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「あーあ…。私、殴り合いは管轄外なんだけどな」

 ぼやきつつ口の中で飴を転がす。

 鎮静作用が含まれる棒つきキャンディー(ロリポップ)だ。

 本来は、戦場となった貧困国で、過度な興奮状態に陥った児童や、コンバットハイになってしまった幼年兵が日常生活に戻れるよう開発されたものだが、私は今それを嗜好品と同じように消費していた。

 別に精神に落ち着きを取り戻したいわけではなく、単に口の中が物寂しかっただけなので、感覚としては煙草のそれに近いかもしれない。

 場所は上層地区、統治機構シンジュク支部。

 普段なら厳重な警戒が敷かれ、蟻一匹ですら侵入は困難を極めるであろう統治支部は、こと今回に限っては人員の異動と、今回の目的である内通者のおかげもあってか、特に大きな問題もなく侵入することができた。

 「人員の異動は本当みたいだな…」

 見張りの兵が圧倒的に少ない。

 建物の周囲を警備していた衛兵もそうだったが、建物の内部でもフロアを巡回している兵が少ないように感じられた。

 実際に侵入したのは今回が初めてなのでなんとも言えないが、数が少なすぎて拍子抜けしたくらいだ。

 まあ少なくて困ることはなにもない。

 楽なら楽に越したことはないんだ。

 「そろそろゼロが騒ぎを起こしてる頃合いかな」

 予定では、ゼロが囮として建物の内部、目的から離れた場所で騒ぎを起こし、その騒ぎの陰で今回の目的である人員を確保、速やかに離脱する手筈になっている。

 「わかりやすく騒ぎが起きれば何らかのアクションがあると思ってたんだけど…」

 ゼロが何かに手こずっているのか、それとも周囲に異変を悟られないよう大きなリアクションは控えているのか、建物内部での大きな変化は見受けられない。

 外部からの個人情報に対するアクセスを遮るために、ナノマシンを保護ジェルでコーティングしているため、tipsによる通信手段は使えない。つまり、ゼロと連絡は取れず、自分の判断での侵攻になる。

 ゼロがまだ囮として作戦を展開していなければ、事前の計画は何の意味もなかったことになる。

 どのタイミングで作戦を実行に移すかを思案していると、身を潜めていたダクト付近に足音が近づいてくるのが聞こえた。

 足音の数は二つ。靴底が床を叩く間隔は短く、どうも巡回といった感じではない。

 「…ッ、このままだと鉢合わせだな」

 そのままどこかへ通り過ぎてくれればいいが、そんな保証はない。もしここで予定外に時間を無駄にしてしまえばこの後の進行に支障が出る。

 仕方ないか。

 舌で弄んでいた棒つきキャンディー(ロリポップ)を奥歯で噛み砕く。

 飴が砕ける音が頭蓋に響くのを感じながら、頭のスイッチを潜入から素早く切り替えた。

 ナノマシンによる身体強化がかかっているのを確認すると、コートの裾を翻しダクトの陰から勢いよく跳躍した。

 二人組の先兵が物陰から顔を出すのと同時に、咥えていたキャンディーの棒を勢いよく口から放る。

 口から離れた棒は床と水平に軌道を描き、寸分狂わず男の目へと突き刺さった。

 「―――ッ⁉何…っが!」

 跳躍の勢いを殺さず、男の顔に膝を叩きこむ。みしり、という何かがきしむ鈍い音と、何かが砕ける感触が膝を伝う。

 突然襲ってきた眼球への激痛に悶える暇もなく、男は床へと力なく崩れ落ちた。

 「な、何もッ―――!!」

 そのままコートの袖から暗器を抜き取り、振り向きざまに二人目の男へと投擲する。男が銃を構えるよりも早く、金属製の刃は男の足を貫いた。

 後続の男が異変に気が付いたときには、既に場の制圧は完了していた。

 男に体勢を立て直す暇を与えず、腿に突き刺さった暗器に蹴りを入れる。肉を抉る刃に苦悶の表情を浮かべながら男は床に膝を打った。

 もう一本暗器を取り出すと、男の咽元に刃を突きつける。

 「ねぇ、今この建物の中で騒ぎとか起きてない?」

 「ぐっ…、知らん」

 「素直に吐いた方がいいと思うんだけど?」

 刃を皮膚に対して垂直に立てる。

 男の咽の皮膚が裂け、赤い液体が首を伝った。

 「き、貴様…。どこの者か知らんが、こんなことが許されるとでも思ってい―――ッッ⁉」

 「ごめん、手が滑った」

 手にしていた刃が男の喉笛を引き裂く。

 身体が痙攣し、男は音を発さない口をパクパクと開閉させた。

 空気を欲しているのか、それとも何かを口にしようとしているのかは判断がつかなかったが、それもすぐに収まり、そこには物言わぬ肢体が転がった。

 「あーあ…、手間取らせやがって」

 男の服を探ると、上着のポケットから手のひらサイズの端末が出てきた。恐らく内部用の通信端末だろう。

 幸いロックはかかっていなかったようで、画面をタップすると施設内部の全体像に、現在位置と、それとは別に赤いビーコンが表示される。

 「B-04、っていうとゼロが侵入したエリアの辺りだな」

 どうやらゼロは侵入に成功し、当初の目的通り見事に囮を演じているらしい。

 「それじゃあ、私も取り掛かるとするか」

 端末を捨て、ナイフに付着した血を男の服で拭き取ると、作戦を遂行するため、目的地に向かって走り出した。

 

 建物内部の地図は頭に入っている。

 潜入する前に見た見取り図と、実際の建物内部の構造が異なっているのではないかと一抹の不安もあったのだが、その不安もつい先ほど解消できた。

 計画通りの最短ルートで目的地まで駆け抜ける。

 目的のエリアまではあと2ブロック。

 装飾のない無機質な通路を駆け抜け、十字路を右に曲がる。このままま突き当りまで直進すれば目的の部屋が見えてくるはずだ。

 目的地に近づくにつれ扉の数が減り、物々しい雰囲気が通路を覆う。

 目的の人物が何者なのか、ゼロからは聞かされていない。

 聞かされていないというか、はぐらかされたと言った方が正しいが。

 曰く、会えばわかるとのことで。

 私からすればふざけんなという話だ。

 統治機構の施設内ということもあり、勝手に政府関係者だと予想していたのだが、その割には雰囲気がただ事ではない。

 「収容所にすら入れられないヤバい犯罪者とかじゃないだろうな…」

 もしそうだった場合は最悪だ。

 会えばわかる犯罪者とか歴史に残るレベルだろう。

 次々と浮かぶ嫌な予想を振り切るように走っていると、ついに目的の扉へと到着した。

 「…ん?」

 扉に鍵が見当たらない。

 扉自体は厚い金属製で見た目にも頑丈そうだが、どこにも鍵らしきものが見当たらなかった。

 「指紋でもない、光彩でも、ない。かといってナノマシン認証でもなく、ましてや金属錠でもない、と」

 ひとつひとつ確認しつつ、コートのポケットから指と眼球を取り出し放る。

 当然私のモノではない。道中、見張りの兵から拝借したものだ。

 「…もしかしてノーロック?」

 内側からしか鍵が掛からないタイプなのか。

 意を決してドアに手をかけると、扉の重さはあるものの、抵抗なく扉は開いていく。

 「あー…、鬼が出るか蛇が出るか…。ええい、南無三!」

 そのまま一息にドアを開く。

 「ようやく来た…。まちくたびれた…」

 そこにいたのは鬼のように恐ろしい犯罪者でも、蛇のように狡猾な政治屋でもなく、ただの小柄な少女だった。

 いや、ただ(・・)の少女と言うにはその姿はあまりにも目立ちすぎている。

 透き通るように白い髪、雪のように白い肌。そして黒目のない瞳。

 その容姿に対して落ちた肩、まがった背に気怠げな双眸は、ある意味で美しいとさえ言える。

 完全に異質でありながら、完璧に調和のとれたその姿は、生きた芸術とさえ形容できた。

 「って、オイ。まさか目的の人間って…」

 「そう、わたしだけど…」

 目の前の少女。いや、グレーが自分自身を指さす。

 会えばわかるってこういうことか…!

 「聞いてなかったの…?」

 不思議そうに首を傾げるグレー。

 聞いてない。

 というか。

 「アンタならフツーに外出られんだろうが!」

 グレーは世界中の人間の中でコンマ1%にも満たない特殊体質の人間だ。

 純血種。

 この大地で生きている以上、生物なら皆等しくcbsによる汚染は免れないが、グレーは違う。

 特殊な抗体や免疫でも持っているのか、それとも細胞そのものが違うのか。詳しくは未だ解明されていないが、彼女たちはcbsの皮膚や臓器への付着そのものがなく、汚染そのものを拒絶する。

 その特殊な体質ゆえ、よく言えば『人類の共有財産』悪く言えば『実験動物』として、どの国でも丁重に保護される。

 髪や血液、皮膚などの細胞を提供する代わりに、ほぼ何不自由ない生活が保障されているはずだ。

 本人が望めば外出だって可能なはず。

 実際に、私は外で何回もグレーに会っている。

 言いたいことが伝わったのか、グレーは緩やかに首を振った。

 「それじゃ…だめ。あくまでわたしは、攫われた(・・・・)の…。それに、どうせひとりじゃ外には出られないしね…」

 「私たちに攫われたていが必要、ってことか」

 「そう…。わたしの存在は最重要機密…。『外出』ではなく、『失踪』になれば大々的な捜索はできない…」

 そこでグレーは私を指さした。

 「わたしは貴方たち謎のテロリストに誘拐された可哀想な美少女…というわけ」

 「じぶんで美少女と言うか」

 「事実…」

 「………」

 とはいえ、これは実際に事実なので口を閉ざすしかない。

 「まあいいけどさ…。だったら早いとこ退却しよう、いつ増援が来るかもわかんないしね」

 想定作戦時間は一時間だったはず。

 感覚的には既に30分は回っている。帰りの道のりを考えると、今すぐにでも戻った方がいい。

 そう考え、来た道を引き返そうとした私をグレーが引き止める。

 「なに?」

 「わたしの情報を、ここのデータベースから消す…。そうすればシステムでの追跡も困難になる…」

 「ここのデータを消したって、記憶の石(オール・バックバンク)にもデータが残ってるんじゃないの?」

 首を傾げる私に、グレーが説明する。

 「わたしのデータは重要な機密…。情報の漏えいを阻止するためと、これのために外部にデータは残さない…」

 言いつつ、右手の人差し指と親指で輪を作る。

 「なるほどね…、ってそんな簡単に消せるもんなの?私そういうのあんまし得意じゃないんだけど」

 頭で考えるのは得意だが、技術的な話はまた別だ。

 少し考えた素振りを見せた後、グレーが親指を立てた。

 「ぶっ壊そ…」

 「あー、いや…。それでいいならいいけどね…」

 まあ、手っ取り早くていいかもしれない。

 レッドラムあたりが聞いたら卒倒しそうだが。

 「じゃあ、道案内するから…、前はよろしく…」

 わたし戦えないし、と付け足し後ろに付く。

 「いや、私も別にこういうの得意なわけじゃないんだけどね」

 そう私も付け足しつつ、グレーを連れてその場を後にした。


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