閑話:スライムの独り言
俺はスライムである。名前はない。
この世に生まれ落ちて二十年余り。
住処にある光る鉱石を食べながら、そして時々穴蔵の外を探索しながら過ごしていた。
そんなある日のことである。
いつもの通り穴蔵の外を探索していると通路の角からいきなり現れた人族に踏まれた。
いったい何なんだ!潰れるかと思ったではないか!
俺を踏んだ時に踏ん張り切れなかったのか、尻もちをついて呆然としている人族に文句を言った。
その人族は、黒くてとても長い髪をしていた。
肌は一ヶ月ほど前に見た他の人族よりも白く、あまり健康的とは言えない色だった。
薄い布でできた、防御力も何もない服を着用しており、この場所にいるための格好ではないことは明らかだった。
人族の美醜には疎いが、顔立ちはなかなかに可愛らしい方ではないだろうか。
……しかしそれ以上に、目の下にできた大きなくまと、ガラスのように透明なように見えて昏く淀んだ黒い瞳がその可愛らしい顔立ちを台無しにしていた。
総合してみると、ゴースト系の魔物のような容姿をしている。
ゴースト系の魔物を見たことがないけど。
というか、そんな暗い顔してんだこの人族。
絶望と失望と諦観をないまぜにしたような目をしてるんだが。
少しだけ引きながらも文句を言いつのっていると、いきなりその人族に捕まった。少し驚いて声が出てしまった。
その人族は俺を手探りで確認するように撫でまわした後、「うっかり踏んじゃってごめんなぁ」と本当に申し訳なさそうに眉を下げながら言った。
……。仕方ない、こいつもわざとではないのだろう。許してやるか。
それに、俺を撫でまわしながら先程の踏み付けでできた傷に治癒の魔法も使ってくれているようだしな。
許してやらんでもないと言ってやると、人族は俺を一撫でした後に地面へ戻した。
そして壁に手をつきながら独り言をつぶやいていた。
どうやら安全な場所と灯りを探しているようだ。
……仕方あるまい。傷を癒してくれた礼に俺のねぐらの一つに案内してやろう。
ついでに灯りにもなってやるか。
あの光る鉱石を食べている内に俺自体も光れるようになったからな。
人族を説得して飛びつく。
……こいつ、痩せすぎではないか?
あばら骨が当たって抱かれ心地がものすごく悪いぞ……
微妙な抱かれ心地を我慢しつつ俺のねぐらに案内してやると、人族は感嘆の声を上げた。
ふふん、ここならば大きな魔物は入れないからな、一番のお気に入りのねぐらなのだ。
自慢してやると人族は「ありがとうなぁ」と言って俺を撫でた。
こいつ、俺を撫でるの好きだな……他の人族は魔物と見るや剣を構えるんだが。
こいつは人族の中でも結構な変人なんだろう。
そう結論付けて、地面に落ちた鉱石の欠片を食う。
……食っている途中で妙な寒気を覚えたが、何だったんだろうか。
食事を終えて人族の様子を見ようと人族の方に視線を移すと同時に、人族の腹から切ない音が聞こえてきた。
腹が減っているのか。
生憎と人族の食べるものはない……ちょっと待て。
最後にまともな食事を摂った時期に覚えがないだと?
長時間食事を摂らないなんて魔物でも危険な行為だぞ?
俺が混乱していると人族はゆっくりと地面に身体を横たえた。
お、おい。待て、なんで寝る体勢に入った。
……このまま起きていると俺を食ってしまうかもしれない?寝てごまかすだと?
それは生物としてやってはいけないことだぞおいふざけるな。
っていうかスライムは食えんぞ!なんでその発想が出た!
……寝やがった。
……、……。……仕方ない。ここで死なれてアンデッド化されても寝覚めが悪い。
丁度魔族達が鉱石をとりにここへやってくる時期でもあるし、こいつを保護してもらおう。
ねぐらから出て、魔族達の声が聞こえる方へ向かった。
……こいつ一人だとちょっと心配だから、俺もついてってやろうと思いながら。