八日目夜 シモン先生と天体観測
学園祭二日目、後夜祭も終わり、城凪高校の学園祭は今年も盛況の中幕を閉じた。花火を打ち上げた後夜祭の余韻もそろそろ覚め、校舎が静かになった頃、屋上に天文部の部員たちが集まっていた。
「今年の学園祭も盛り上がったね」
「花火綺麗だったな」
「ああ、花火綺麗だったんだ。いいなあ。俺は片付けで見られなかったよ」
残念そうに言ったのは二十代後半の男性。天文部の顧問である社会科教諭、下野凛太郎だ。部内ではシモン先生と呼ばれている。
「ええ、先生もったいない。今年の結構豪華でしたよ」
「いや、去年とそう変わんねえだろ」
「いいなあ、俺花火好きなんだよ。悔しいなあ見たかった」
大人げもなく真剣に悔しがるシモン先生にアイザックが微笑む。
「まあまあ、今はこうして天体観測しに来てるんだから、星を見ましょうよ」
「そうそう、花火よりも綺麗かも」
オードリーの言葉に皆が空に目をやった。
学園祭の後、屋上に集まって天体観測をする。部活動らしい部活動をほぼしない天文部の、実に珍しい天文部らしい活動だ。
秋の夜の空には星が瞬いている。空気のきれいな山奥や高原とは比べるまでもないが、都会であっても、空を見上げれば確かに星はある。
シモン先生が空に向かって指をさした。その先には星が見える。
「あれが、カシオペア座だね」
Wの字のような形をした星座だ。
「カシオペアは、エチオピア王家のケフェウスの王妃だ。となりにあるのが、そのケフェウス座だね」
「カシオペア座は知ってたけど、ケフェウス座って初耳ー」
「おい、ルカ、俺たち一応天文部だぜ、しっかりしろよ」
ルカの発言にハリーが苦笑する。天文部の中ではハリーが割と星に詳しい。
「はは。で、そのちょっと下にあるのがアンドロメダ座だね。あの明るい星がアンドロメダ座の頭にあたる場所で、この星先生好きなんだよ。アルフェラッツって言うんだけど、格好いいだろ?名前」
「格好いい…って、先生」
「でも確かに響き的にいいかんじかも。私も好き」
「だろ?アラビア語で『馬』を意味する『アル=ファラス』に由来してんだ。これは元々ペガスス座のβ星を表した『馬の肩』を意味する『マンキブ・アル=ファラス』が省略された形なんだ。すぐ近くにペガスス座があるだろ?」
「へえ、なんか天文部って感じですね」
「天文部って感じ、じゃなくて僕たちれっきとした天文部だけどね。一応」
トミーの言葉にロミオがにっこり微笑んだ。
* * *
「そういえばさあ、ハリー一日目の女装大会出たんだって?実花子に聞いたよ。すっげえ可愛かったって。俺店あったから見てないんだよなあ」
ふと、思い出したかのように言ったトミーの言葉にハリーが凍りつく。
「ああ、あれは可愛かった。なんていうの?フランス人形?そういう感じ」
「それ俺も見たぞ。言われなかったら完全に女子だと思ったなあれは」
「ですよねー。そこらの女子よりよっぽど可愛かった」
口々に可愛かったと連発する部員たちにハリーが頭を抱える。
「やめてくれ…マジでやめて」
泣き出しそうなハリーにオードリーがにっこり笑って頭をポンポンする。
「大丈夫、私のほうが可愛いから…、なんて」
「うわ、それオードリーが言うと冗談じゃないぞ」
舌を出すオードリーにミシェルが苦笑する。
「それで、ハリー優勝したのか?」
トミーの問いに皆いや、と首を振る。
「ハリーが優勝だと思ったんだけどね、これがびっくり。最後に副会長が出てきたんだよ」
「え!マジで!?あの副会長が?」
「そうそう。あの副会長が。超レアだよな」
「それがさ、しかもしかも、もっのすごい美人だったわけ」
「なんかもう、それまでの人みんな忘れちゃうレベル。副会長の一人勝ちだったな」
副会長とは、城凪高校生徒会の副会長である。この場にいる彼らと同じ二年生。その彼が、普通ではないのである。まず、恐ろしい程の美形である。あまり感情の起伏を感じられない彼はさながら精巧に作られた人形のようだった。そして、恐ろしく頭がいい。生徒会長の木虎が城凪高校創立以来の秀才と言われているのに対し、副会長である彼は城凪高校創立以来の天才と呼ばれている。どういうわけか、あまり学校に来ていない彼は、圧倒的に足りない出席日数をその成績で補っている超人なのである。授業もあまり受けていないというのに常に学年主席だ。
学校で姿を見ることは珍しい彼は相当なレアキャラであり、その彼がまさかの女装大会に出たとなればそんじょそこらの騒ぎではない。
「すごいな、さすが副会長。…言われてみればなんか騒いでたような」
トミーが記憶をたぐり寄せている間に、ハリーが早くこの当たりの話題から離れたいとばかりにロミオに話を振った。
「それはもういいとして、ロミオ、『眠り姫』見たぞ。さすが、王子様ハマってたね」
「ありがとう。結構楽しかったよ、王子様」
「さすがは元演劇部、すごい演技力だったな」
「城凪でも演劇部に出入りしてんだろ?どうして入部しないの?誘われるでしょ、絶対」
「うーん。ああいうのはたまに参加するくらいの方がいいんだよ。それに、客演の方が待遇いいし。特別扱いしてもらえるしね」
「へえ」
「最後のキスシーン、あれ本当にやったの?まさか、振りだよね」
ルカの言葉にロミオが笑って頷く。
「そりゃもちろん。まさか本当にしないよ」
「でもロミオにだったら女の子もキスされたいって思いそうだな。お前ほんと王子様然としてるから」
ミシェルを見ながらいうシモン先生にミシェルが苦笑い。
「なんで俺を見ながら言うんですかね。確かに俺は爽やかな王子様って柄じゃないけど」
「はは、ミシェルはあれだな。ちょっと危険な香りがする系」
「なんですかそれ、危険って」
「なんかこう、毒があるっていうか。甘いだけじゃない感じがするんだよなあ。それがまた女子を惹きつけてる。おまえらホントモテるよなあ」
「あれですね、先生、影のある男に惹かれるってヤツ」
オードリーの言葉にシモン先生がそれそれ、と頷く。
「わかるわかる。そんな感じするミシェル。でも確かに、ロミオにキスされたい女子いっぱいいるだろうなあ」
そしてロミオの話に戻る。姫役の子ラッキーだよな、と話すハリーを横目にロミオはヨシュアを見つめた。アイザックの方からも視線を感じる。アイザックも知っているのか、とロミオは彼にもちらりと目をやった。
舞台発表の後、姫役の子=西崎めぐみと話をしたロミオ。あの後どうなったのかロミオは知らない。彼女はヨシュアに告白したのか。
ヨシュアの様子を伺っていると、ハリーがヨシュアに話を振った。
「な、ヨシュアもそう思うだろ?」
彼の言葉にヨシュアの肩が一瞬微かに跳ねたのをロミオは見逃さなかった。
「え、あ、うん。そうだな」
ヨシュアを見つめるロミオの目とヨシュアの目が合った。ヨシュアの目が泳ぐ。
「でも、残念ながら西崎さんは、姫役の子はそうでもなかったみたいだけどね」
ロミオはヨシュアと目を合わせたままにっこりとそう言った。
「えーそうなの?彼女彼氏でもいたの?」
「いーや、彼氏はいないけど、好きな人がいたんだよ」
そう言うと、ロミオはヨシュアににやりと笑いかけた。
「そうだろ?ヨシュア」
* * *
「えー!?ヨシュア告白されたの?あの美人さんに?」
「マジで!マジで!?うっそマジで!?」
夜の屋上にオードリーとハリーの声が響く。
詰め寄られたヨシュアは中途半端な笑みを浮かべるのみ。
「まさか、あの西崎さんがヨシュアのことを好きだったとは…」
「俺はなんとなく気づいてたけどね。彼女、茶道部でたまに顔合わせるから」
ルカの驚きの声にミシェルはやっぱりね、と頷いている。
トミーとアイザックも同じような反応だ。
「それで?返事は?告白されたんだろ?」
ロミオの問いにヨシュアは尻込みしつつ答える。
「え、と。お友達?になりました」
ヨシュアの返答に一同ブーイング。
「なんだよそれもったいない!西崎さんだぞ西崎さん」
「そうよ。いつもロミオに好きな子取られちゃうくせにもったいない」
「ちょっとそれ聞き捨てならないよ、オードリー。僕が略奪してるみたいじゃないかそれじゃ。僕は何もしてないから」
「向こうが勝手に来ますって?このイケメン!」
「お前が言うかミシェル。この色男!」
なかなかカオスになってきた屋上。
ヨシュアが慌てて言い返した。
「いや、その、あれだ。交際を前提とした、お友達付き合いを」
「……なんていうか、本当全くもう、ヨシュアらしいというかなんというか」
「交際を前提とした、って何。結婚を前提としたお付き合い、じゃないんだから」
「真面目だねえ。そのまま付き合っちゃえばいいのに。可愛いし」
「いや、でもまともに話したの今日が初めてだろ?そんないきなり付き合うとかさ」
口ごもるヨシュアに皆がにこにこ笑う。
「本当、西崎さん見る目あるよな」
ロミオの言葉に一同が大きく頷いた。
「あ、流れ星!」
シモン先生の言葉に皆が騒ぎ出す。
「わ、ホントだ。また今流れた!」
学園祭の夜。
天文部は今年も屋上で天体観測を行う。
たわいのない話をしながら、じゃれあいながら、笑いは絶えない。
夜空を流れる箒星を眺める。
願わくば、
これからもこうして仲間で語り合えますように。
そして、ヨシュアの恋が、うまくいきますように。




