女子高生が学校の屋上から飛び降りる話
「ねえ、何か面白い話してよ」
またか。
放課後、学園祭の準備をさぼって屋上で寝転びながら読書をしていた俺のもとに幼馴染のお決まりの台詞が降ってくる。
「世の中そうそう面白い話なんてないっての」
いつものように適当に返す。暇ならおとなしくクラスの模擬店の準備でもしていればいいものを。
「つまんないの」
彼女もまた、いつものように不満を漏らす。何十回、何百回と繰り返されてきた会話だ。彼女の不機嫌もいつもの通り。どうせすぐ忘れるし、気にする必要もない。
果たして、彼女は全く別の話題を振ってきた。
「さっきから何の本読んでるの?」
「女子高生が学校の屋上から飛び降りる話だよ」
俺はこの上なく簡潔に本の内容を説明する。が、彼女には伝わらなかったようで、「何よそれ」という言葉とともに本を取り上げられてしまった。
「あ、この本私も読んだことあるよ。ヒロインがすごく素敵なんだよね」
ほう、それは意外だな。現代文の授業では登場人物の心情など小匙一杯ほども理解しない彼女にこのヒロインの魅力がわかるとは。
「私にそっくりで魅力的な女の子だよね」
前言撤回。やはりわかっていなかったか。彼女から取られた本を取り返す。
「どこがそっくりなんだか。このヒロインは普段は明るく快活でありながらも、儚げで憂いを秘めた感じがいいんだよ。お前はただやかましいだけだ」
「失礼だね。わたしにだって憂いのひとつやふたつくらいあるよ。それにしても、君はそういう子が好みなの?」
「まあ、そうかもな」
「そう」
沈黙が流れる。
「ねえ、隣のクラスの恵理ちゃんがね、君のこと気になってるんだってさ」
彼女が口にした名前は隣のクラスで中心的な人物である。要するに明るくて可愛い。それだけではなく複雑な事情を持つ家庭に育ったらしい。そのせいか同じ学年の他の女子とは異なる雰囲気をまとっている。つまり、憂いを秘めている。
「君はどう思うの? 恵理ちゃんのこと」
「まあ、嫌いではないな」
「そう」
再び沈黙。なぜだか微妙に気まずい空気が漂う。
「じゃあ、私のことは? 私のことはどう思ってる?」
「はあ? どうも思ってねーよ。さっきも言ったけどお前には憂いなんて欠片もないだろ?」
俺は本から目も逸らさずに答える。
「そう、だね。そうだよね。ごめん、変なこと聞いて」
それだけ呟くと彼女は徐に歩き出した。
いつもならそっけない俺の返答に噛みついてくるところだが。それに、声が微かに震えていたように聞こえたのは気のせいだろうか。違和感を覚えて彼女の方へ視線をやる。
彼女が向かった先は校舎内への階段ではなかった。
彼女は柵を乗り越えて屋上の縁に立つと肩越しに俺の方を一瞥し。
飛び降りた。
時が止まったように感じた。たった今自分の目で見たことが現実のものとは思えなくて、現実であると受け入れられなくて、俺は動けなかった。
しかしすぐに我に返ると、屋上の縁に駆け寄り階下を覗いた。
そこには地面に叩きつけられて全身から血を流す彼女の姿が、
なかった。
体操部が学園祭で演技を披露するための分厚いマットが積み上げられていた。彼女はその上に飛び降りたのだった。
「ねえっ! 少しは魅かれた――っ?」
階下から彼女の声が飛んできたが、俺は無視した。
心臓がすごく早鐘を打っていたが、これは断じて変な意味じゃない。あの馬鹿があんな無茶をするから少し驚いただけだ。いや本当に。
だいたい、あいつのどこに憂いがあるっていうんだよ?