社畜さん、相棒を得る。
思えば、生まれた時から私の運は最悪だったのかもしれない。
五つの頃に私の両親は離婚した。
私の親権を勝ち取った母は、仕事はするが家事は一切やらない人だった。
仕事がある日はまだ分かるのだが、休みの日まで家事をしないのはどうなのか。
まぁそんな母を見て育った私は、そうはなるまいよと生きていくために家事スキルを身につけた。
そうして必死になって小、中、高と学校を卒業し、とある大手会社に就職した。
……就職した会社は、所謂ブラック企業というものだった。
パワハラ、モラハラ、セクハラはお手の物な仕事を一切しない上司に、上司に媚を売り目下の者には偉ぶり暴力を振るう先輩。
そして死んだ目でデスクに向かい、己に課せられた分と上司に押し付けられた仕事を消費していく同僚と私。
ひと月に一度帰ることができたなら御の字であるが、私の場合は帰っても母がいる。休みなんてもの言葉だけだ。
処理しても処理しても減らない仕事と家事に、辟易としながら毎日を送っていた。
職場でも家でも仕事をこなし、三日振りの睡眠に入ったのが昨日のこと。
目を覚ますと、そこは見慣れた自分の部屋ではなく、薄暗くて少し土の匂いのする場所だった。
「……はぁ?」
余りの脈絡のなさに眉間に皺が寄り、思わず声が出る。
……もしかして過労で幻覚でも見ているんだろうか。そう思って思い切り自分の頬をつねる。痛かった。
痛い、ということは幻覚ではなく現実……?どういうことなんだ。何で私は自分の部屋以外の場所で目を覚ましたんだ。
あの面倒くさがりを極めた母親が働き手である私を手放すなんてことないだろうし……
もしや、夢遊病でも発病したんだろうか、私。
だとしたら凄い距離を移動したな私。
……まぁいいか。今は深く考えず、今自分が置かれている状況を把握することに努めよう。
まず現在地。薄暗くて土の匂いがしているところからして洞窟の中らしい。
そして、耳を澄ませなくても聞いたことがない動物の鳴き声がそこかしこから聞こえてくる。
……これは、何よりも身の安全を保障できる場所を確保しなくちゃいけないな。
見知らぬ土地で得体のしれない動物に襲われて死ぬとか嫌すぎる。
壁に手を当てながら歩き出す。
上手いこと外に出ることができればいいんだけど……
……いや、そこまで高望みしたらいけないか。
そもそも私、生まれた時から運がないし。
凶暴な動物に遇わないことを祈っとこう。
できれば、そこそこ明るくて広めの空間がある場所があればいいな。
そうとりとめのないことを考えながら、ひんやりとした壁と地面の感触を楽しみつつ歩く。
「ぴきゅいっ?!」
「うわぁっ?!」
……曲がり角で何か柔らかくて弾力のある冷たいものを踏んだ。ついで、その踏んだものらしき悲鳴も聞こえた。
思わず飛びのいた後、勢い余って尻もちをついてしまう。
「ぴきいいいい!ぴぎゅいいいい!」
「え、なに……?」
「ぴぎっ、ぴきゅうううう!」
尻もちをついた体勢のまま呆けていると、先ほど私が踏んだらしい何かが文句を言ってきた。
言っていることは分からないが随分とご立腹のようだ。
鳴き声が聞こえる方に手を伸ばしてその生き物を捕まえ、「ぴきっ?!」と驚きの声を上げたそれを手探りで確認する。
手触りはぷにぷにとしたゼリー質。温度はさっき踏んだ時と同じように少しひんやりとしている。
……これってもしかしなくても、RPGでお馴染みのモンスターのスライムか?
え、なんでRGP的なモンスター?夢……はさっき否定したな、私。
滅茶苦茶否定したいけれど、もしかしなくてもこれは異世界に転移したんだろうか。なんてラノベ展開。
っていうか、これはどうあがいても詰んでないか?他の生き物……モンスターにあったら絶対死ぬだろ私。
……ぜ、全力で他の生物に出くわさないように祈ろう……
神がいるのかどうか私には分からないけれど、祈ることしか私にはできないからね。
……そういや、こういうモンスターとかって大体敵だよなぁ。
でもこいつ、さっき私がうっかりとはいえ踏んじゃったのに、攻撃すらしてこず怒って文句言ってきただけだったなぁ。
うん、攻撃してくる様子はないし、大丈夫だろう。多分。
……思いっきり踏んじゃったしダメージ入ってるよね?
そうだとしたら本当に申し訳ないなぁ……傷が治るわけじゃないけど気休めに撫でておこう。
……それにしても、凄い良い手触りだな……永遠に撫でてられそうだわ。
「ぴ、ぴぎゅ?」
「うっかり踏んじゃってごめんなぁ」
「……ぴきぃ」
スライム(?)の頭を思う存分撫でた後、地面に降ろして立ち上がる。
「とりあえず安全そうなとこ探すの再開しないと。
灯りとかあったら嬉しいんだけどなぁ」
もう何でもいいから灯りが欲しい。薄暗すぎて足元しか見えないんだもんなぁ。
ぼやきながら歩くのを再開しようとすると、後ろから「ぴき!」という呼び止めるような鳴き声が聞こえた。
おん?どうかしたんかね。
振り向いてみると、そこにはぴかーっという擬音がついてそうなくらいに光り輝いているスライムがいた。
……お、おう。なんで光り輝いているんですかねぇ……?
「……ええと」
「ぴき!」
「ぅおっとと」
ぴょんと私めがけて飛び跳ねたスライムを思わずキャッチする。
スライムは私の腕の中でもそもそとポジションを決めるように動いた後、頭からアホ毛みたいになっている触腕を明るく照らされた道を示すように伸ばした。
「……灯りになってくれるって?」
「ぴきゅ」
「ついでに道案内もしてくれると?」
「ぴきゅぴきゅ」
「いいの?」
「ぴき!」
いいらしい。全く頼もしいことである。
「じゃあ、よろしくな」
「ぴき!」
これがRPGだったら、スライムが仲間になった!みたいなテロップ出てるんだろうなぁ。
うん、とりあえずこいつの言う通りに移動しますかね。
初めまして。この度は本作をお読みくださりありがとうございます。
拙い文ではございますがお楽しみいただけたら幸いです。
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