八日目 ロミオは演技派
王子は寝台に横になる姫の美しい顔を見つめる。
そして、ゆっくりと顔を近づける。王子が姫にそっと口付けを落とすと、姫がゆっくりと目を開いた。
「…会いたかったわ、王子様」
王子はそれは嬉しそうに微笑むと、姫を抱き寄せた。
「私もだ、姫。私と共に、来てくれないか。二人で幸せになろう」
「ええ、もちろん…」
王子とキスで目覚めた姫は、永遠の愛を誓い合い、強く抱き合った。
* * *
学園祭二日目、2-Aの舞台『眠り姫』は盛大な拍手の中幕を閉じた。
城凪高校で一番大きな大ホールはいまだ拍手が鳴り響いている。
舞台袖に退けた八城澪は、西崎めぐみとともにクラスメイトたちに囲まれ笑顔を見せた。
「八城くん、西崎さんも、最高だったよ!完璧だった!」
「見たか?観客の様子。皆感動してたぜ!」
口々に澪とめぐみを称える。
『眠り姫』は王子役の澪と姫役のめぐみで成り立った劇と言っても過言ではない。
天文部のロミオこと八城澪は王子様的な正統派イケメン。爽やかな優等生で女子に人気だ。そして姫役の西崎めぐみも、澪ほど騒がれてはいないがお嬢様的な可憐な容姿から男子の間で静かに人気である。人気者二人を主役に持ってきて人気賞を狙うというA組の目論見は当たったようだ。幕が下りてなお観客の声援と拍手は鳴り止まない。
「やばいなすっげえ盛り上がってるぜ、八城」
「さすが元演劇部。見事な演技だったよ」
「はは、嬉しいな」
「ちょっと、のんきに笑ってないで、カーテンコールよ」
裏方の友人と喋っている澪を監督の女子が呼ぶ。慌てて再び舞台に出る準備をする。もう他の出演者たちは順番に舞台へ戻っていっている。とは言えど、ゆっくり進む中で主役の二人の出番はまだもう少しのようだ。
澪は隣に立つめぐみに声を掛けた。
「西崎さん、楽しかったね」
突然声をかけた澪にめぐみの肩がびくっとなる。
「わ、う、うん。とても緊張したけどいい舞台になったと思う」
今も十分緊張している様子のめぐみに澪が小さく笑う。
めぐみはどうも澪を前にすると緊張するらしい。動きがぎこちなくなる。この演劇のために長い時間共に練習していてもそれはあまり変わらない。最初の方に比べると多少マシになったがやはり一対一になるとぎこちなくなる。舞台の上では演技に入り込んで自然に接することはできるらしい、先程までの演技中との違いに澪はなんだかおかしくなった。
「八城くんすっごい演技上手いから、私ドキドキしたよ」
「西崎さんもすごい上手いじゃん。全然緊張しているようには見えなかった」
舞台上より、今の方がよっぱど緊張しているように見える。ただ、確かに彼女の演技は自然で上手くもあった。中学時代演劇部に所属していた澪と釣り合う演技力だ。監督の女子も絶賛していた。私の目に狂いはなかった、と。
「今の方が緊張してない?西崎さんもしかして僕のこと苦手?もしくは?」
澪がふざけてウインクするとめぐみは慌てて否定した。その様子に笑みが漏れる。
「ま、まさかそんな。ただ、私、綺麗な人と対面すると緊張しちゃって…、中々慣れなくって、ごめんなさい」
恥ずかしげに、うなだれるめぐみに澪はにっこり笑う。
「綺麗な人、って。はは。君も綺麗な人なのに、おかしいね」
「そんな、私なんてそんな!」
「でも残念だな、てっきり西崎さんは僕のことが好きなのかと…」
澪が茶目っ気たっぷりに言い放った言葉にめぐみは目を丸くする。そしてオーバーな身振りを交えて慌てて否定した。
「な!違います!違うから!」
「そんなに慌てるとあやしい…」
「違うから!本当に、断じて!」
あまりの慌て様に澪は笑いが止まらない。
「ごめんごめん、いじめすぎた。知ってるよ、君が好きなのは僕じゃないもんね」
「よかった……って、え?」
知ったような口ぶりの澪に西崎が固まる。
「西崎さん、瀬野佳也のことが好きなんでしょ?」
顔を近づけて耳元で囁いた澪にめぐみの顔が朱に染まる。
その様子を見て澪は満足げににっこり微笑んだ。
「見る目あるね、西崎さん」
* * *
カーテンコールも終わり、2-Aの演劇チームは解散した。
打ち上げムードで盛り上がるクラスメイトたちをよそに、澪はめぐみの姿を探す。
「あ、西崎さん、ちょっと!」
めぐみの姿を見つけた澪は彼女を連れて外へ出た。
この喧騒の中では、二人が抜け出したことなどわからないだろう。それがたとえ王子と姫であっても。
「八城くん?」
「ああ、悪いね。連れ出して」
不思議そうな顔のめぐみに、澪はにっこりと笑うと切り出した。
「西崎さん、さっきも言ったけどヨシュアが、瀬野佳也のことが好きなんだよね」
澪の言葉に一瞬にしてめぐみの顔が赤くなる。非常にわかりやすい。澪はうんうんと頷いた。
「この機会に、仲良くなっちゃいなよ、彼と」
「え…」
澪はにっこりと提案した。学園祭の前後は少なくない数のカップルが誕生する。学園祭準備中に相手の頑張る姿にときめいたり、共に何か成し遂げて恋が生まれたり。この波に便乗しろと、澪はめぐみの背を押した。
「彼、今好きな人いないよ。…もっともつい最近までいたんだけど、その子僕のことが好きみたいで…うん」
残念ながら、どういうことか、好きになる女子は尽くみんな澪に惚れてしまうという哀しいヨシュアである。澪のその告白にめぐみは喜んでいいのか悲しんでいいのか、微妙な表情を浮かべた。
「あー、いつもそうなんだよ。どういうわけか、彼の好きになる子はみんな僕を好き、っていう。だから君みたいな子、珍しいんだよね。いや、まあそもそも彼が誰かに告白されたって話聞いたことないんだけど。いつも彼の方から好きになるみたいだしな」
「……」
「今彼はつまり失恋中なわけで、申し訳ないけど僕の、せいで。だからチャンスじゃないかな」
「チャンス…?」
「そ、チャンス。彼は軽い男じゃないから、そんなに親しくない女の子からいきなり告白してすぐ付き合っちゃうなんてことはないと思うけどね。でも案外グラッときちゃうかも」
めぐみが上目遣いで澪を見つめる。可愛い。これはやっぱりヨシュアぐらっときちゃうよ、澪は心の中で思う。
「とにかく、友達からでもいいから、話しかけてみな。西崎さんのことだから緊張してロクに話しかけたこともないんでしょ?彼、君のことほとんど知らなかったみたいだし」
澪の言葉にめぐみがうなずいた。
澪はその様子を見ると、肩にぽんと手を乗せた。
「それじゃあ、善は急げ、だ。彼のところに行ってきな。僕が呼び出しといてあげたから、小ホール裏のベンチにね。今頃彼は僕が失恋したと思って、どうやって慰めるか頭を悩ませていると思うよ」
澪はめぐみをここに連れ出す前にヨシュアを別の場所に呼び出していた。深刻そうな声を装って電話したのでヨシュアは何事かと急いで向かっていることだろう。学園祭という告白多発イベントにおいて、もしや澪が失恋でもしたのではないか、なんて思っているかもしれない。少なくとも声のトーン的にその逆だとは思っていないだろう。まあ、澪が失恋なんて想像もしないかもしれないが。
「…八城くん、ありがとう」
めぐみは澪に礼を言うと、小ホールの方へ走っていった。
澪は駆けていくお姫様の後ろ姿を見送ると、小さく微笑んだ。
「もう君に僕のせいで失恋なんてしてほしくない。彼女は君にぴったりだよ、ヨシュア」




