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一日目 ヨシュアのなんでもない日

 天文部員の瀬野せの佳也よしやは慌ただしく動き回る同級生たちの姿をなんとはなしに眺めていた。

 



 夏休みも明けてしばらく、学園祭がすぐそこに迫っていた。


 佳也のクラスは舞台発表と出店とどちらもすることになっておりそれらの準備に連日追われている。学園祭まであと一週間ほど。今日も、日曜日だというのに皆休日返上で学校に来ていた。

 佳也は舞台発表の裏方と出店の調理を担当しており、役者として舞台に出演する生徒とは比べ物にはならないがそれなりに忙しかった。佳也のクラス2-Aの舞台発表は『眠り姫』だ、出店はその演劇をイメージしたメルヘンな、その名も「眠れる森のカフェ」だ。

 演劇の裏方の仕事はあらかた終わった。あとは出演者たちの最終調整といったところだ。出演しない佳也はカフェの方の準備でそれなりに忙しくしている。そこそこ人並みに料理ができる佳也は調理担当として重宝されたのだ。残念ながらこのクラスには料理が得意な生徒が少なかった。






 カフェとして使われる予定である佳也のクラスの隣の空き教室。

 カフェの内装がほぼ完成していくなか、佳也の視線は教室の前方、教卓の方に向かう。

 王子様の衣装を着たクラスメイトが女子に囲まれていた。

 佳也の所属する天文部の部長であり、親友である八城やしろみおだ。

 どうやら衣装合わせをしていたようだ。すらりとした澪は王子様の衣装を見事に着こなしていた。周りを囲む女子たちに微笑む澪に、佳也の近くにいたクラスメイトの田中がぼやく。イケメンってずるいよな。





 ………本当にな。

 佳也は田中の言葉に心の中で同意した。

 佳也の視線は澪から澪を取り囲む女子に移る。となるとその中の一人に思わずとも目が行く。色素の薄いショートヘアの女子。頬を紅潮させて澪を見つめているその子は輝いていた。


 彼女は、佳也が仄かな恋心を抱いていた相手だった。

 しかし残念ながら彼女は澪に夢中のようだ。

 いつもそうだ。

 今回も期待はしていなかったが、やっぱりノーダメージかと言えば嘘になる。どういうわけか佳也の好きな人はみんな澪を好きになる。他にもイケメンはいるのになぜかいつも澪なのだ。天文部にも澪の他にイケメンはいる。ミシェルとかハリーとか……あれ、うちの部イケメン多いな。……多いな。天文部の部員を思い浮かべた佳也はなんだかやるせない気分になった。


 イケメンってずるいよな。


 田中の言葉がリフレインした。










 

* * *

 

 「ヨシュア!」


 しばらく佳也は澪と澪を取り巻く女子を眺めていたが、佳也に気づいた澪が女子たちを置いてこちらへやってきた。


 「ああ、ロミオ。さすが、似合ってるな王子様」


 「サンキュ。でもやっぱり動きづらいんだよなあこれ。戦いのシーンで結構剣振り回すんだけどやりずらいよ」

 

 そういって肩を回してみせる王子様もといロミオ。ロミオというのは澪の天文部でのニックネームだ。「八城澪」の名字の最後の一文字と名前をくっつけてロミオである。

 この天文部には少し変わった、部員は互いに外国人風のニックネーム呼び合うという決まりがある。部員たちが面白がってコードネームとも呼んでいるそれは特に意味はないが天文部の唯一の個性だ。佳也のニックネームはヨシュアである。いかにも単純だ。





 「役者チームはどんな感じ?カフェの方はもう大方完成ってとこだけど」


 「こっちもほぼ完成かな。今衣装合わせで、細かい手直しとかやっちゃって、あとはもう何回か通しでやればいいかな」


 裏方の仕事は早々に終わっていた佳也は「眠り姫」がどう仕上がっているのか知らない。澪の様子では仕上がり上々のようだ。


 


 「王子の活躍シーンが大幅に増えてもう大変だったよ」


 それはつまり大方澪の出番を増やすためだろう。そもそも最初は眠り姫ではなくシンデレラの予定だった。しかしシンデレラでは王子の出番が少なすぎたために、王子の活躍の場、戦闘シーンがある眠り姫になったのである。女子も大満足。


 「大変だな、お前も」


 「んー、まあ演技は好きだからな。光栄だよ」


 穏やかに微笑む澪を見ているとなんでも良くなってくる。佳也が好きになった人がみんな悲しくも彼を好きになっても、なんだかんだで憎めない。どうあがいても、澪はいい奴だ。いい男だ。そもそも佳也は人の前に立ってあれこれやるような目立つタイプではない。澪のようなカリスマタイプに憧れはするが嫉妬するほどでもない。そんな彼の横で地味に過ごすのが居心地いい。佳也はとことん脇役気質だった。




 しばらく澪と談笑していたが、澪は妖精役の女子に呼ばれて去っていった。

 ちらりと見えた、ワンピースの裾。

 長い黒髪の彼女は去年の今頃、佳也が想いを寄せていた片思いの相手だ。


 彼女もまた、澪に夢中だった。






 こうして今日もまた、佳也のなんでもない日が過ぎていく。


 




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