元社畜さん、お料理教室を開催する。
今朝の夢から覚めた時と同じように、ぐにゃりと視界が歪んだ後ぱちりとまばたきをしたら、神殿においてあった神像が見えた。
お祈りをしたところも神像の目の前だったから、本当に精神だけがあの場所に引っ張られたんだなぁ。
「……どうしたんだ?」
「あ、ううん。なんでもないよ」
「そうか。……お祈りは終わったのか?」
「うん。フーマ達は?」
「大丈夫だ。もう終わった」
『俺も祈り終わったぜ』
「ん、そっか。じゃあギルドに行こう」
「『ああ』」
道の途中にいたシスターさんに会釈をして、神殿を後にする。
ギルドに向かう道すがら、参考として粉物らしきものを扱っている屋台で食べ物を買って食べてみた。
……うん。これは、神様だってキレるだろう味がした。
いや、味っていうか……うん。
多分塩を使っているんだろうけれど、分量が多い上に表面のお焦げも合わさって塩辛くて苦い、とても食べられたものでない味がする。
あと、噛む度に使われたであろう小麦粉の粉っぽさが主張してくる。しかも思いっきり口の中の水分を奪い取っていく。飲み込みづらい……
……勿体ないのでそのまま食べ続けていたらジオとフーマにめちゃくちゃ心配された。
どうやらあまりの不味さに顔色が悪くなっていたらしい。食べかけのものを取り上げられてしまった。
……うん、勿体ないけど、体調に影響が出るのはよくないもんな……
ギルドの観音扉を開くと、受付に座っていたマリーアさんが私を見てぱあぁ、と顔を輝かせた。
どうやら私を待っていたらしい。多分、いや絶対に料理のレシピ提供の件で待ってたんだろうなぁ。
「こんにちはユーナさん!」
「こんにちは、マリーアさん。ええと、とりあえず何をすればいいでしょうか?」
「キッチンへどうぞ、料理人達も待っておりますので」
「分かりました。……ええと、フーマとジオはどうする?」
「俺達はあそこで待っている」
『んだな。ついでになんか作ってくれや』
「うん、分かった」
「楽しみにしている」
一番端にあるテーブルにフーマ達が移動していったのを確認して、私もキッチンの方へ移動した。
キッチンでは休憩時間だったのか、この間も忙しく料理を作っていた人達がまかないらしきものを食べていた。
「おう、ユーナさんじゃねえか!おうお前ら、ユーナさんが来たぞ!」
「「「「「ユーナさん、本日はよろしくお願いします!」」」」」
キッチンに入ってきた私を見て、壮年ぐらいの燃えるような赤い髪をした男性が声を張り上げた。
続いて賄いを食べていた人達全員が食べるのを止め、その場に立って声を揃えてお辞儀をした。
「え、ええと、こちらこそ、本日はよろしくお願いします!」
「はは、おう!こないだは新しいカルトフェル料理を教えてくれて感謝する。
まさかあの激マズ食材のカルトフェルが、ああも旨い料理に化けるたぁなぁ」
料理長さんが顎をさすりながら言った言葉に、並んでいる料理人達全員がうんうんと深く頷いている。
確かに、料理知識があまりない状態で、適切な調理をしなかった場合はそう感じるだろう。
だけどきちんと適切に調理すれば何でも美味しく食べることができるのだ。
特に芋類は良い。焼いて良し、煮て良し、炒めて良し、揚げて良し、蒸して良しの超万能食材だ。
主食からおつまみ、果てにはスイーツに至るまで、とにかく調理用途に果てがない。
それが芋類なのである。
……話が逸れた。
とにもかくにも、そんな超万能食材の良い部分を全て潰して悪い部分を伸ばしちゃうような食文明なのだから、かなり気を引き締めて取り掛からないとなぁ。
「ええと、とりあえず……カルトフェル以外で不人気な食材って何がありますか?」
「カルトフェル以外なぁ……」
料理長は顎をさすって考え込んだ後、「そういえば」とつぶやいて、食糧庫へ向かった。
そしてすぐに何かをもって戻ってきた。
「今のところ一番不人気で大量に余ってる食材はこれだな」
「これは……」
「キュルビだ」
"キュルビ"と差し出されたものは、とても立派なかぼちゃだった。
確かに子供ならいざ知らず、大人になったら苦手になる人って多いですよね。
甘すぎて主菜に合わないとか、もそもそとして喉がすぐ乾くとかで。
私はかぼちゃの煮つけとか結構好きなんだけどなぁ……
「一部の野郎どもや女子供には好評っちゃ好評なんだが、すぐに飽きられるんだよなぁ……」
「普段はどんな風にして食べてらっしゃるんですか?」
「焼くだけだな。薄く切らねぇと中まで火が通らねえが、なかなか刃が通らねえってんで料理人にも嫌われてるんだ。かといって長く火にかけてると焦げるしよぉ……」
「ああ……確かに硬いですもんねぇ」
前の世界にもうっかり指先を切り落としちゃった人がいるらしいからなぁ。
うーん、かぼちゃ……じゃない、キュルビかぁ。キュルビ……
「スープにしちゃいましょう!」
「スープ……か?」
「はい。あ、でもスープ以外にもサラダにしてもいいですし、プリンとかのスイーツにしちゃってもいいですねぇ」
甘じょっぱいスープやサラダもいいですけど、キュルビの甘味をそのまま生かしてスイーツにしちゃってもいいだろう。
あ、コロッケにしても美味しいよねぇ。豚肉に巻いちゃっておつまみにするも良し。
「……でもユーナさん、あのかったいキュルビが本当にスープになるんスか?」
スープ以外に何を作ろうかと考え込んでいると、一番若いと思われる男性がおずおずと手を挙げながらそう言った。
うん、まぁやっぱりそこが一番気になるよねぇ。
「大丈夫ですよ。見ててくださいね」
幸い牛刀のような刃渡りが大きくて丈夫な包丁もありますし、十分てこの原理でイケるでしょう。
キュルビを料理長から受け取って、キュルビのヘタを落とす。
そして、ヘタの部分に細長い棒状の物……近くにあったピックでぐりぐりと回すように刺して、穴を開ける。
穴が開いたら、その空いた穴に包丁の切っ先を入れるように、キュルビの中心に向かって包丁を突き刺して、てこの原理でゆっくりと切る。この時に力を入れすぎるとうっかりすとーんと指を切り落とす可能性があるので注意だ。
「き、切れたっ?」
「この細腕で?!」
「皆さんもやってみてください。結構簡単ですから。
あ、でも力は入れすぎないでくださいね。指先なくなりますよ」
指先なくなるの一言で若い子達が青ざめながらこくこくと何度もうなづいた。
うん、危ないから十分気を付けてね。切りやすくなるだけで硬さはそのまんまだから。
「切ったら今度は種を取り除いて、皮を削いでいきましょう」
皮の部分だって食べられるんだから、別に入れちゃってもいいけどスープにするとなると綺麗な橙色に仕上げたいもんね。
皮の部分を取り除いたら、一口大に切って蒸していくんだけど……蒸し器がないのでフライパンにキュルビと水を入れて、蓋をして代用する。
キュルビが柔らかくなったら粗目のざるでこしていく。
「あのキュルビが潰れた?!」
「こんなに柔らかくなるなんて……」
周りで見ていた人達から驚きの声が上がる。
確かに薄く切って焼くだけだったらこの柔らかさは未知のものだろうしなぁ。
キュルビが滑らかになったら、弱火で温めながらキュルビを数回に分けて牛乳で溶かしていく。
「ミルクを温める?!」「不味くなるだけじゃ?!」なんて声も聞こえるけど、そんなことはない。
口当たりが滑らかになってまろやかになるし、冬場だと温まってとっても重宝するのだ。
キュルビが完全に溶けて、とろみが出たら塩胡椒で味を調えて完成だ。
顆粒のコンソメの素があったらもっと美味しくなるんだけど、ないものはしょうがない。
あんまり人前で《ネットモール》を使うなってファイン様が言ってたし。
「はい、キュルビのスープです。味見どうぞ」
「……ほ、本当にスープになったっス」
最初に本当にスープになるのかと疑っていた男性が唖然とした様子でつぶやく。
その男性以外の人達も驚きすぎて硬直しているのか、ぽかんとしたまま微動だにしない。
しょうがないのでスプーンを手に取って、出来立てのキュルビスープを口に運ぶ。
……うん、キュルビの優しい甘味が美味しい。でもやっぱりコンソメがないと寂しいなぁ……
最初に動いたのは、私が味見をしているのをじっと見ていた料理長だった。
用意したスプーンでスープを掬って、ゆっくりと口に含んだ。
「……ほう。甘味があってまろやかで旨いスープだな」
「お夕飯には向きませんけど、朝食にはちょうどいいと思いますよ」
「そうだな。そういやぁサラダだとかスイーツだとか言ってたが、他にもキュルビを使った料理があるのか?」
「そうですね。細長く切ったキュルビを薄く切ったお肉に巻いて、塩胡椒をきかせて蒸し焼きにしていくと美味しいおつまみになりますよ」
「ほー……それじゃあ今日のつまみはそれにするか。教えてくれるか?」
「はい、いいですよ」
提案に快諾すると料理長が嬉しそうに頷いた。
うん、余りまくってる食材だから数を減らせるのは嬉しいよね。
とりあえずおつまみメニューも出来上がったらちょこっと分けてもらってフーマ達にも味見してもらおう。




