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強盗

作者: 時遊

 『自分自身で考える』がテーマの物語。良い意味でも悪い意味でも『自分自身で考える』賢二に待っている運命は…。

 『誠に遺憾ながら今回の採用は見送らせて…。』

 「じゃあ、もう少し待てば採用するんかよ。」

そう、くだらないことを言うと、賢二はその紙を最後まで読まないまま破って捨てた。これで23連敗である。景気が悪いとはいえ、仕事を選んでいるわけでもないので、運が悪いということでもない。

「誰も本気で仕事を探しているんじゃねぇし。」

以前の仕事を30才で辞めてからまもなく2年の月日が流れる。コンピュータの取り扱いをめぐって、上司と意見が合わないとは、公務員を辞める理由としては、あまりにもくだらない理由である。もちろん辞職願には『一身上の都合』であり、そんなことは書かない。そんなとき、幼い娘を抱いた里美の声がした。

「もう貯金ないよ。いいかげんに仕事…。」

そんなことはわかっている。むこうが採用しないんだからしょうがない。自分の性格がひねくれていることもわかっている。でも、実際はわかっていないのかも…もう、わけがわからなくなってくる。

 賢二が無職でいるせいで、妻の里美が企業向けの弁当の配送と、24時間営業のスーパーのレジ係りのパートを掛け持ちしているが、愛娘のこころを託児所に預けるのに、1時間あたり1,500円かかるのでトントンである。まぁーそのおかけで、賢二も自由に就職活動できるのである。里美ももっと時給の良いパートもあるが、弁当やスーパーの惣菜の余り物が家計を助けているので、辞めるわけにはいかないのである。

 そんなおり、賢二の携帯電話が音楽を奏でた。知らない番号だったので、ちらっと見ただけで出なかった。それから数日後、また同じ電話番号から掛かってきた。賢二は電話があったこと自体忘れかけていたが、今度はあまりにも暇だったので、暇つぶしのために電話に出た。

「はい、もしもし」

「結城賢二様の携帯電話でよろしかったですか?」

「はい、そうですが…どちら様ですか?」

暇つぶし気分のはずだったが、まさかフルネームで呼ばれるとは…少しビックリした。

「T金融S支店の高木と申します。」

し、しまったぁ。今月の支払いを就職活動に一生懸命で完全に忘れていた。賢二はいわゆるサラ金に50万ほど借金がある。公務員時代、知人がT金融にいた。頼まれていやいや作ったカードが、数年後役にたつとは思ってもみなかった。しかし、無職の賢二にとって約12%の利息の支払いは厳しいし、ましてや約28%の遅延損害金の支払いは厳しすぎる。元金はちょっとも減っていかないし、もちろん里美には秘密だった。

「今月のお支払いがこちら側では確認できていません。行き違いがあったら申し訳ございませんが、今月のお支払いのほう、お忘れではございませんか?」無機質な女の声がする。それにしても回りくどい。借金の支払いまだなんだけどとは言えないものか。少しイラッとはしたものの

「はい、忘れてました…すぐにお支払いします。」

そう言い終わるとすぐに、無機質な女の声がした。

「今回の件で以前にも3〜4回お電話差し上げたのですが、出られなかったので、やむなく仕事場にお電話差し上げましたが、退職なさったということでした。」

そういえば、知らない番号からの着信が3〜4回あったような気がするが、こちらも後から気がついたし、知らない番号からなので、わざわざかけ直すことはしなかった。

「ご住所に変更は?」

「お住まいになっている所に変更等はございませんか?」

無機質な女はくりかえし聞いてきた。

「あ、ありません。」

「でしたら、今日と明日は担当者が不在なので、明後日にそちらに伺うというのはどうでしょうか?」

「その日でしたら休みなので、一日中家にいます。」

もちろん無職なので、休みもくそもない。嘘をついた。

「そうでしたら、午前10時にそちらに伺うよう、担当者に伝えておきます。今月分のお支払いはその時にお願いします。もちろん二日分のお利息はいただきません。その際に新しい勤務先の名称と所在地、そのほか収入のわかるものをご用意ください。給料明細でかまわないと思います。」

「わかりました。明後日の午前10時ですね。」

そう言うと、マニュアル通りやなと思いながらも、電話を切った。

しばらくの間、何をするでもなく、古い雑誌を眺めていた。

「今日と明日は担当者が不在かぁ。取り立てやなぁ、きっと…。」

賢二は他人事のようにつぶやき、ふとカレンダーを見上げた。

「今日、明日!明後日!!明後日って里美が休みの日じゃないか!」

他人事が自分の事になった瞬間だった。日曜日は時給が良いので、平日に休みをとって、スーパーのレジ係のパートにでている。ということは、里美が家にいる時に、担当者という名の借金取りが来る。別に里美に弱みを握られているわけじゃない。借金取りの前でペコペコ頭を下げる自分を見せたくない。惚れた女の前で自分の弱い部分を見せたくないのである。

「ただいま!」

里美がパートから帰ってきた。

「どうかしたの?汗なんかかいて…」

確かに寒くはないが、暑くもない。汗をかくには、ちょっと変である。

「別に何もないよ。」

「そう…」

何もない訳がないが、ことさら気にとめる様子もない。

 賢二は眠れない夜を過ごしていた。いかに里美を連れ出すかを考えていた。夕方なら食事という手があるが、午前10時では、もったいないからと言って前日の残りものとか、最悪食べないことも考えられる。T金融に休みの日を勘違いしていたと電話するか?いやいや、そもそも金融会社に電話するのはイヤだ。三日後にはバイト代がはいるのに。はいってくる金は少ないが、利息ぐらいにはなる。賢二は時々アルバイトをしている。登録制ではあるが、その気になれば月に12~3万円は稼ぐことができる。もちろんその気になればだが、賢二にはその場しのぎにすぎず、その気になっていないため、時々しかやらない。ゆえに毎回働く場所や内容が違う。

「バイト!?」

独り言のようにつぶやいた。

 賢二は恐ろしいことを思いついていた。今度はこれに興奮して眠れそうにない。

 幹線道路から一本入った住宅街の中にその家はあった。賢二はポスティングのアルバイトの最中に、たまたま買い物から帰ってきた婦人と立ち話をしていた。その婦人がその家の人であるということ。その婦人には障害を持つ息子がいること。午前中は買い物にでかけたりするので、息子一人になるが、呼び鈴を押しても手が届かないので出てこれないこと。など色々と話をした。

 もう一年以上前のことだし、覚えているわけないだろう。白昼堂々の犯行であれば、逆に目立たないだろうし、アシがつかないだろう。警察の捜査能力をナメているわけではない。妙な自信が賢二にはあった。しずかに瞳を閉じ眠りについた。

 朝日は白々とまわりを照らし、静かにあけていった。賢二はいつもより早く目が覚めたが、まだ布団の中にいた。

「今日しかないんだ…」誰にも聞こえないようにそうつぶやき、布団の中をゴロゴロしていた。二時間くらいたった頃だろうか、里美がパートに出かけていった。賢二はムクッと起き上がり、テーブルの上を見た。

『おはよー 朝ご飯作ったので食べてください 早く仕事みつかると良いですね いってきます 里美』

賢二は朝ご飯を絶対に抜かない。公務員時代もそうだった。里美はそれを知っている。晩飯は酒を飲んで帰ったりして、食べないこともたまにあったが、朝とるエネルギーは、その日うちに消費するから、絶対に太ることはない。というのが賢二の唯一といっていい持論である。

 もう一度テーブルの上の朝食に目をやった。焼き魚があった。キッチンには味噌汁もあった。インスタントではない。公務員を辞める日の朝食もそうだった。辞める理由、これからの展望、なにより辞めること自体を一切話してなかった。なのに里美は何かを感じていた。確証はないが、何かを感じていた。里美と暮らして何年になる?もうすぐ10年になる。10年の記念に何かプレゼントしたか?いや、もうすぐであって正確には10年たってないからまだ…。じゃあ誕生日プレゼントは?たまたまその日に生まれただけだろ。でも里美はおぼえていてくれる。そんな言い訳をしている自分に涙が出てきた。よく考えたら籍も入れてない。名乗ってはいるが、戸籍上は旧姓のままだ。こころにいたっては、認知すらしていない。でも里美は賢二が朝食を抜かないことをおぼえていてくれる。賢二はもうだいぶボロくなった軽自動車のキーをとった。里美はガソリン代がもったいないといって、こころを託児所に預けるのをいれると、片道約1時間かけて自転車で通勤している。こんな女に自分の情けない姿は見せられない。変な気持ちが賢二の心を強固にした。今回

だって、きっと里美は何かを感じている。賢二の強行を知れば、全力でとめるだろう。

「知らないほうがいい。」

そう言うと、賢二はキーを回していた。

 知らない道ではないが、よく通る道でもない。この道を通るのはポスティングのアルバイト以来である。後に振り返ってみるが、この時、車中で何を考えていたのか思い出せない。人間、頭の中がまっ白になるって本当だった。いつもは路上駐車だが、この日は何かあるといけないので、少し遠いが、コインパーキングに車を停めた。

 しばらく歩いて腕時計を見た。9時23分…間違いない、婦人は買い物に出かけている。賢二はニヤけかけた自分がいることに気がついた。だが、その時、手袋を忘れたことに気がついた。

「しまった!このあたりで買うわけにはいかないし、まぁどうにかなるか、物に触れなければいいわけだし…。」

ブツブツつぶやきながら、今更引き返すこともできないので、先を急ぐことにした。

 目標とする家の前につき、自転車を確認する。案の定ない。賢二は周囲を見渡し、誰もいないのを確認すると、呼び鈴を押した。

『ピンポーン』

もう一度押してみる。

『ピンポーン』

呼び鈴は服の袖の先を上手く使ったので、指紋はついていないが、万が一婦人が出てきたらどうしよう。さすがに顔を見れば思いだすだろう。そうなれば、アルバイトでこのあたりを訪れている以上、道を聞くのも変だし…そうだ、久しぶりに近くまできたことにして、上手くごまかそう。

 予想通り、誰も出てこない。したたる汗をふきながら、賢二は心の中で数えた。

『3、2、1…』

「ご、強盗だ!動くな!声をだすな!」

緊張のせいか、何を言っているかわからない。

「誰?」「強盗だ!」

「強盗さん?」

「そうだ!動くな!さわぐんじゃねぇ!」

会話がぎこちない。というより被害者の方が落ち着いているようにみえた。

「お金を持ってる人は外出中だし、うちには金庫だってないし、宝石のような金目のものはないよ。」

「う、うるせぇ!財布は持ってないのかよ?」

「必要ないのに持ってるわけないじゃん。そんなことより、それで俺を刺し殺すんでしょ?」

むろん顔を見られた以上、殺すつもりでいる。何もしゃべらず、まごついていると、男が、

「駄目だよ。覆面くらいしないと。最初からどうせ殺されるとわかっていたら、仮に知っていても、知らないと答えるだろ?」

ずっと懐にあったせいか、少しあったかい出刃包丁はカタカタとふるえ、包丁を握る両手は汗ばんでいた。男の言うとおりである。男は続けた。

「強盗罪は5年以上の有期懲役、強盗致死傷罪は6年以上の有期懲役、または無期、または死刑になってるんだよね。まぁ今回の場合、強盗目的で侵入したものの、相手が金品をだすのを拒んだなめ、やむなく殺した。っていう筋書きは無理があると思う。それに心証がねぇ…ずさんだが計画的だし、障害者相手だし、俺の前職は裁判所職員だしね。裁判官も人間だってこと。強盗殺人だと死刑もありえる事案だな。」

事件の被害者にもかかわらず、まるで他人事のようである。

 いつの間にか賢二は包丁を懐にしまい、男の話しに耳を傾けていた。男は自分を、

『奥村省吾』

と名乗った。奥村氏が市内の高校を卒業後一浪して、裁判所職員採用試験に合格し、裁判所職員になった話。最初は簡易裁判所に勤務したが、最終的には家庭裁判所に勤務した話。休日出勤の知人を送って行き、コンビニで倒れ障害者となった話等々。主に裁判所職員の話だった。それにしても話し好きは、親譲りらしい。

「そろそろ時間だよ。このことは誰にも言わないから…。」

「じゃあ。」

賢二は奥村氏の話を信用して帰路についた。

 借金取りにペコペコ頭をさげる姿は見られなかったが、結局、里美にはバレてしまった。

 あれから1ヶ月がたち、賢二のアルバイトの量も増えていた。そんな時だった。

『ピンボーン』

玄関の呼び鈴がなった。

「はぁーい、今いきます。」

里美は玄関のドアにあるのぞき穴から覗きこんだ。みしらぬ男が二人立っていた。里美は見たことない二人に聞いた。

「どちら様ですか?」

「私は堤、こちらは伊藤と申します。結城賢二さんは御在宅ですか?」

「あ、はい…少々お待ち下さい。」

名前を名乗ったのと同時にみせたのは、たしかに警察手帳だった。

「ねぇ、警察の方。」

里美が指差した先には、男が二人立っていた。朝6時くらいだろうか、賢二とこころは朝早いので、まだ寝ていた。里美だけは朝食と弁当の準備で起きていた。

「うーん、何かようですか?」

賢二は警察手帳の二人の男に近づいていった。

「結城賢二さんですか?」

「はい。」

「わかるよね?」

賢二はピンときた。とぼけようとも思ったが、無駄だと思いやめて、素直に認めた。

「奥村さんの件ですよね?」

「まぁそんなとこやな。一応任意やけど、一緒に来てくれるかな?」

「わかりました。」

賢二は手短に準備をして、刑事二人についていった。この時点では賢二はすぐに帰れると思っていた。里美は唖然として何も言えない。こころの寝息だけが響いていた。

 しばらく賢二を乗せた車は走っていた。いつか映画で見たような内装は、機械的でタイムトラベルしそうだった。一見して覆面パトカーだとわかった。おそらく内側からドアは開かないだろう。一応何かあるといけないからだろうか、堤という刑事が隣に座った。ほどなく警察署についた。

 警察署について最初に通された部屋は取調室だった。三畳くらいのスペースに、机が大小1つずつありそれぞれに電気スタンド、椅子が3つあり、1つは動かせぬよう固定されていた。ドラマでよく見る、The取調室って感じだった。

 取調室に伊藤刑事が入ってきた。ここまでくる車中、無口だったのは堤先輩に気を使ってのことだったようだ。

「もっと横着なヤツって想像してたよ。公務員辞めて強盗するようなヤツだから…」

ずっと引っかかっていた。何故バレたのだろう。

『誰にも言わない。』

やはり奥村氏の言葉は嘘だった。それを信じた賢二も悪いが、刑事の口から【強盗】という言葉聞いて確信した。なぜなら【奥村氏の件】は、そうでなくても【まぁそんなとこやな】と言える賢二発信だが、【強盗】は伊藤刑事発信である。まちがいない、奥村氏は嘘をついた。賢二はハラがたって、ムカついていた。1時間ほどして伊藤刑事と堤刑事が入れ替わった。

「タバコ吸うか?」

堤刑事が聞いてきたが、賢二は元々タバコを吸わない。

「いいえ、結構です。」

伊藤刑事と違い、なんか話がぎこちない。伊藤刑事とはおそらく年代が近いので、会話がはずんみ、世間話にはながさいた。結局、会話はそれだけで、伊藤刑事と交代した。どうやら1時間で交代するみたいだ。

 交代時間でもないのに伊藤刑事が入ってきた。

「いま裁判所から逮捕状がでました。中身を間違いがないか確認してください。」

ドラマで見たペラッペラッな逮捕状じゃなくて、みょーに分厚かった。賢二は中身を確認したフリをした。どーせすぐに釈放されるんだろ?そんな思いがあるから、逮捕状の中身など、どうでもよかった。

「はい、間違いありません。」

伊藤刑事はそう言ったのを確認すると、

「では執行します。午前11時59分通常逮捕執行!」

そう言うと、青い胴綱をつけられ、黒い手錠をかけられた。みしらぬ刑事が写真を一枚撮っていき、胴綱と手錠を外された。

 「どうだ腹減ったろう、昼飯にすっか?」

そういえば朝から何も食べてない。堤にしては珍しく気がきく。

「はい、いただけるなら。」

そうしたら、弁当に紙コップ、安っぽい定食屋にありそうな箸が出てきた。もちろん紙コップにはヤカンからぬるい茶が注がれた。

「わるいが規則なんでね。いないと思って食べてくれ。」

そう言うと、堤はドカッと腰を下ろした。よっぽど腹が減ってたのだろう、決して美味しいとはいえないその弁当を、あっという間に食べ終わった。

 昼飯を食べ終わったら、身体検査だった。取調室から別の部屋につれてこられた賢二は、全裸にされた。古傷や刺青がないかなど、細かく調べられた。賢二は虫垂炎の手術痕があるだけだった。その後、手の10本の指紋と掌紋を採取され、髪の毛を抜かれたのち、DNAを採取された。それからベルトを抜かれ、留置場に案内された。

 13番という番号を与えられ、賢二は一日のスケジュールを聞かされた。6時30分に起床点検、9時から順番で15分間の運動。運動とは留置場の場合、警察官立会のもと、タバコを吸ったり(2本まで)、ヒゲを剃ったり、歯を磨いたり、まぁ檻を出た自由時間のようなものである。食事は7時、12時、17時の三回らしい。入浴は月、水、金の空き時間に15分間、取調べはもちろん優先されるが、基本的には空き時間。面会もそう。就寝は21時だが、その前に点検がある。その他いろいろ細かいルールがあるらしいが、おいおい説明するらしい。

 説明をうけ、留置場から取調室にもどり、取調べが始まった。

「今回取調べを担当します堤と言います。あなたには黙秘権あり、もし言いたくないことがあれば、黙っていてかまいません。」

これもマニュアル通りである。事件をおこした動機や当日の足取り等、こと細かく聴かれた。すべて正直に答えた。最後に明日の午前はヒキアタリをやると言われた。

 取調室から留置場にもどり、しばらくして、3番と呼ばれる男が、留置場の担当者に連れられ戻ってきた。しばし沈黙の時が流れる。食事の時間になり、弁当、紙コップ、箸が入れられる。賢二はそれを受け取り、男に渡した。

「どうぞ」

「どうも、兄ちゃん何したん?俺、日吉ね、よろしく。」

人を見た目で判断してはいけないと思うが、みすぼらしい格好だし、あまり関わりたくない感じだ。ここも初めてではなさそうだ。

「結城と言います。一応、強盗ってことになってます。」

日吉は目を見開き、

「ほぉー強盗、コンビニ?」

「違います。」

「そう、まぁ詳しいことは聞かないけど、事情聴取じゃねぇし。しかし、強盗は厳しいよな。5年以上の刑だから、どんなに情状酌量があっても、まかって半分の2年半…やっぱりベントウは厳しいな、実刑だな。」

「弁当?」

「ん、あっ執行猶予のことね。」

いるんだよね、こうゆう先輩風というか懲役風をふかせるヤツ。実刑?じゃあ帰れないじゃないか。別にこの日吉は裁判官じゃないから、信じるわけじゃないけど、あまりいい気はしない。茶は鉄格子の向こう側から注がれ、日吉はそれを一口含み、弁当をむしゃむしゃと食べていた。

 何をしゃべったか覚えていない。薄っぺらい世間話だが、日吉はニコニコしている。やがて留置場の担当者が来て、紙を入れていった。どうやらジベンといって自腹で、パンやジュースを買うことができるみたいだ。賢二は少しばかりお金(領置金)を持ってきたが、無駄使いはしたくないので、買うのをやめた。薄っぺらい世間話は続いたが、就寝時間が迫ってきて、点検がおこなわれた。

「13番、おやすみなさい。」

見ればわかるだろ。と思いながら点検をうけ、寝る支度をした。

 よっぽど疲れていたのだろう、ぐっすり眠れた。起床時間と同じくらいに目が覚めた。起床の音楽がなり、点検がおこなわれた。

「13番、おはようございます。」

見ればわかるだろ。いつもながらそう思う。朝食までの間を利用して、掃除をした。

 朝食を食べてほどなく、お呼びが掛かった。胴綱をつけられ、手錠をかけられてヒキアタリに出かけた。時間通りに自宅を出発し、事件現場へ向かった。その都度、指を差したりして写真を撮った。

 午後からの取調べでは、凶器となった出刃包丁を見せられた。逮捕状とともにとった捜索差押許可状(通称:ガサ状)で差し押さえたのだろう。

「凶器に使ったのは、この包丁で間違いないですか?」

その包丁はビニール袋に入り、番号の付いたタグがついていた。

「はい、間違いありません。」

伊藤刑事のその他の取調べは、ほぼ昨日と同じで、ウンザリだった。

 取調室から戻ると、日吉は拘置所に身柄を移されていた。事前に告知される場合と、突然移される場合があるみたいだ。弁護士の面会があると言われ、面会したが、裁判のルールみたいな説明のみで、たいした話をすることなく部屋に戻ると、

「おい、13番、運動と入浴、どっちが先がいい?」

留置場の担当者である定年間際の警察官は、親切にも聞いてきた。

「じゃあ運動で。」

「よし、準備しろ。」

そう言うと鍵を開けた。

『ガチャガチャ』

 運動場という名のベランダに出た。

「…んーと、13番はタバコ吸わないんだっけ?」

「えっ、はい。」

「タバコを吸わないんだったら、運動なんて退屈だろ?」「そんなことはないですよ。髭を剃ったり、爪を切ったり、歯を磨いたり、やることはいっぱいありますよ。足りないくらいですよ。」

まるでベテランのようなコメントである。すべて日吉の受け売りであることは言うまでもない。それからしばらく、用事をしながら世間話をした。担当者との話は日吉とは違い、悪い気はしなかった。

「そろそろ時間だな。」

賢二は留置場の部屋に戻らされた。

 「13番、入浴の時間だ。服を脱いでパンツ一枚になったら教えてくれ。」

賢二は急ぎ服を脱ぎパンツ一枚になったので、担当者を呼んで、鍵を開けてもらい、入浴場へ向かった。入浴はひとりずつだったので、前の人が終わるまで少し待たされた。すると、

「お先っ!」

男が出てきた。背中に虎に槍を突き立てた金太郎の刺青が、チラッと見えた。ヤクザ者だろうか…本当にいるんだ。賢二は刺青を見るのは初めてだった。この時、初めて見る刺青にドキッとしたが、だんだん慣れていくことになる。そのことにこの時の賢二は気づいていない。15分間は短い。そこら中を丁寧に洗っていたら、あっという間に終わってしまう。賢二はそんなに久しぶりでもないのに、久しぶりに入浴した気分でいた。

 三日目の朝、起床点検、掃除、朝食を済ませると、鍵を開けられ部屋の外に出された。そしておもむろに胴綱をつけられ、手錠をかけられた。どうやら起訴されるようだ。日本の場合、起訴されれば99%有罪になる。賢二の場合も例外ではないだろう。そのまま護送車に乗せられ、検察庁の入る合同庁舎に着いた。検察庁では鉄格子の向こう、10畳くらいのスペースに30人くらい詰め込まれた。少年や女はカーテンで仕切られ別だった。トイレは申告制で、手を挙げチリ紙を受け取る。その後、手錠を外してもらい用を足すわけだが、ドアはあるが窓がない。よって音はまる聞こえだし、臭いはするので、誰も使わない。賢二もそのひとりである。やがて紙袋が配られた。その中身はパンとジュースであり、昼飯がわりだった。こんな時刻に昼飯が配られるとは、これからまだまだ時間がかかるということだ。案の定、待ち時間は長かった。どれくらい経ったろうか、賢二が呼ばれた。検察官による取調べは、刑事によるものと変わりなかった。あえて言うなら、検察官は無機質で、どこか事務的な気がした。ここでも正直にすべてを答えた。取調べも終わり、もとの場

所に戻らされたが、全員の取調べが終わるまで待たされた。すべてが終わり、留置場に帰ったが、一日仕事でヘトヘトだったので、運動も夕食もキャンセルして床についた。

 今日もいつもと変わらぬ朝だった。取調べの最中、面会がはいった。面会相手は里美だった。起訴され証拠隠滅の恐れがなくなったため、面会が可能になったようだ。

「体調は大丈夫?困ったことない?」

賢二がこんな事になったからなのか、久しぶりに会えたからなのか、堤や伊藤に酷い事情聴取をされたのかわからないが、里美の眼は真っ赤である。その後、近況の話やら、こころの将来について話をしたが、面会時間が10分間しかないので、中身の濃い話はできなかった。

「○△□×●▲■×。」

最後は興奮して感極まったのか、何を言っているかわからなかったが、着替えと暇つぶしの為の雑誌の差し入れを頼んで、面会の席をあとにした。

 次の日、朝一番で里美が面会にきた。

「頼まれていたもの差し入れしといたよ。」

Tシャツ、短パン、パンツ、雑誌を頼んだはずである。

「パートのことは心配しなくていいよ。体調不良ってことにしといたから…パートリーダーも無理しないでって。」

面会なんて初めての経験だろうに、ちゃっかりしている。

「こころは元気にしてるか?」

「うん、元気だよ。元気すぎるくらい。今度連れてこよっか?」

「えっ?」

「まだわからないから大丈夫だよ」

「そうだな。」

差し入れのものは無事部屋に入った。雑誌は検閲があるので、少し遅れて夕方には部屋にきた。暇つぶしにはいいが、検閲済みの5cm四方の紙が張られ、金属製のホッチキスのようなものは取られ、かわりに紙紐でとめられているので、読みにくい。

「13番、新しい3番だよろしくたのむ。」

とても留置場には似つかわしくない感じの男だった。

 次の日、取調べも一段落つき、運動後は暇で雑誌を眺めていた。その時、留置場の担当者が、

「3番、釈放!」

「えっ!!」

思わず賢二は声をあげた。結局、一言も言葉を交わすことはなく、一泊二日で帰っていった。担当者の話だと起訴猶予とのことだった。昼飯を食べてゴロゴロしていると、取調べということで呼び出された。すべて正直に話しはず、新しい事実もないはず…おかしいな?と思った。それは取調べではなくメンドウミだった。メンドウミとは取調べと称して、タバコを吸わせてくれたり、飲食させてくれたりして、警察署からは出れないが、留置場から連れ出してくれることである。おもに素直に取調べに応じてくれた被告人に対しおこなわる。賢二はタバコを吸わないので、コーラをご馳走になった。

 それからしばらく、運動と入浴以外は部屋からでない日が続いた。

「13番、面会!」

担当者はそう言うと、メモを見せてくれた。里美とこころである。面会所につくなり、賢二は差し入れの礼を言った。

「差し入れありがとう。無事部屋に入ったよ。」

「いえいえ、でも『ありがとう』だなんて言えるんだね。」

里美はにっこり微笑んだ。それから先は殆どがこころの話題だった。その間、当の本人はというと、机の上をハイハイしたり、透明なアクリル板を触ったり、涎をつくたりしていた。面会の担当者もきもち口元が緩んだ気がした。面会も終わり部屋に戻ると、郵便が届いていた。留置場からも手紙を出せるが、出した記憶もないし、ここにいる事実は里美以外には言っていない。手紙は検察庁からだった。封書をあけると中は起訴状の写しであり、賢二はパラパラっと目を通した。担当者はよく見ろと言ったが、正直に話したのだから、言葉尻をつかまえて文句を言うつもりなどなかった。

 次の日また郵便が届いた。今度は裁判所からだった。国選弁護人の選任に関する内容であり、手紙には、

『弁護士 田中望』

と書いてあった。

 次の日、またまた手紙が届いた。今度も裁判所からであり、中身は呼出状であった。まとめて送ってくれば郵便代もうくし、きっと部署が違うんだろう。まったく役所ってところは縦割り…自分が元公務員であることを忘れ、そう思う賢二であった。日付と時間、法廷それに裁判官名が書いてあった。賢二はそれを記憶したが、保釈されてるわけじゃないし、連れていってくれるから、別に記憶しなくてもいいかと思った。

 その三日後、明日拘置所に身柄を移される旨、通知された。

 次の日の朝、胴綱をつけられ、手錠をかけられた。何回目だろうか、賢二は慣れたもので、自ら身体を差し出した。そして身柄を拘置所に移されるべく、護送車に乗り込んだ。

 拘置所についてすぐ、身体検査と手荷物検査をさせられた。身体検査は全裸にさせられ、10本の指紋と掌紋を採取された。警察と同じである。手荷物検査は房に持ち込めるものと、そうでないもの(領置品)に分けられた。生活に必要なもの(ボールペンや便箋など)と菓子類は、その場で購入できたが、留置場で購入したものは、ほとんど持ち込めなかった。別に留置場なんだからいいじゃないか。こんな所でも縦割りか?と賢二は思った。

 「このフロアを担当する富樫だ。何かわからない事があれば、そのままにしておくのではなく、どんどん質問してくれ。」

賢二には何かエバっているように思えた。

「まず、番号と名前を言ってくれ。」

「371番、結城賢二です。」

賢二はここにくる前、371番という番号をもらっていた。

「よし、お前は7号房だ。」

賢二以外の者も、各々自分のいく房を知らされた。

「今はわからない事がわからないだろう。さっきも言ったように、何か質問があれば俺や他の刑務官、同じ房の人間に聞いてくれ。以上。」

そう言うと一人に刑務官一人がつき、左に向かって進むよう促された。房の前につき、まん中の衝立の前に立つように言われた。そして、

「ケンシン」

そう言われたら、万歳をして番号を言うように言われてた。

「371番。」

賢二は万歳をした。

「よし、入っていいぞ。新しい仲間だ、よろしく頼む。ほれ、自己紹介しろ。」

「371番、結城賢二です。よろしくお願いします。」

『ガチャン』

ドアが閉まった。

「結城です。よろしくお願いします。」

賢二は再度名前を言うと、さきほど購入した菓子を配った。これだけは日吉に聞いてあった。

「佐竹です。房長やってます、よろしく。」

この男の罪名は強盗致傷。犯した罪が複雑なのか、一年くらいここ拘置所にいる。

「小木曾といいます。2番席です、よろしく。」

この男の罪名も強盗致傷。一審では求刑12年、判決8年、現在控訴中。

「野坂言いよります。3番席です、よろしくです。」

この男の罪名は覚醒剤取締法違反。自分は関係ないと完全に否認している。賢二は4番席、6人部屋に4人、最近の被告人の増加傾向を考えると、少な過ぎる。できたばかりのようだ。ちなみに賢二は4番席だが末席だ。そのとき佐竹が言った。

「この部屋は番号じゃなくて名前で呼び合ってるんで。それから掃除なんだけど、トイレやってもらえるかな?あと、わからない事があったら、聞いてちょーだい。」佐竹はその他にも色々説明してくれた。

「はい、わかりました。」賢二はそう答えて、周りを見渡した。

 どうやらここは対面舎房になっているようである。通路のまん中が衝立になっているのはそのためで、お互いに見えないようになっている。このフロアはすべて賢二と同じ初犯で、再犯(累犯)は、別のフロアにいる。ちなみに賢二がいるのは雑居房で、独居房もある。独居房には凶悪犯、少年、ホモセクシャル、影響力のつよい人物、例えば芸能人やヤクザの組長などがいる。これらは富樫に聞いたことである。布団類はキレイに折りたたまれている。どこか茶漬けのパッケージみたいだ。賢二はその中から小さなテーブルを取り出し、持って来た雑誌をひろげた。雑誌や本は買える。雑誌類は内容の検閲があるので、発売日より一週間程遅れるが買うことができるし、本も願箋(願い事を書いた紙)を書けば買える。その他、生活必需品、菓子類なども前日にマークシートに記入して提出すれば、買うことができる。

 「4番席、何をやってる。」

賢二は富樫に注意をうけた。

「これですよ。」

賢二は布団に寄りかかっていた。それを小木曾に指摘され、速やかに直した。

「すみません」

「ここは留置場とは違うからね。布団や壁に寄りかかったり、寝転がったりしたらいかんみたい。もし寝転びたかったら、午睡の時か就寝の時間に、布団をひいて寝転ぶようにらしいよ。」

小木曾は耳打ちした。賢二は黙ってうなづいた。

 しばらくして、昼食の時間になった。

「言ってなかったけど、飯は小木曾さんが受け取ってくれるから、適当に配って。返す時も一緒、たとえ梅干しの種でも返すからね。間違ってもゴミ箱に捨てないようにね。」その辺の道端で会ったら、会話もしないだろうに、やけに親切丁寧だ。皆に配り終わり、佐竹の号令がかかった。

「いただきます。」

『いただきます。』

皆の大合唱がつづき、食事がスタートした。白米を食べてきた賢二にとって、麦飯は少し臭く感じられるた。麦は米より高いのに…そう思った。食事が終わったら休憩だったなごりらしいが、それにしても早い。早食いには自信があった賢二だが、まったく問題にならなかった。

 午睡の時間になったが、誰も横にならなかった。ちょっと経って、運動になった。なるほど、これでわかった。運動になるってわかっていたから、午睡の時間になっても、誰も横にならなかったのだ。運動は月〜金の祝日を除く毎日ある。留置場とは違い、本当に運動だ。拘置所では購入すれば菓子類を食べることができるが、喫煙はできない。

「あ〜タバコ吸いてぇ。どこぞの議員先生が反対したおかげで…ほら見てみ、工事だって終わってたのに。」

運動は複数の舎房合同でおこなうので、まったく知らない人もいる。どこの誰か知らないが愚痴っている。

 運動も夕食も終わり、点検があった。

「………371番。」

『おやすみなさい。』

留置場の時もそうだっが、初日はバタバタして疲れたようである。早々に床についた。

 次の日の朝はやはり起床時間より早く目が覚めた。布団の中でもぞもぞしていると、起床の音楽がながれた。素早く起きて布団をたたみ、掃除にうつった。賢二はトイレ掃除である。まず、便器を石鹸で洗い流し、壁・窓・ドア等を雑巾で拭いた。雑巾を洗い流すのは便器の中。最後にシャンプーを臭い消しのために、便器にたらして泡だたせて完了。ちなみに、シャンプーは大小用を足す度に、小便は座ってするのが、この房のルール。

 ほどなくして点検が始まった。

「7号室番号!」

富樫の号令がかかった。

「………4。」

『おはようございます。』

朝の点検は通し番号でいいらしい。これも佐竹の丁寧な説明のおかげである。

 洗濯の時間になり、パンツなどの洗濯物をだした。当然、天日干しなどできるわけなく、乾燥機である。そのせいなのか、洗濯物の数が多いからなのか、その他の理由があるのかわからないのが、とにかくすぐに黄ばむ。そのため普通はTシャツ等は宅下げをして、家の人に洗濯してもらうが、いかんせん賢二の場合、里美がいつくるかわからないので、服が足りなくなる恐れがあるから、すべてを出した。ちなみに業者委託する有料のクリーニングもあるが、割高で利用者は殆どいない。洗濯物はその日の内に洗濯が終わり戻ってきた。

 朝食が終わり、雑誌をひろげ、まったりとしていた。そのとき佐竹が、

「あー飽きた!」

と突然絶叫した。

「ここに来て一年たつけど、もぉー飽きた。こちとら刑務所に行く覚悟はできとんねん。こうなったら検事の言い値でいいわ。求刑すらでてないし、まったく…」

めずらしく、いつも冷静な佐竹が訛り丸出しで、声を荒げている。確かもう5回ほど出廷している。ここは一年もいる所じゃないし、いても社会にでた時に役に立つ事なんて一つもない。道楽といえば、ラジオから聞こえる『大相撲』や『のど自慢』に、賭けるくらいである。

 「7号室、入浴!」

号令がかかり、入浴の順番がまわってきた。賢二は服を脱ぎパンツ一枚になった。

「検身!」

房長から順番に出て行き、衝立に向かって立った。賢二も同じようにタオルをひろげ、石鹸・シャンプーを見せ、番号を言って、衝立に向かって立った。全員が出房すると、刑務官の号令でゾロゾロと入浴場にむかった。入浴場につくと、前のグループか終わるまで壁の方を向いて立たされた。

「入浴開始!」

その号令がすると、パンツを脱ぎすて、いいポジションをゲットしようと男たちはなだれ込んだ。賢二は圧倒されそうになったが、なんとか座ることができた。

「カミソリ貸与!」

また号令がした。乾電池式の電気シェーバー(拘置所で購入したものに限る)がない者は、この時に借りて髭&もみあげを剃る。カミソリを返す時には、刃があるかどうか刑務官に見てもらう。この入浴も15分間しかなかったので、あったまることはできなかった。

 入浴から戻り、運動まで時間があるので、賢二は手紙を書いた。逮捕されてから手紙を書くのは初めてだった。

というか人生初の手紙だった。そういえば、週に何通までとかいう佐竹の説明だったが、手紙を出すつもりのない賢二は聞いていなかった。いまさら聞けない…まぁいい一通につき便箋7枚までだったと思うので、それでいこう。もちろん里美宛だった。逮捕されてからこれまでの事を、賢二なりに面白おかしく書いたつもりだった。留置場の生活、人との出会い、拘置所に来て小学校の家庭科ぶりに、縫い物をした事など。検閲があるので、コトバを選んで書いた。

 次の日、佐竹が富樫をつかまえていた。

「おやっさん、やっぱりダメですわ。人数多いと、広く使えるのは良いけど、掃除が大変で。」

ここにいる人は親しみを込めて、担当刑務官のことを『おやっさん』『おやじ』と呼ぶ。たしかに6人部屋に4人では、掃除が大変である。賢二はトイレだからいいけど、3人で床をはいて拭いて、窓ガラス(強化プラスチック)を拭いて、流し台を掃除するのは骨がおれる。

 それからしばらくして、佐竹の言葉を富樫がきいたわけではないだろうが、いっきに3人入ってきた。1人目は小林、この男の罪名は覚醒剤取締法違反。留置場時代に2年の求刑を受けていた。この手の犯罪は多く、判決は懲役1年6箇月、執行猶予3年ってとこだろう。2人目はグスネル、スリランカ人だ。この男の罪名は窃盗。日本語をしゃべるのはペラペラだが、読み書きはできない。来日6年目。3人目は松本、この男の罪名は覚醒剤取締法違反。小林とは罪名が同じだし、年齢も近いせいか妙に気が合う。いわゆるシャブ友ってやつだ。どうやら新人への説明は房長の仕事らしく、佐竹が丁寧に説明していた。特にグスネルには丁寧だった。

 「結城さんは何をしたんですか?」

小林が質問した。

「一応、強盗ってことになってます。」

「コンビニか何か?」

どうして強盗=コンビニ強盗になるんだろう、いやになる。

「いいえ、違います。」

賢二は掻い摘んで皆に説明した。

「強盗はいくら情状が良くても、実刑を覚悟しといた方がいいと…。」

小林はおそらく執行猶予で出る。何か言いずらそうであった。

「『強』が付くと重いから…。」

小木曾がそう言うと、やや食い気味で、

「俺は無実だから、実刑の人の気持ちはわからねーけど。」

野坂がそう言うと、賢二は話題をかえた。

「小木曾さんはどうして控訴を?」

執行猶予を消したり、時間稼ぎをする人も多い。

「いやー俺の場合8年もらったでしょ。たとえ3ピン(3分の1が仮釈放ということ、この場合2年4ヶ月、まずあり得ない。)もらったとしても、6年近く刑務所に行くことになる。そしたらたとえ集会やら祝日があっても、自由に菓子食えないやんか。」

なんとも女の子みたいな理由であった。

 明くる日、弁護士が裁判の打ち合わせのため面会にきた。通称電話ボックスと呼ばれる縦に細長い待合室で待たされ、時間がくると中の人物の確認がおこなわれ、面会が始まる。面会時間は一般人の場合は約10分間、弁護士の場合は時間無制限だった。「起訴状読ませていただきました。罪名は強盗、すべて認めてらっしゃるってことですね?」

「はい、で先生は刑期はどう思います?」

「そうですね、すべてを認めたうえ情状酌量があって、3年前後の実刑でしょうね。」

さすがに希望的なことは言わない。この後、裁判の打ち合わせを色々したが、賢二にはどうしても集中できなかった。

 次の日、里美が面会に来た。

「どう?元気にしてる?」

「規則正しい生活してるから、元気すぎるくらいだよ。そんなことより、話があるんだ。どうやら刑務所に行くことになりそうなんだ。」

賢二は弁護士から聞いたことを里美に話した。里美もバカではない。自分である程度のことは調べるだろうし、弁護士からも聞いてる。里美は露骨に変な顔をし、重い口を開いた。

「そのことなんだけど、私達…田中先生から身元引受人ガラウケのことを頼まれてるから、裁判には出席するし傍聴するけど…少し…考えさせて…。」

ある程度は覚悟していた。結果的に籍を入れてないことが、良かったのかもしれない。こころも父親のことは覚えていまい。これでいいんだ…賢二はそう自分に言い聞かせるように、舎房にもどった。

 この日は小林の判決と、賢二の第一回公判である。

「お世話になりました。」

小林は99%執行猶予がつくので挨拶してまわっていた。賢二は久しぶりに胴綱をつけられ、手錠をかけられた。手錠は何故か金色であり、本人確認をされ護送車に乗せられた。護送車は裁判所につくと、賢二たちを下ろした。裁判所の待機所は鉄格子ではなく、鉄扉だった。名前が呼ばれ、賢二は法廷に連れて行かれた。

 賢二は被告人席に座る前に、傍聴席にいるはずの里美を探した。一番前に里美がいた。あとは傍聴マニアのようである。賢二は被告人席に座り、そのあと宣誓した。里美は情状証人として証人台に上がり、身元引受人として約束をはたした。求刑は5年だった。法定刑では5年以上の有期懲役だから、5年以下の求刑はない。想定内であった。弁護士は手帳を開き、次回の日程の打ち合わせをしてる。普通、このような簡単な裁判は2回で終わる。ということは判決の日の打ち合わせをしていた。

 舎房にもどると、案の定、小林の荷物が片付けられていた。執行猶予で出たようである。松本は少し寂しそうだったが、新しい人が入ってきた。新人の名はマルコ、トルコ人である。罪名は傷害、グスネルとは違い、日本語をしゃべるのはまあまあ。しかし、読み書きもまあまあ出来るので、佐竹も説明するのは楽そうだった。 今日は野坂の第一回公判であるので、朝早く野坂は出て行った。めずらしくいつも無口なグスネルが口を開いた。

「ドウシテ松本サンハ覚醒剤ニ手ヲ出シタノ?ワタシハ祖国ニマンションヲ建テルタメニ、車ノパーツヲ盗ンダ。オ金ニナルカラ。」

ようは車上荒らしである。グスネルには金にならない松本の犯罪は理解不能のようだった。ちなみにマルコは、自分の経営する店で客どうしの喧嘩に参加したが、間違って野次馬を殴ってしまったらしい。

「それを話すと長くなるよ。」

松本は話しをし始めた。

「俺の両親はともにシャブ中だったわけ。だから、物心付いた頃には家にシャブがコロがってたんよ。普通の子供がお菓子を食べる感覚やね。どっかの冒険家が『そこに山があるから』って言ったけど、『そこにシャブがあるから』ってやつだね。気が付いたら自力では辞められない。普通はアブリやポンプ(注射器)を使うけど、俺ぐらいになると直接食うからね。おかげで胃なんか荒れ放題。未開拓地みたいな。あれっ?いま笑うとこでしょ。あっそうそう、俺2回目なんで。控訴・上告しても、ベントウきれそうもないんで、実刑確定です。」覚醒剤は窃盗と並んで再犯率が高い。それだけ簡単に手に入るのか…。

 夕方になり野坂が帰ってきた。8年の求刑があったみたいだが、想定内であったようで、平然としていた。むしろカレンダーに×印をつける余裕を感じられた。否認している事案なんで、求刑までいくかどうかだった。賢二は野坂のことが嫌いではないが、心のどこかで求刑までいかないほうがいいと思っていた。

 ある日、検察庁から小木曾に手紙が届いた。控訴審の裁判の日程が決まったみたいだ。もう少ししたら、弁護人の選任の通知が届くだろう。隣の房に行きかけた富樫が戻ってきた。

「結城にも手紙がきとったわ。」

そう言うと、賢二に手紙を手渡した。里美からだった。

 そこにはたった一行、

『やっぱり、朝食を作って待ってます。』

と書いてあった。賢二は涙がとまらなかった。人目を気にせず、わぁーわぁー泣いた。そしておもむろにボールペンを持つと、手紙を書いた。検閲があることなど忘れて、『好き』だの『会いたい』だの書いた。文法的にはめちゃくちゃだけど、人生2回目の手紙は最高のものになった。

 周りの人間はきっと何かあったんだろうと思いながらも、それには触れてこなかった。賢二はというと、何かふっきれたのか、周りがやけによく見えるようになっていた。夜中になると別のフロアから聞こえてくる変な声や、隣の房のひそひそ話、刑務官の動きのクセなど。

 いよいよ判決の日がやってきた。護送車の車内や裁判所の待合室で、逮捕されてからの自分を振り返った。確かに犯した罪はいけない、学んだこともない、でも考え直すことはできた。高い代償は払ったが、そう思った。

「それでは判決を言い渡します。被告人 結城賢二を懲役2年6箇月に処する。」


※注意:この作品は平成16年を参考にしています。また、この作品および作品に登場する人物はフィクションです。


 無愛想でぶっきらぼうな賢二風に、文章を書いたつもりが、なかなか変な文章になりました。編集すれば良かったのですが、面倒くさいのでそのままにしました。情景描写が多いのもそのためです。賢二風が伝われば幸いです。

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