閑話:奴隷さんの胸中
俺は奴隷。ハーフオーガの奴隷だ。
名前はない。両親はいたが、名前を付けてはくれなかった。
ハーフオーガはオーガ種と人間が掛け合わさることで極稀に生まれることがあるオーガ種であるらしい。
オーガ種の里で生まれた俺は、ハーフオーガであるというだけで、父や他のオーガから爪弾きにされた。
母は苗床として里の宝物庫で複数のオーガから種付けを繰り返されて、既に壊れていた。
俺が生まれて七年目のことだ。
俺は、奴隷商に売られて里を出た。
今でもあの底意地の悪いクソ野郎の顔は覚えている。
何度も脱走を図ったがその度に捕まり、五度目の脱走の時に「煩い」と薬で喉を灼かれた。
あの男に何度殺意がわいたか、覚えていない。
それから四年後。
俺は奴隷同士で戦わせる趣味の悪い闘技場に放り込まれ、奴隷商達の娯楽のために戦わされた。
戦った相手の中には四年間の中で顔見知りになった者もいた。
戦いたくなんてなかった。殺したくなんてなかった。
だが戦わねば死んでしまう状況下ではそんなことを言っていられず、生きるために戦った。
そうして戦いに明け暮れる日々が五年続いたある日。
唐突に、俺は戦いから解放された。
どうやらこの闘技場で行われていたことは違法だったらしい。
客席にいた奴隷商達は皆捕まり、然るべき刑を下されたと風の噂で知った。
闘技場に居た俺を含む奴隷達は、それぞれ国に認められている奴隷商に引き取られた。
俺はイェルクと呼ばれている男のところだった。
始めこそはあの底意地の悪いクソ野郎と同族だと思っていた。
だが、イェルクは奴隷達に対してまるで己の家族に向けるような顔と態度で接していた。
俺が反抗的な態度をとっても、イェルクは困ったような顔で笑うだけで……殴ったりするなんてことは一度たりともなかった。
……こいつの選んだ客になら従ってやってもいいと思った。
だが、俺は何度売りに出されても、毎回イェルクの元へ突き返された。
理由は喋らないから気味が悪い、というものだった。
そう言うことがあって何度か意思疎通をしようとしたが、困ったような顔をされるだけだった。
……俺は改めてあのクソ野郎に殺意を覚えた。
そうして売りに出されては、イェルクの元に突き返される日々が三年続き――
俺は、とある少女に出会った。
俺を買いに来たというその少女は、髪も瞳も黒く可愛らしい顔立ちの、魔族領では珍しい人間の少女だった。
少し痩せぎすなのと魚が死んだような眼をしているのが気になったが……まあ、些末なことだ。
どうせこいつも、喋らない俺を薄気味悪いと言うのだろう。
――そう、思っていた。
「あの、つかぬ事をお聞きしますが……
もしかして貴方、声が出ないんですか……?」
だから、その質問をされた時に俺は酷く動揺してしまった。
何故分かったのかと。
少女の言では、イェルクの言葉に物言いたげな視線を向けていたこと。
そして喉をしきりに気にする素振りをしていたから気づいた、ということだった。
目から鱗が落ちる思いだった。
まさかそんな、自分でも意識していないような些細な所作から見抜くだなんて。
しかも少女は俺に鑑定スキルを使用し、俺の喉が治せるとイェルクに伝えてくれた。
俺の喉は治せるのか。
長年俺を苦しめた、音の出ない喉が治るのか。
少しの不安はあったが、俺はイェルクに連れられて神殿へ向かった。
その日のうちに神殿に並んで三日後。
神聖魔法を喉にかけてもらった結果。
長期間、声を出すことができなかった弊害か、少しかすれてこそいたが、俺は再び声を出すことができるようになった。
俺が声を出した瞬間、イェルクが泣きながら笑って俺を抱きしめた。
神官達が「ああ、またか」「イェルクさんのいつものですね」と生温い表情をしていたけどお構いなしだった。
というか、いつものことなのか?これ。
たまに大怪我した奴らが疲れた顔をしてた理由がよぅく分かった。
……まあ、悪い気はしないからいいか。
そして、今日。
俺はあの少女に買われた。
名前はユーナ=クドゥーというらしい。
初めて聞く家名だが、彼女は貴族の出身なんだろうか。
魔族領で人間が貴族をやっているなんて話は聞いたことがないが……
それはそれとして。
ユーナは、名前のない俺に名前をくれた。
"フーマ"
不思議な響きの名前だ。
だが、いい名前だ、と思う。
ユーナに礼を言うと、ユーナは少し恥ずかしそうに視線を彷徨わせた後、うっすらと頬を染めてはにかんだ。
俺の名前はフーマ。
俺の人生を変えてくれた人に貰った名に恥じぬよう、誠意を持って働くとしよう。
……ところで。
先程から俺とユーナのやり取りを見て悶えているあの女は何なんだ。
どこか具合でも悪いんじゃないか?
……道端で行き倒れなければいいが。
 




