元社畜さん、ご馳走する。
レーアさんを床から引っぺがした後、私はキッチンでヘレナさん達からもらった引っ越し祝いでもらったものと睨めっこをしていた。
目の前にどどんと存在感を放ちながら鎮座しているのは、巨大な鳥肉だった。
そう、鳥肉である。鶏でなく、鳥。
ちなみにジャイアントキリングバードとかいう魔物のお肉なんだとか。
ヘレナさんがこれをずるんっとアイテムボックスから引き出しながら、「今日仕留めてニコルが血抜きも解体もしてくれたから新鮮よ~」とにこにこ笑い、その隣でニコルがドヤ顔を披露していたのが記憶に新しい。
……うん、夕飯何にしようか悩んでたし、食材まだ買ってなかったからとても助かる。
それにしても……デカい。これ、食べきるのに多分二、三日以上かかるでしょ。
鳥肉で、美味しいご馳走……
「……よし、鳥尽くしで色々なものをいっぱい作ろう!」
今日は腹ペコさんがいっぱいいるからねっ!
それにレーアさんもヘレナさん達"白銀の牙"の面々も夕飯をご相伴する気満々だったから、いっぱい作っても余らないと思う。
メインは唐揚げとグラタンでいいとして、後は……ささみサラダと、鳥団子入りポトフにしよう。
まずは唐揚げから。
《ネットモール》で購入した醤油と生姜、ニンニクと酒で作った漬け汁に鳥肉を入れて、袋の中で揉みこむ。
揉みこんだら味がしみるまで十五分から二十分ほど漬け込む。
お肉に味がしみるまでに鳥肉のグラタンを作っておく。
使う食材はほうれん草と玉ねぎ、そして鳥肉。
ほうれん草はざく切りに、玉ねぎは乱切りにして、鳥肉も一口サイズに切っておく。
油をしいたフライパンで玉ねぎと鳥肉を炒め、火が通ってきたらほうれん草を入れて、塩胡椒を振ってまた炒める。
十分に具材が炒まったら、弱火に切り替えてバターを焦がさないように溶かし、ふるいにかけた薄力粉を加え、牛乳を少しずつ足してゆっくりとだまにならないように混ぜる。
混ざったらコンソメで味付けをして、グラタン皿に具材を入れておく。
後はチーズをのせて焼くだけなんだけど、アツアツの状態で食卓に出したいからまだ焼かない。
次は鳥団子入りポトフだ。
鳥肉をミンチにしておろしにんにくと大匙一杯の水、つなぎに片栗粉を入れて、塩胡椒で味付けして混ぜておく。
玉ねぎ、ニンジン、セロリとカルトフェルをざく切りにして、コンソメスープ一緒に鍋に入れて火にかける。
沸騰したら弱火にしてニンジンが柔らかくなるまで、大体十五分ほど煮込んでいく。
その間にサラダを作っておく。
……まぁ、言うてレタスを適量ちぎって、簡単に切り分けたトマトと薄く切ったきゅうりを木のボウルの中に盛り付けて、茹でたささみを手で割き入れて完成なんだけれどもね。
ドレッシングは……胡麻ドレッシングかけておこう。
さて、ニンジンが煮えたら鳥つくねのタネを丸めてお鍋に入れ、弱火にして四、五分ほど煮込んで完成だ。
二品作り終えたから、最後の仕上げだ。
唐揚げのお肉を漬けていた漬け汁をある程度残した状態で捨てて、片栗粉を加えて良く混ぜる。
手にしっかり絡みつくくらいねっとりしたら、いよいよ唐揚げを揚げていく。
同時進行でグラタンの方もチーズをのせて二百度のオーブンで焼いていく。
チーズにちょっぴり焦げ目がつくくらいが丁度いいので、ちょこちょこ様子を見る。
あ、唐揚げの方はきっちりと二度揚げもしておく。
二度揚げすると外はカリッと、中はジューシーに仕上がるからおすすめだ。
揚がった唐揚げを皿に盛り付けて、くし切りにしたレモンを二、三個添えて……うん、完成!
気に入ってくれるといいなぁ。
「ねえフーマ、ジオ。ご飯できたから配膳手伝ってくれる?」
「ああ、わかった」
『へいへい』
二人と一匹で手分けして食器と料理を配膳していく。
もう皆の目が並べられている料理に釘付けになっている。
というかよだれまでたらしそうな雰囲気だ。
「ね、ねえユーナ。これはなんていう料理なの?」
「へ?ええと、これが唐揚げで、こっちがグラタン、ささみのサラダと鳥団子のポトフです」
「ほとんど分かんない!分かんないけど全部美味しそう!」
ヘレナさん、語彙が溶けてます……
そんなヘレナさんの言葉に同意しているのか、手伝っていたフーマとジオも含めて真顔でうんうんと頷いている。
普通の家庭料理なんだけどなぁ。あ、でもジャーマンポテトもフライドポテトもなかった世界だしな……それじゃあこの反応も仕方ない……のかな?
レーアさんの話を聞いた限りでは、宮廷で食べた料理もあまり美味しくなかったらしいし。
……一回試しに町のレストランとかに寄ってみようかな?
こちらの世界の料理のことを考えながら席について、合掌して「いただきます」と食前の挨拶をする。
「……ええと、ユーナ?ちょっといい?」
「? なんでしょうか」
「その『イタダキマス』ってなぁに?」
……そういえばギルドにいた時も言ってる人いなかったな。
大体料理がつき次第食べ始めるか、手を組んでお祈りの言葉を呟いてから食べる、っていう人達が多かったような。
だから魔の森でご飯を食べた時にフーマ達が私を見て不思議そうな顔をしてたんだね。納得納得。
「私の故郷の食前の挨拶なんです。
確か意味は……料理を作ってくれた人や、食材を作ってくれた人への感謝。
そして食材に対して、命の糧にさせていただきます、ありがとうって意味だったような」
かなりあやふやだけど確かそんな意味だった気がする。
……言われたことないけどね。
母親は私が作って当然、『いただきます』?何それ食べられるの。って人だったし。
「なるほど、いい言葉ね……それじゃあ私も『イタダキマス』」
「「「「「「『イタダキマス』」」」」」」
「……」
レーアさん達が私の見よう見まねで両手を合わせ、覚えたての言葉を口にして料理に手を付け始める。
……えっと、何だろうこの気持ち。
くすぐったいような、照れ臭いような……
そういえば作った料理を「美味しい」って言ってもらったのも、前の世界にいたころじゃあなかったような気がする。
昨日は雰囲気に流されて料理を大量に作ることになったから、こうして前の世界とこの世界と比べて考えることもなかったけど……
「……? ユーナ、どうかしたか?」
「……ううん、何でもないよ。お代わりが必要だったら言ってね、また作ってくるから」
「? ああ、分かった」
不思議な顔をしたフーマが食事を再開したのを確認して、私も料理に手を付けた。
慣れ親しんだいつも通りの味のはずだけれど、今日のご飯は特別美味しく思えた。




