元社畜さん、方針を決める。
マリーアさんがカウンター奥の扉に消えて数分後。
ようやくカウンターに戻ってきたマリーアさんは、ぎこちない動きでカウンター横のスイング扉を開いた。
そしてぎこちない動きのまま私達が待機しているテーブルの側にやってくる。
「ええと、ユーナさん。ギルドマスターがお呼びです。
ご案内いたしますのでご同行いただけますでしょうか?」
「えっ」
え、ギルドマスターが呼んでるって、何それ大ごと。
「それは私達も同行してもいいの?」
「あ、はい。"白銀の牙"の方々も連れてきて欲しいと言われているので」
……"白銀の牙"ってもしかしてパーティ名みたいなものだろうか。
なんだかそこはかとない中二病臭が……いや、止めておこう。
他人のセンスに口は出しちゃいかんよな、うん。
とりあえず待たせるのも申し訳ないし、ギルドマスターさんのところに行こう。
マリーアさんに案内されたところは、いかにも執務室というような部屋に通された。
壁一面の本棚に、黒檀のような素材でできた機能的だけれどお洒落な執務机。
その手前には応接用のテーブルとソファが設置されていた。
執務机を使っていた人物はドアが開く音で来客があったことを察知したのか、羽ペンを置いて顔を上げた。
緩やかなウェーブを描く金の長髪に紫色の瞳をしたグラマラスな女性だ。
彼女はこちらを見てにっこりと笑って立ち上がった。
「ああ、来たのね。そこの椅子に座って頂戴。……紅茶は好きかしら?」
「あ、ありがとうございます……ええと、お気になさらず」
「好き、かしら?」
「……は、はい」
威圧まじりの質問に頷くと、彼女は満足そうににんまりと笑って、いそいそと紅茶の準備を始めた。
あんなん「Yes」か「はい」しか答えようがないじゃないですかやだぁ……
ギルドマスターさんは人数分の紅茶を淹れ、この部屋にいる全員に配すると「さて」と口火を切った。
「私の名前はレーア=フリードリヒ。当ギルドのギルドマスターをしているわ」
フリードリヒ?
なんだか最近聞いた覚えのある響きだなぁ……どこで聞いたんだっけ。
って、今は返事しなきゃ。
「私はユーナ=クドゥーです。その、よろしくお願いします……?」
「ええ、よろしく。とりあえず、出来上がった石を見せてもらえるかしら?」
「はい。……どうぞ」
懐に仕舞っていた石を取り出してテーブルの上に置くと、レーアさんは「ほう」と感嘆の声を上げた。
そしてそれを手に取ってまじまじと眺める。
「……なるほど。申し訳ないんだけれど、加工するのに少し時間がかかりそうだわ。
なるべく早く用意するから待っていて欲しい」
「分かりました。……あの、すみませんが、どこがどう可笑しいんでしょうか……
大きすぎることと、色が珍しいくらいしか分からなくて」
「うん?……ああ、そういえばこういう物とはある意味無縁の生活をしていたんだったわね。ごめんなさい」
「私達が呼ばれた理由もです」
「それも後で話すわ」
レーアさんは紅茶を一口すすって一息つき、ゆっくりと話し始めた。
「この魔道具は個人の情報を記録・保持するものなんだけれど、大きな特徴があるの。
魔力の質や量で大きさや形、色が変化するのよ」
「ほら、私のはこんな感じなの」
「ぼくの、これ」
ヘレナさんに差し出されたものはペンダントだった。
ペンダントに加工された石は滑らかな楕円形をしており、上質なガーネットのように深紅に輝いている。大きさは大体2㎝くらいだろうか。
同様にニコルが差し出したものを見る。
直径5㎜程の、ごつごつとペリドットの原石を粗く削ったような薄緑色の石が銀の指輪の台座におさまっており、輪の部分にはチェーンが通されていた。
「魔力量が多ければ多いほど石の大きさが大きくなる。
魔力の素質があればあるほど石が滑らかな円形になる。
そして火なら赤、風なら緑というように、最も相性の良い属性によって色が変化するのよ」
なるほど。
ヘレナさんは火属性の魔法が得意な魔法職向きの魔力で、ニコルは魔法が苦手だけど風属性と。
……うん?じゃあ私のはどういうことだ?
「それをふまえて、貴女のこれを見てみましょう。
まずは大きさ。今まではヘレナのものが一番大きかったが、それをゆうに超える大きさだわ。
形も完全な円形で魔術の素養が十二分以上にある。
色合いは……今までに見た事がない色だわ。
白に区分してもいいんだろうけど、光の当たり方でいろんな色に輝いてるし……
正直、これは判断がつかないわ」
「……えっと」
「まあ要するに、よ。貴女は規格外かつ非常に魔法職に適した素養を持った、冒険者向きの人間だということだわね」
冒険者向きかぁ。私としては「町娘Y」くらいが良かったんだけれども。
……いやでもこの石持ち歩いていたら嫌でも目立つか。
むしろこんなもんを身につけた状態で「私普通の町娘です」なんて言ったあかつきには、絶対「なんでお前冒険者じゃないんだよ」って言われる。
私だって第三者の立場だったらそう言う。
「……それじゃあ、冒険者になった方が良いですか?」
「いや、それは貴女の自由なんだけれども……
なる?なりたい?私は歓迎するわよ?
ただでさえ最近魔法職減ってきてるからそれはそれはもう大歓迎よ?」
「無理矢理引き込もうとしないでくださいギルドマスター!」
お、おう……レーアさんの目がギラギラしていらっしゃる。
どうやらかなり魔法職に就いている冒険者が枯渇していると見える。
……確かに酒場エリアにいた人たち、筋骨隆々としていていかにも戦士職!な人が多かったからなぁ……
「……と、まぁ冗談はさておき」
「冗談、どこ?」
「九割がた目が本気でしたよギルドマスター」
「ン゛ッ!……とにかく、私としては冒険者としてギルドに所属してもらえる方が嬉しいわね」
「……そうでしょうね。
先程の話を聞く限り、私の持っている素養って規格外通り越して異端でしょうし。
野に放して問題を起こされるより、手元に置いて監視した方が楽でしょうから」
正直魔法を使ったことがない魔力量が無限のド素人なんて核弾頭放置するより危険な気がする。
だって魔法を使ったことがないってことは制御の方法も分からないってことだし、暴走なんてしたら目も当てられないことになりそうだ。
恩を仇で返すどころの話じゃない。
うん、とりあえず冒険者としてそこそこ働いて、生きていくのに困らない程度の小金を稼いでから森の中に隠居する方向にチェンジしよう。
これからの指標を自分の中で大雑把に決めたところで、レーアさんの方に視線を戻す。
……何故かレーアさんがぽかんと呆気にとられた表情をしていた。
ついでにヘレナさん達も目をかっぴらいてこっちを見ていた。
……えっ。どうしたんですか皆さん……?
「え、えっと……?私、何か変なことを言いましたか?」
「……ええとね?まず私は貴女のことを監視するつもりはないわよ?
貴女の人生なんだから冒険者になることを強制したりなんかしないわよ?」
「え。でも私、魔法なんて使ったことがないですし……
私、制御の仕方なんて知らないので、暴走なんてしちゃったら迷惑をかけるどころの話じゃなくなりそうですから。
皆さんに迷惑かけたくないです」
「ま、魔力の制御くらい、冒険者にならなくてもいくらでも教えるわよ?
貴女のこと危険だなんて微塵も思ってないわよ?ねえ、皆」
「そうだよユーナ。ギルドマスターだって一割は冗談込みで言っていたんだから、気にしなくてもいいんだ」
アルトゥールさんの言葉に全員が首を縦に振る。
うーん、でもこの場全員がそう思ってくれていても、誰かしら危険視してくる人はでそうだもんなぁ。
それにこの町唯一の人間だから、なんか一つでも問題を起こそうもんなら即座に殺されそうだ。
それはご勘弁願いたい。
「ありがとうございます。
そう言ってもらえるのは凄く嬉しいんですが、他の人はそう思ってくれないでしょうから……
それに適性があるのであれば、その道に進んだ方が生きやすそうなので。
見たところ魔法職が枯渇している様子ですし、需要のあるところで貢献した方が恩返しできそうなので。
それに……」
「それに?」
「……ま、魔法にちょっと、憧れがありまして。
あと、ヘレナさんと同じ魔法職に就くことができたら嬉しいなぁ、なんて……」
魔法職って結構ド派手にぶちかますイメージがあるけど、本当は物凄くオールラウンダーな職種だと思うんだ。
もちろん前線に出てド派手にぶちかますことで攻撃の要にもなれるし、後方支援にまわって縁の下の力持ちにもなれる。
回復魔法も使うことができれば便利なんてもんじゃないだろう。
パーティの要塞化なんてのも夢じゃないはず。
そしてなにより、前居た世界にはなかったものだから物凄く興味がある。
好奇心と封じてた中二心がちょっとどころかがっつりくすぐられている。
こんな動機で正直申し訳ないけれどやってみたいものはやってみたいのだからしょうがない。
でもヘレナさんかなり心配そうにしてたから説得頑張らないとかなぁ……と思っていたら。
「……、……おかあさん。
ぼうけんしゃとうろくのしょるい、あまってる……?」
「じつはもうよういしてる……
あと、ユーナちゃんのきょういくあんたらにまかせるからよろしく……」
「ありがと……きょういくがんばる……」
冒険者になれそうな空気なのはいいんだけれどヘレナさんとレーアさんの様子が可笑しい。
なんだか二人して両手で顔を覆って天を仰いでいるんだけれど。
というか、母子だったんですねお二方。
そういえばフリードリヒってヘレナさんのファミリーネームだったわ。疑問がとけてすっきり。
それにしてもまさかの母子。パッと見姉妹に見えるんだけどなぁ。お母さん若いなぁ。
「え、えと……大丈夫なんでしょうか?」
「……ユーナ、時々ぼくよりあざとい」
「えっ」
「ああ。しかも素でやらかしているからたちが悪い」
「えっ」
「まぁ良いんじゃないかい?ちょっと面白いし」
「うん、そうだね」
「……ぴきゅー」
なんかやらかしてたらしい。
ヘレナさんとユーナさん以外の全員が若干呆れまじりに私を見ている。
何をやらかしたんだ、私は。
……とりあえず冒険者としての教育をさせてもらえるみたいだし、頑張ろう。




