元社畜さん、神様とお話しする。
ファイン様が私に背を向けて腕を振り上げる。
すると、六畳間に卓袱台という、なんとも昔の日本家庭にありそうなセットが出現した。
『立ち話も何だし、ここに座って頂戴。
……お茶がないから、白湯しか出せないけど……』
「あ、お構いなく……」
ファイン様に促されるまま、彼女の正面に座る。
ファイン様は申し訳なさそうに白湯を私に差し出した。
「……あの、ここは神域と言ってましたが、ここに転移したってことでしょうか……?」
だとしたら人が一人、いきなりその場から消えたってことだよね?
割と大騒ぎになる気がするんだけれど。
……フーマ達、心配してないかな……大丈夫かな?
『大丈夫よ。ここには貴女の精神だけを連れてきてるの。
それにここにいる間は、あの世界の時間は止まってるから安心して』
流石神様。時を止めるなんてこともできるのか……
フーマ達に心配をかけることがないと知って、ほっと安堵の息をつく。
ジオもフーマも結構過保護だからなぁ。
『それで、本題なんだけれど……
"地球"で亡くなった貴女をあの世界に送ったのは私です。
説明が遅くなってごめんなさい』
「……えっ?」
亡くなった……って、私が?マジで?
「ちなみに死因は……?」
『……過労死よ。最後に貴女が眠った時に』
「ああ、なるほど」
そういえばかなり体にガタが来てたからなぁ。
良く立って歩けてるなって自分でも思ってたし。
この町に来たばっかりの時にちょっと鏡を見せてもらったことがあったけど、痩せすぎてあばらは浮き上がってる上に寝不足で顔色が土気色だったわでまるで幽鬼みたいだったもんなぁ。
……良く生きてるな?いや、一度死んでるけど。
それにしてもちゃんとお墓、建ててもらえたかな?
母親は体裁とかメンツとかかなり気にするから、葬式くらいはすると思うけど……
あっ、裁判も起こしてそうだな。会社に高額の慰謝料せびってそうだ。
いかんいかん、話題がそれた。
「……何で私をあの世界に?」
『……そのことなんだけれど、折り入って貴女にお願いがあるの』
ファイン様は真剣な顔をすると、某司令が良くやっているあのポーズになった。
……卓袱台だからかなり締まらないけど、真面目そうな話なので私も背筋を伸ばして話を聞く態勢に入る。
ファイン様はそんな私を見ると、口を開いた。
『……あの世界の食文明レベルを上げてほしいの』
「……は、はぁ」
食文明レベル……ですか。
確かに話を聞く限りだとかなり食文明レベルは低いように思えるけど。
『私に捧げられる供物が軒並み不味いの……!我、食神ぞ?我食神ぞ?
土がついた状態のカルトフェルを茹でて潰してスープのような何かを食べ続けるなんて耐えられないの!』
「あ、それは私も嫌です」
それはストレス溜まるわ。
っていうか土ついた状態のものを調理するのか……
それって料理じゃないっていうか、供物にしちゃダメでしょ。
捧げられる神様、物凄く困ってると思う。
だって供物を捧げている信者さん達は完全に感謝の気持ちをもって供物を用意してるだろうから、神様達は「これ不味いからいらん」なんて言えないだろうし。
同じ理由で神罰なんかもできないだろう。
信仰してくれている人達を邪険にするとあっという間に廃れちゃうだろうし。
『だから貴女にはあの世界の食文明レベルをどうにかして上げてほしいの!
神様全員からのお願いよ!』
「……分かりました。できるだけやってみますけど……
再現が不可能そうな料理はどうすればいいでしょうか……」
私は《ネットモール》があるから何とかなるだろうけども、あの世界の人達はそうじゃない。
だってエ〇ラさんとこの焼き肉のタレとか、固形コンソメスープの素とか絶対入手不可能だと思うよ?
私も現代日本にあったものありきで料理作っちゃってるし……
『それに関しては大丈夫よ。すでに手は打ってある』
そうなのか。じゃあ安心だね。
ほっとして白湯をちびちび飲んでいると、ファイン様が『ああ、一つ忠告なんだけれど』と口火を切った。
『《ネットモール》はできる限り人前で使わないことを推奨するわ』
「へ?」
『"地球"にはあの世界にはない便利なものがありすぎるの。
生活用品はある程度のものなら大丈夫だろうけど、銃とかの兵器なんかは見つかると危険だわ。
最悪、兵器生産要員として酷使されるでしょうね。
隠れて使う分には問題ないから安心して頂戴ね』
ひえっ。それは嫌だ。
《ネットモール》を使うのは家で、最低限にしておこう。
……っていうか銃とかも買えるのか、《ネットモール》。怖いな。
『伝えたいことはこれくらいかしら。それじゃあ、頼んだわね』
「はい。本当にできる限りになると思いますが頑張りますね」
『ええ。……でもあまり頑張りすぎないでね。
だって貴女は独りで頑張りすぎて死んじゃったんだから』
……うん、確かに。
死因過労死だったからなぁ。心配にもなるか。
「……はい、ありがとうございます。またお祈りに来ますね」
手を振ってそう言うと、ファイン様は『ええ、また会いましょうね』と言って、手を振り返してくれた。
そして、今朝見た夢から覚めた時と同じように視界がぐにゃりと歪んだ。




