七日目 トミーの仕事中毒
土曜日、今日から二日間に渡って学園祭が始まる。
一日目の今日は主に出店メインでその他コンテストなどのイベント、二日目は舞台発表がメインとなっている。
時は昼、大繁盛の教室があった。たこ焼きを売る2ーBの教室だ。たこ焼きカフェを名乗る2-Bは安い早い美味いを掲げ人気店となっていた。
「はい、たこ焼き二人前お待ち!」
たこ焼きを買いに来た客ににっこり笑顔を向けるのは、富田景。笑顔と共に丁寧かつ迅速に客をさばいていく。
「店長!ちょっといいですか…!」
「はいよ!」
店長と呼ばれる彼は、その呼称通り、たこ焼きカフェの店長である。
景は天文部の部員であり、天文部ではトミーという名で呼ばれているが、それを知る者はあまりいない。そもそも景が天文部に入っていることはあまり知られていないと見ていい。
景は、あることでちょっとした有名人であった。
景の趣味はバイトである。特技もバイトである、と言ってもいい。彼はバイトを人生の楽しみとしているバイト漬けの高校生だった。早朝、学校に行く前にバイト、放課後バイト、夜バイト。土日も基本的にバイト。それはもはや中毒と言っていいかもしれない。ワーカホリックな景は、人呼んでバイトマスター・ケイ。少なくとも同学年でバイトマスターの名を知らない者はない。他学年にも結構知れ渡っている。
クラスメイトからマスターと慕われている景は、このたこ焼きカフェでは満場一致で店長に任命された。バイトの一つではバイトリーダーも務めている景はこうして大活躍しているのだった。
さすがはバイトマスター・ケイ、見事な接客、現場の指揮、トラブル対応力、見事な手際で一躍たこ焼きカフェは人気店だ。クラスメイトは自然と彼に敬語である。店長、これお願いします!
* * *
昼のランチタイムが過ぎて、客足のピークも若干収まってきた。
景の仕事もそろそろ終わりである。もっとも、景としてはシフトなど関係なくずっと働いていても良かったのだが、店長ばかりに任せられないとクラスメイトたちに無理やり空きを作られたのである。仕事中毒者としては物足りないが、仕方がない。敵方視察とばかりに他のクラスを見てまわろうとエプロンを外しかけると、客の一人に話しかけられた。隣のクラスの野田実花子だ。
「景、来てやったわよ…ってもしかして店番終わる感じ?」
「ん、ああ。これで終わり。今からよその店見てまわろうかと思ってたところ」
「なんだあ。マスター・ケイの仕事ぶり見てあげようと思ったのに」
残念そうに肩をすくめてみせる彼女は、景の元クラスメイトだ。去年同じクラスで結構仲が良かった。今も友情は続いている。今は確か、ハリーと同じクラスで席も隣だったはずだ。隣といえば、実花子は景のお隣さんである。家が隣なのだ。ゆえに何かと交流があるのである。
景は教室を出るつもりだったが、折角実花子が来たのでしばらく相手をすることに決めた。実花子の座ったテーブルに自らも腰を下ろす。今から景は店長ではなく客だ。
「じゃあ、俺もたこ焼き食べるよ。俺も今から客だ」
「いいの?ごめんね。」
「いや、こうして客目線で客観的に店を見てみるのもアリだと思うんだよな」
客だと言いながら店長が抜けていない景に実花子は苦笑しながらたこ焼きを注文した。
「すみませーん、たこ焼き二人前お願いします」
「はい、二人前ですね。かしこまりました。…ってなんでえ!店長座ってんすか」
客のごとくテーブルに座る景に注文を取りに来たクラスメイトが驚く。
「いいからいいから。はいさっさと仕事仕事」
しっしと手をやる景にクラスメイトははい店長!とすばやく引っ込んだ。その様子に実花子が笑う。
「すごい。本当に店長やってるんだね」
* * *
あつあつのたこ焼きを頬張りながら景と実花子は談笑していた。
「美味しい!美味しいよこのたこ焼き。学園祭クオリティとは思えない」
「サンキュ。結構こだわったからな。うちのクラスに大阪出身のやつがいるんだよ。彼がたこ焼きカフェの発案者」
「へえ。本場の味ってやつかあ。いいね、美味しい」
「さんざん味見したけど、美味いよな」
自らも絶賛しつつ食べる景をにこにこしながら見ていた実花子だが、その視線がある一点を捉えた。景の背後に向けられた視線に、景が後ろを振り返る。2-Dの長谷川が小学生くらいの少年と一緒に席についたところだった。
「?長谷川がどうかした?」
別段変わりない普通の長谷川だ。珍しいことと言ったら小学生を連れていることくらいだが、おそらく彼の弟かなにかだろう。長谷川をじっと見つめる実花子を不思議に思った景が問いかけた。
「へ?え、ああ。うん」
「なんだよ」
歯切れの悪い実花子に疑問が募る。
「えと、あの子、長谷川くんの弟かなあ?」
「そうだろうな」
「だよね、へへ」
「……言いたいのはそれじゃないだろ」
「…………」
実花子が視線を泳がせる。しばらく躊躇した後、恐る恐るといった風に口を開いた。
「長谷川って、相崎くんとデキてるんだよ、ね…?」
「はあ?!」
実花子の衝撃発言に景は絶句した。
長谷川は、長谷川伸二である。相崎は、相崎和大である。二人とも、男だ。しかも、相崎は景と同じ天文部だ。アイザックだ。
「それ、マジで言ってる…?」
長谷川とアイザックは仲が良い。ともにD組の二人はクラスでもよく一緒にいるらしいし、アイザックがバスケの長谷川に誘われてよく助っ人をしていることも有名だ。仲の良い二人を見て周りの友人たちがふざけておまえらデキてんだろ、とからかっているのをよく見るが、まさかそれを本気と受け取る者がいるなんて…。
「え、違うの?」
「違うから。あいつらただの友達だよ。別にそういう関係だったとしても俺は別に、いいけどさ」
「そうなの、…よかったあ」
心底ほっとした、という様子の実花子に景は感づいた。
「お前、もしかして長谷川好きなの?」
「え、まさかあ。長谷川?全然好きじゃないなんともないよ」
「あ、そ。じゃあアイザックか」
「アイザックって、あ、あ、相崎くん?」
明らかに動揺する実花子に景が笑みをこぼす。わかりやすいなあ。
「アイツ、彼女いねえよ」
「わ、私に言ってどうするの」
ふふ、と笑いを抑えきれずに景は実花子を見つめた。
「お前はハリーのことが好きなんだと思ってたよ」
「えええ?なんで」
「ハリーの話よくしてんじゃん。綺麗だ可愛いだって」
「それは、だってハリーくん綺麗じゃん。午前の女装大会みたけどやばかったよ。超美少女。完全にフランス人形だねあれは」
「ああ、ハリー女装大会出たんだってな。さぞかし似合ったんだろうなあ。アイツちっさい頃着せ替え人形にされてたらしいから」
「もう、それはそれは可愛かったよ!隣に八城くんあたりが立ってくれたら完璧だよね。おとぎ話から抜け出てきた、みたいな」
「ああ、アイツ王子様系だもんな」
景は八城澪を思い浮かべた。王子様的な正統派なイケメンだ。イケメンといえば天文部には波多野未鶴もいるが、あれはもうちょっとアウトローというか、どっちかというと王子よりも悪役的な美形だな、と脳内で頷く。
「明日の舞台発表、八城くん王子様やるんでしょ?絶対見に行く」
「お前結構ミーハーだよな」
「そんなことないし。あーあ、お姫さま役瀬野くんやればいいのに」
「はあ?」
「あの二人仲良いよね。あの美人と地味、っていう組み合わせがいい!」
「……」
「あ、でも姫役西崎さんなんだっけ?彼女、瀬野くんのこと好きって噂本当かな?」
「なにそれ初耳」
「私もちょろっと小耳に挟んだだけだから本当かどうかわからないんだけどね」
「へえ。西崎さんってあのお嬢様っぽい…」
「そうそう。美人さん。瀬野くんって言ったら好きな人皆八城くんにとられちゃう可哀想な人でしょ?でも実はあんな美人に好かれていたなんて…」
「お前詳しいな…いろいろと」
「八城くんと西崎さん…どっちを選ぶんだろう…!」
「…おい」
友人の恋愛模様について語り合う学園祭の午後は、
仕事中毒者のつかの間の休息。