五日目 ミシェルの優雅なお茶会
時は学園祭二日前、場所は茶室。
天文部のミシェルこと波多野未鶴は優雅にお茶を飲んでいた。
「それで先輩、天文部の方は大丈夫なんですか?ずっと茶道部にいますけど」
「ああ、大丈夫大丈夫。今年も天文部は学園祭なんにもやらないから」
茶道部の後輩、伊川加奈の言葉に未鶴は笑って答えた。
未鶴は天文部と掛け持ちして茶道部にも所属している。自らのクラスの準備を抜け出して茶室に来ていた。学園祭で茶道部は毎年簡単な茶会を開くことになっている。その打ち合わせ、予行演習と称して部員たちは自分たちでお茶を点てつつのんびり談笑していた。
「今年はプラネタリウムやるって噂聞いてたんだけど、あれデマだったの?」
副部長の西本若葉が茶菓子を齧りつつ未鶴にたずねる。隣の加奈からも視線を感じる。未鶴は二人の様子に苦笑いしつつ答えた。
「いや、最初はやろうと思ってたんだけどな、一応。まあでも、さすがは我らが天文部」
「なるほど、面倒臭くなって途中でやめたというわけか」
「そういうことです」
天文部は去年何もやらなかったこともあり今年は何かやってみるかと、とりあえず天文部っぽいということでプラネタリウムの上演を計画した。だがしかし、思ったより面倒臭かったのである。よって彼らはあっさりきっぱりとプラネタリウム計画を白紙に戻したのであった。よって「天文部部員のミシェル」は暇なのである。
「だから暇な俺は今こうしてお茶を楽しんでいるのです」
湯呑を手に未鶴がしみじみと言う。ここは茶道部だが、未鶴は抹茶ではなく煎茶を入れて飲んでいた。茶菓子は煎餅である。正直抹茶より煎茶の方が美味いと未鶴は思っている。
未鶴はこうして茶室でのんびりするのが好きだ。
未鶴は容姿に恵まれている。そしてそれを自覚し、随分と活用している。整った容姿のおかげで得をすることは沢山ある。だが反対に面倒でもある。未鶴の容姿に魅せられた女子たちが寄ってくるのだ。未鶴はいつも女子に囲まれていた。当たり障りなく、皆に平等に優しく接する彼はフェミニストだと称されているが未鶴は別段自分がフェミニストだとは思っていない。いつも女子を侍らせていることから女好きだと思われている節もある。そして確かにわざとそう思われるように言動している部分もある。女の子たちと喋るのは嫌いじゃない。優しく笑いかければ女子たちは喜ぶ。ただ、それで優越感に浸れるほど傲慢になれない。
未鶴を取り巻く女子たちは未鶴の表面しか見えていない。中学生になったばかりの頃、未鶴は急に色気づいた女の子たちから一心に寄せられる強迫的な恋心に恐怖を感じた。現在は自分に焦がれる女子にも上手く相手できるようになった。日常的に、呼吸するように。少なくともクラスで一番女子の扱いは巧い自信がある。
そんな未鶴にとって天文部は気楽な場所だった。それぞれ好きな時に好きなことをやればいい。未鶴を取り巻く女子もいない。そして、未鶴と同じくらい女子の目を引く男がいた。例えば部長のロミオ。他にもルカやクォーターのハリーなど。女子は一人だけいるが、その一人である玲美は未鶴に恋愛的な興味は微塵も抱いていなかった。彼女とはさばさばした友人関係を築いている。
そして、茶道部も同じだった。元々幼い頃から茶道に親しんでいた未鶴は、深く考えず軽い気持ちで入部したのだが、それが存外居心地が良かった。部員は圧倒的に女子が多かったが、皆の興味は未鶴の容姿よりもお茶の方にあった。特に、副部長の若葉と後輩の加奈は未鶴相手にも媚びず気負わず、未鶴が気兼ねなく、腹を割って話せる女友達になった。
* * *
「あれ、でも先輩、クラスの準備はいいんですか?」
首を傾げる加奈に未鶴は苦笑いを見せた。
「ああ、いいのいいの。俺がいなくても問題ないから」
そう言うと未鶴はため息を一つ。
未鶴のクラス、2-Fは演劇『白雪姫』とメイド&執事喫茶をやることになっている。ザ・定番だ。未鶴は演劇には出演しないが、喫茶店の執事はやる予定だ。正直気が乗らないが仕方がない。
「先輩なんかやさぐれてません?珍しい」
「んー、そう見える?」
「見えます。ねえ先輩」
加奈が若葉に同意を求めると若葉は干菓子を頬張りながら頷いた。未鶴は若葉の食いっぷりと加奈の指摘に苦笑いした。
未鶴はクラスの準備を抜け出して茶室に来たのは、クラスの雰囲気に辟易したからだ。
先程まで教室ではメイド&執事喫茶の内装準備をしつつ、演劇組の練習も同時に行っていた。おそらく今もやっているだろう。
未鶴のクラスは人間関係が少々面倒臭いことになっている。主に女子が。未鶴は見慣れた顔を思い浮かべた。天文部の紅一点、鳳玲美だ。天文部でオードリーと呼ばれている彼女は、未鶴のクラスメイトでもある。さっぱりした玲美とは中々気が合い、恋愛感情抜きで仲良くしているのだが、ここで問題がひとつ。
玲美は美少女だった。
長い髪をアニメキャラの如くツインテールにした彼女は、それがネタにならないレベルの美少女ぶりだった。当然男子人気は凄まじく、まさに学園のアイドルといった様相を呈していた。ゆえに、彼女は女子の反感を買いやすい。男子の視線を独り占め、それに「波多野未鶴」とも仲が良いともなると言わずもがなである。
つまり、玲美と女子たち、いや女子たちの一方的なと言ったほうがいいかもしれないが、険悪な空気にうんざりして未鶴は教室を抜け出してきたのである。その場に未鶴がいたら余計にややこしくなる可能性を懸念した結果でもある。
「美少女もイケメンも、大変なんですね…」
未鶴に詳しく話を聞いた加奈はしみじみと呟くとお茶を飲んだ。
まったくだ。未鶴は教室の険悪な空気はさっぱり忘れて今日はここで優雅にくつろごう。心に決めて煎餅に手を伸ばした。
オードリー、悪いな。
玲美に心の中で謝りつつ、気のおけない仲間とのんびりゆったり。
優雅なお茶会はまだまだ続く…。