰めあい、何とかしようと思う程度には不味かった。
世界の創造主たる主神・クレアフィスも、どうしてこうなったと毎日頭を抱えていた。
そんな「贄が不味い」案件を何とかするべく、その日も神々は雁首を揃えて話し合っていた。
「カルトフェルは今どうなってる?仕入れた世界では大量に美味な料理が開発されているが」
「ダメですー。さーっぱりダメですー。何をどうしたらそうなるんだってレベルですー。
あんなに美味しい食材をどうしたらこんなに不味く料理できるのか、いやまずアレは料理なのか、兵器じゃないのかってくらい不味いですいや本当にどうしてそうなった?」
どうやら今回の最初の犠牲者は大地の神・エザーフォスだったようだ。
間延びした口調で、円卓に突っ伏しながら青ざめた顔でまくし立てた彼女を見て、神々は深い深いため息を吐いた。
「差し支えがなければ、どのようなものが出たのか報告してもらえぬか?」
「……まずはですね。もう見た目からしてやばいんです。
土の色と、カルトフェルの生成り色がマーブルな感じに混ざってるんです。
そんでもってですね、匂いもやばいんです。食べたら死ぬんじゃないかって匂いがするんです。
それらを我慢して口の中に入れるとですね、ざらざらした土と、カルトフェルのねっっっっっとりとした粘りが合わさり地獄が見えたんです。
っていうかアレに比べたら奈落なんて生ぬるいです。っていうかお腹やばいんでちょっと抜けていいですか」
「う、うむ……何かすまん。いっておいで」
クレアフィスが今までにないくらいの優しい顔でそう言うと、エザーフォスは黙ってお腹を押さえながら会議室から出ていった。
嫌な沈黙が会議室内を包み込む。次の犠牲者は自分なんじゃないのか……?もう諦めるしかないのか……?そんな空気が場を占める。
「……仕方がない。最終手段だ」
「と、言うと……」
「まさか、クレアフィス様?!」
「異世界より、料理の上手い人間を召喚する」
ガタリ、とその場にいた全員が腰を浮かせた。
「クレアフィス様、それは……」
「前々から思っておったのだ。
我らの管理している世界は料理に関する知識が圧倒的に不足している。
それ故に、不味い料理しか作ることができんのだ。
ならば料理の知識を持った人間を連れてくればよい」
「それは、そうなのですが……」
「その人間がいた神々が黙ってはいないでしょう?」
「いや……それがな?こないだ各世界の主神達が集まる会合あったじゃん?
あの時に愚痴ったんだよ、贄が不味すぎるって。
再現して聞いてくれた神に食べさせてみたら、物凄い憐れみのこもった表情で、『うちの子一人、召喚していいよ』と言ってくれてなぁ……」
クレアフィスは遠い目をして、あの時のことを思い返した。
お酒の勢いもあって、ちょっとヒートアップしてたかもしれない。
愚痴に付き合ってくれた神も、その周りで聞き耳を立ててたらしい神々も、揃って生温い表情で自分を見守っていたような気がする。
「ならば大丈夫……大丈夫なのか?」
「……とりあえず、お言葉に甘えましょう。
きっと……いえ、絶対、これが最後のチャンスよ」
知恵の神・エピステメがそう言うと、その場にいた全ての神が真剣な顔をして頷いた。
全ては、美味しい贄のために――神々は、"地球"からくるであろう召喚者を迎える準備を進めた。
「とりあえず加護はあった方がいいよな?」
「かといって戦神の加護はダメだろうし……」
「うん、正直どっかの国に目をつけられて、騎士として軍にに引きずり込まれると思う」
「せやな」
「っていうか、食べ物のことで困ってるんだから食べ物に関する神の加護をつければいいじゃない」
「「「「それもそうだ!」」」」
召喚者には食神・ファインの加護が与えられることになった。
「そういえば"地球"って便利なもんいっぱいあるよな」
「そうだな。その点でもうちの世界の人間達と違うよな」
「……最悪、この便利な品々なくなったら死ぬんじゃね?"地球"の人間って」
「……"地球"の物品を購入することができるスキルを作ろう!ってか今作った!」
「「ナイスですクレアフィス様!」」
「あ、じゃけどこの設定のままだと魔力枯渇ですぐ死ぬな」
「「ダメじゃん!」」
「それじゃあ私から、魔力無限の能力をねじ込みましょう」
「「魔神様グッジョーブ!」」
こうして《ネットモール》と、魔力が無限になるという二つのチートが召喚者に与えられることになった。
それと与えるんじゃなくてねじ込むのか、というツッコミはついぞ入らなかった。
そうして、ようやく"地球"から召喚者を迎え入れる準備が整った翌日。
"地球"から送られてきたその魂が、神々の目の前にあった。
よれよれになり、ちかちかとその輝きが今にも消えそうな、それでも白くて無垢な魂だった。
「……えっと、この魂が……?」
「うむ。どうやら条件に一致した者が、この者しかおらんかったようじゃ」
「マジか……どんな生活してたらこんな状態になるんだよ」
「……聞きたい?ねえ、聞きたい?ちなみに私、あっちの主神からこの者の過去聞いたとき泣いたよ?」
「「「「「いや、今は遠慮しときます」」」」」
メンタルアダマンタイトの主神様を泣かすような過去ってどんだけ――
その場にいた全ての神々の心が一つになった。
――その後、召喚者の魂を見送った後に、クレアフィスから召喚者の過去聞かされた神々は全員、「これが人間の……親のやることかよぉ!」と大号泣したとか。
閑話休題。
エザーフォスはじぃっと目の前の魂を見つめた後、重々しく口を開いた。
「……このまま送っちゃうとすぐ死んじゃいかねないですー……
私の力で少し体力を回復させておきますー」
「じゃあ俺はすぐに保護してもらえるように、魂が白い奴と縁を結ぶ準備しとくわ」
最後の調整を終え、今にも消えそうな召喚者の魂を管理している世界――アンデルフィアに送った。
……までは良かったが、送られた場所が悪かった。
召喚者は魔族の町にほど近い洞窟の中に転送された。
「おい、クレアフィス!お前ふざけてんのか?!送る場所の確認ぐらいしろよ!」
「す、すまん。久々に使ったもので……ついうっかり」
「ダメだこのうっかり神、何とかしないと……」
「そんなことよりも保護!保護者どこにいる?!」
「その言い方だと別の意味にとれるなぁ……一応、近くに白い魂を持った奴等がいたから縁結んどいた」
「「「「「超グッジョブディアモス!」」」」」
「いえい」
ディアモスと呼ばれた縁の神は、ちょっぴりうれしそうに顔を赤らめてVサインをして見せた。
ほとんどの神々がディアモスをわっしょいする中、エピステメがぽつり、とつぶやいた。
「……そういえば、召喚者に何の目的でアンデルフィアに転送させることになったっていう話、したっけ?」
「「「「「あっ」」」」」
……うっかりは伝染するものだったらしい。
祝杯ムードは一気にお通夜ムードに切り替わってしまったのだった。
それから、神々にとっては長すぎる一か月を経て――
ようやく召喚者に加護を与えた食神から、説明をすることができたという嬉しいニュースが報告された。
ついでに魔神・マギアフィスと連携して、"地球"にある調味料に似た食材を、新種の魔物に持たせてダンジョンに送り出したという報告も同時に行われた。
その報告に対して神々は安堵の息を吐いたが、安心しきることはなく、一層気を引き締めた。
こういう時に、うっかりは連発されるのだ、と学習したからである。
……でも、できれば早めに自分達を安心させてほしいなぁ。
あと、できたら今まで作った料理を捧げてほしい。割とマジで。
神々は祈るような面持ちで、魔族の町で生まれて初めての自由を謳歌している"地球"から召喚された魂の持ち主――優那を眺めるのだった。




