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六日目 オードリーの少女漫画的日常

 おおとり玲美れみの日常は少女漫画のようである。


 天文部の紅一点である玲美はオードリーとして天文部のメンバーと非常に友好的な関係を築いている。男女の垣根なく心置きなくなんでも言い合える仲。特にミシェルこと波多野はたの未鶴みつるのことは気持ちを理解し合った戦友だと思っている。玲美にとって天文部とは安らぎの場であった。


 天文部は、安らぎの場である。つまり、それ以外はそうではない。




 玲美は美少女だ。どうしようもなく美少女だった。

 ゆえに、女子の反感を買った。小学校の高学年頃から、男の子に囲まれるようになった。そしてそれに反比例するように、女の子は玲美から離れていった。中学でも、高校でも、玲美はいつだって男子に囲まれている。まるで逆ハーレムなその様子にますます女子は離れていき、陰口や嫌がらせも彼女にとって珍しいものではなくなった。

 さすがにそれなりの偏差値の城凪に通う生徒は馬鹿じゃない。あからさまないじめはしない。露骨な無視もしない。ただ、玲美には友達と呼べる女子がいなかった。だが、玲美は表面だけの友情なんて、そんなものは必要としてなかったし、女同士の意味のない馴れ合いも不要だった。そんな友情ごっこなんて、天文部の友人たちさえいればいらない。ひと握りの本当の友人だけで十分だった。




* * *


 「レミちゃん、この台詞なんだけど練習したいから相手してくんね?」


 「おい、お前レミに近付き過ぎ、こっち来いよレミ」


 「レミ、ここなんだけどどう解釈する?俺はさ…」


 「レミちゃん、」


 「レミー」


 今日もこうして玲美は男子に囲まれている。

 今は学園祭でやる演劇『白雪姫』の練習中である。玲美の配役はヒロインの白雪姫だ。多数決で決まった。このクラスは3:2で男子が多い。男子で玲美に投票しなかったのはミシェルくらいだろう。

 ミシェルはイケメンだ。このクラスでは間違いなく一番。学校全体でも、あの美形で有名な生徒会副会長と並ぶレベルの格好良さだ。当然彼はモテる。いつも女子に囲まれている。玲美が逆ハーレムなら、ミシェルは本当のハーレムだ。玲美とミシェルは仲が良い。気持ちが分かり合える。共感できる。しかし、玲美と似たような状況だというのに、ミシェルは男子とも普通に仲良くしている。羨ましいとかそういうよりも、男子と女子とではこうも違うのか、とため息の一つも付きたくなる。

 そしてそのミシェルはといえば、この険悪な空気の教室からさっさと一人逃げ出した。おそらく天文部か、もしくは茶室にでも行ったのだろう。薄情な奴である。



 






 玲美の逆ハーレム状態をクラスの女子たちは羨み、妬むが、玲美にとってこの状態は面倒に思いこそすれ嬉しいことなんて何もない。よく小説や何かで、逆ハーレムものがあるが、逆ハーレム状態で喜ぶ女の心理が全く理解できないと玲美はつくづく思っている。乙女ゲームで逆ハーレムエンドを目指すなんて、それこそ狂気の沙汰だとも。

 異性に好かれること自体は嫌じゃない。自分のことを可愛いと思ってくれるのは嬉しい。でも限度がある。女子にも嫌われる。自分の好きな人が好きになってくれないなら意味なんてない。








 玲美には好きな人がいる。

 

 玲美を取り囲むどの男子でもない。


 玲美の好きな人は、先生だ。

 彼の名前はやなぎ蝉彦せみひこ。国語科の、古典の教師である。

 すらりとした長身に切れ長の瞳、長めの髪を後ろで一つに縛った和風美人。天文部の顧問であるシモン先生こと下野凛太郎と同年代で仲が良く、一緒にいるところをよく見かける。気さくで明るいシモン先生とは対照的にどちらかといえば愛想がなくクールな柳先生は、玲美をとりまく逆ハーレムを一目見て「お前らよくやるな」と冷たく言い捨てたのだ。唖然とする男子たちを背に颯爽と歩き去っていく後ろ姿に、玲美は恋に落ちた。

 正直、柳先生さえ見てくれればそこらの男子なんてどうでもいいと思っている。

 しかし柳先生は手強かった。自らの容姿が役に立つ時が来た、と先生のもとへさりげなくアプローチしに行ってみたが彼は歯牙にもかけなかった。その名のごとく、まさに柳に風である。そして、それは余計に彼への想いを強くさせたのである。


 それから玲美は相変わらず男子たちに囲まれながらも静かに柳先生に片思いする日々を送っている。告白はしない。卒業したらする。それまではあの柳先生だ。どうせ相手なんかしてくれないだろうと思っている。もし、相手してくれたなら、きっと玲美は失望する。柳先生は生徒に手を出すような愚かな男ではないと、アプローチしてみたことを棚に上げて玲美は今日も柳先生を見つめる。


 先生に恋人がいないことは既にリサーチ済みだ。同じ学年に先生の従弟がいるのだ。名字が同じで、かつ変わった名前であるというだけでもしや親戚ではないかと見当をつけた玲美はそのやなぎ此乃葉このはという彼に、接触を図ってみたのである。すれば案の定、客観的に見れば奇跡的に、此乃葉は柳先生の従弟だった。そしてその出会いは玲美にとってかなりの収穫だった。なんせ、彼は玲美の容姿に惑わされなかったのである。流石柳先生の従弟だと玲美は感動のあまりおもわず彼の手を握り締めてしまったほどである。あまり目立たないタイプであるが、よく見ればかなり綺麗な容姿をしている。言われてみればどことなく似ているかもしれない。

 こうして柳此乃葉と仲良くなった玲美は新たな友人と、先生には彼女がいないという情報を手に入れたのだった。


 よって玲美はこうして、卒業するまでは先生への想いを心に秘めて逆ハーレムな毎日を送っているのである。

 柳先生への片思いの気持ちは玲美の生活に潤いを与えている。今までの味気ない逆ハーレムの日々も、先生のことを考えるだけで気持ちが晴れやかになるのである。今までにない心の余裕がいま、ここにある。








 だから、玲美を置いて一人逃げたミシェルのことは、断じて、怒ってなんて、いない。







 多くの男子に囲まれ、女子の反感を買いつつ、教師に禁断の片思い。

 オードリーは今日も、少女漫画的な日常を生きる。







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