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街の雑踏が普段よりも大分すっきりして見える。

 それがtipsのせいだと気が付くのには、少し時間がかかった。

 それなりに大きな町であれば、街中にはあちらこちらに電子マーカーが貼り付けられている。

 それはレストランのメニューだとか、バーのネオンだとか、ドラッグストアのセールの情報だったりするわけだが、そういった類の広告が、普段であればtipsを通じて絶えず視界に入り込んでくるのだ。

 もちろんtipsを介して目に映るときには、味気ない幾何学模様としてではなく、鮮やかな色彩と、目を引くロゴで彩られた情報が私たちの興味を惹こうとして映るのである。

 しかし、ナノマシンの入っていない今の私にとって、ここ一面の電子マーカーはただの模様でしかなく、それ以上の価値は持っていなかった。

 「悪くないな、こういうのも」

 もともと人混みや喧噪は苦手なんだ。

 そんな感想を抱きつつ、家の前から通りをいくつか過ぎると、小さな店に出た。いまどき珍しく、現金で買い物ができる店だ。

 そこで軽く昼食を買い、下層区に向けて再び歩みを進める。

 「面倒だなぁ…」

 ナノマシンが家になかった理由に、おおかたの察しはついていた。どうせ、ゼロかレッドラムが持っていったに違いない。

 ナノマシンが体に入っていれば、tips等の通信機器により様々な恩恵を受けることができる。しかし、それは裏を返せば常に自分の位置情報を発しているということでもある。

 ナノマシンを介して通信を行えば、その通信は逐一記録されるし、買い物を行えばその履歴が送信される。通行に認証が必要なエリアを通過すれば、通過した時間やその人物についての個人情報だって洩れなくチェックされることになる。常時監視されているようなものだ。

 まあ、つまるところ「行動した履歴を残さずに来い」ということであって、ナノマシンを持っていったのはそのお膳立て、といったところなんだろう。

 お膳立てとは違うか?

 まあいい。

 そういう理由もあって、人目に付きづらい道を、そして通過するのに認証が必要になる大通りを避けていたのだが。

 「なんだってこんなところに管理局の人間が…?」

 居住区を抜け、あともう少しで下層区といったところで、目的地へ向かう橋の手前を二人組の男が塞いでいた。憮然としたその態度から、すんなりとここを通してはくれないであろうことは簡単に予測できた。

 普段ならばこんなところに人はいない、というかそもそも下層区に行く人間がいないので、こんなところを見張る必要がないのだが。

「あいつらが何かやらかしたか、犯罪者でも逃げ出したか…」

 小さく舌を鳴らす。

私としては後者を祈るばかりだが、どちらにせよここを通過しなくてはならない現状に変わりはない。

 道の陰から様子を伺っても、依然として男たちが移動する気配はない。

 わずかな挙動でコートの袖と靴の状態を確認する。

「―――いや、やめとこ」

 小さくかぶりを振り、頭をよぎった案を棄却した。

 「遠回りだけど、ここで騒ぎを起こすよりマシかな…」

 踵を返し、来た道をそっと引き返す。

 「あー、ほんと面倒だけは勘弁してよ…」

 そう漏らしつつも、静かに胸の内で膨らむ嫌な予感を無視することができないでいた。


  「回りくどいことしやがって…」

 私がそう漏らすと、目の前の男はバツが悪そうに苦笑した。

 「いや、悪い悪い。俺にはこれくらいしか方法が思いつかなくてさ」

 旧土下層地区。

 汚染物質(cbs)による土壌の汚染が進行し、政府にすら見放された人の住めない捨てられた地域。

 そんな地域に人々に忘れられたように建つレッドラムの家で、私はゼロと向かい合うようにしてソファに沈んでいた。

 「わざわざあんな真似しなくても、私なら携帯電話で連絡を取った時点で気が付くっての」

 目の前のローテーブルには、包装されたナノマシンが無造作に積まれている。

 私が普段ストックしているものと同じもの。

 というか、私のだ。

 やはり、家にナノマシンの予備がなかったのは、私の家からこいつらがナノマシンを持ち出したから、ということで間違いなかったらしい。

 「あー…、いやほら、行動と通信の履歴を残すわけにはいかなかったからさ」

 「だからってナノマシンを…。そっちのがよっぽど怪しいっての」

 小さくため息を吐き、先ほど買った昼食に手を付けた。

 きつね色に揚がったそれを袋から取り出し、端を齧る。

 「うわ、冷めてるし」

 案の定、揚げ物は家に来るまでに冷めてしまっており、湿気った衣と冷めた油のなんとも言えない味が口の中を満たした。

 「お前…」

 「?」

 ゼロは口の端を引きつらせ、私が口にした揚げ物を指さす。

 面白いな、その顔。

 まあ、何を言わんとしているかは察しがついているのだけど。

 「お前それ…」

 「フライドチキン?」

 手にした揚げ物をひらひらと振る。

 「いやいや、お前それの原料なんだか知ってるのか…?」

 「知ってるよ、食用ミミズでしょ?」

 「いやミミズでしょって…。ミミズだぞ?細長くて手も足もない生き物のアレだぞ?」

 こともなげに応え、もう一口齧る私を信じられないモノでも見るような目で眺めるゼロ。

 そんなゼロを尻目に、私は揚げ物の残りを口に放り込んで胃へと流し込んだ。

 別に食用ミミズ自体は珍しいモノではなく、スーパーでも肉の代わりに売られているほどだ。ただ、見た目がアレなので嫌う人も多いというだけで。

 私は好きでも嫌いでもないが、安価なのでよく食べる。

 「いいでしょ別に、私が何を食べようと」

 「別にいいけどさ…。あー、いや。いいけどさ」

 煮え切らない表情のゼロ。

 苦虫を噛み潰した顔とはこういう表情のことを言うのだろうか。

 「ゼロに食えって言ってるわけじゃないんだし」

 揚げ物を包んでいた袋を丸め、ゴミ箱へと投げる。

 放られた紙袋は綺麗な放物線を描くと、吸い込まれるようにしてゴミ箱へと落ちていった。

 「それはそうなんだけどさ…、お前がそれのことを『フライドチキン』って呼ぶせいで、フライドチキンを見るたびにそれが頭をよぎるんだよ」

 「じゃあ何、『フライドアースワーム』とでも呼べばいいの?」

 普通に呼びづらいな。

 ゼロは微妙な顔で頬を掻きつつ、ソファーに座り直した。

 「まあそれはどうでもいいけどさ…。なんか用事があったんでしょ?」

 というか、そもそもここまで来たのはこんな下らない話をするためじゃない。

 方法こそ酷かったが、わざわざナノマシン認証を避けて来させられたということはそれ相応の理由があるはずだ。

 人の目を避けたい理由が。

 もしこれで相応の理由がなければ、今すぐ目の前の男を殴って家に帰るつもりだったが、ゼロの口から出た言葉でその案は一瞬で霧散した。

 「それなんだが…。今夜、統治機構を襲撃しようと思う」

 ゼロの顔からは笑みが消えていた。

 「あー、えっと…」

 統治機構。

 世界中の加盟国によって構成される、世界統治機構という名の行政機関。

 情報技術の発展と共に、国という単位の概念が希薄になっている今、かつての大国、先進国、そして現発展途上国からなるこの組織は世界で最も大きな影響力と、権限を持っている。

 各国の行政とはまた別に、独立して政治に介入する「世界の意思」とでも言うべき統治機構を襲撃するということは、世界中に対して喧嘩を売るのと同義でもあった。

 「あー…、本気?」

 一瞬の沈黙の後、私の口から発せた言葉はそれだけだった。

 ため息とは別に、息を吐く。

 「いくら俺でも冗談でこんなこと言い出したりはしないよ」

 別に、統治機構を襲撃する行為そのものに異議があるわけではない。

 ―――ただ。

 「まず人手が足りない…。それに、今が好機だとは思えない、かな」

 統治機構を敵に回すということは、一国の軍隊を相手取るようなものだ。

 ろくに人のいないこの現状では自殺行為に等しい。

 「その人員を確保するための襲撃なんだよ。それに、統治機構と言っても襲撃するのは支部だし、うまく立ち回れば最少の交戦で済むだろう」

 「いや…、支部って言ったって国軍の一小隊くらいの戦力は保持してるんだけど」

 というか、交戦することが前提なのか。

 「それなんだけど、ちょうど支部の人員の一部が都庁へ異動してるらしい」

 「都庁に?」

 なんでまた。

 「さあ…。理由はわからないけどグレーの情報だ、間違ってるってことはないと思う」

 「ふぅん…」

 支部の戦力が分散してるうちに叩こうってことか。

 もしかして、ここへ来る際に見かけた管理局の人間も、都庁への異動と何か関係があるのだろうか。

 しかしまあ、一応の納得はできた。

 「レッドラムにはちょうど別の仕事を頼んであるから、支部への潜入は俺とお前で行うことになるんだが…」

 やれるか、という無言の視線。

 「当たり前でしょ」

 喉まで出かかっていた反論を飲み込み、承諾する。

 「高いところでのうのうと生きてるクソ野郎共に、目にもの見せてやらなきゃな」

 ハッ、とゼロが笑う。

 「それじゃあ、作戦開始だな」


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