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「一匹のこねこと一人のたびびと」:前篇

 むかしむかし、ある小さな村のパンやさんに、おじいさんと一ぴきのねこがすんでいました。


 こねこのときにおじいさんにひろわれ、おじいさんのあいじょうをいっぱいうけて、なにふじゆうせずそだてられたので、とてもおてんばでわがままになってしまいました。


 ごはんのじかんがすこしでもおくれると、おじいさんのみみもとでにゃあにゃあとないたり、

ながくてするどいつめで、かべをかりかりとをひっかきまわしたりして、いつもおじいさんをこまらせてばかり。


しかし、そんなねこにも――


~~~


◆◆◆


 日本のどこか、山のふもとにひっそりとたたずむ小さな町。

 町とはいうものの山のふもとゆえに居住民はかなり少なく、区分的には村といっても特に差し支えのない、小さな、小さな町だ。

 町の町長をはじめとし、事あるごとに町興しを計画したのだが、観光客を呼び込めるような名所や建造物、ここに来てでも食べたくなる買いたくなるような特産物も特になかったため、計画はいつも途中で頓挫し一度として成功したことはなかった。

 正直なところ、それは町の年間予算の無駄遣いであったわけだが、それ以外の福祉厚生はきちんと機能していたうえに、何より町長の考える奇抜な町興し策を町民たちが面白がり支持していたため、誰もそれを咎める者はいなかった。

 そんな町の一角、町民たちの待ち合わせ場所、憩いの場として使われている古ぼけた噴水の向かいに、

「やすい!ちかい!はやい!軽食のたちばな」と書かれた、赤レンガ造りの小さなケーキ屋が立っており、立派な白いあごひげを蓄え、禿げあがった頭を隠すためにいつも白い帽子を脱がない、少し風変りなおじいさんが一人で切り盛りしている。


 ケーキ屋の名前としては不相応な名前だが、これにはわけがある。

 元々ここはケーキ屋ではなく、店長御手製のブレンドのコーヒーとちょっとした軽食を出す喫茶店だった。しかし、彼の舌が独特なのか、この町の町民たちが風変りなのか、彼のブレンドするコーヒーはすべからく評判が悪く、店としての採算が取れなくなってしまったのだ。

 しかし、彼の出す軽食、とりわけコーヒーにプラス300円で追加注文できる、彼お手製の、生クリームがふんだんに使われた「レアチーズケーキ」や、ブランデーにたっぷりと浸されたスポンジ生地が決め手の「サバラン」など、ケーキの評判がよかったことを知り、喫茶店から本格的なケーキ屋業に乗り換えたのだと言う。

 とはいえ、おじいさん本人は喫茶店を捨てきるのに未練があったらしく、周囲の反対を押し切りながらも、ケーキを中心に据えた店にはするがコーヒーの販売はやめず、店の名前もそのままにしたのだという。

 それが幸いしてか災いしてか、店はケーキのおいしい喫茶店として、町民たちの井戸端会議やちょっとした会合などに利用され、食っていくには十分の売り上げを出していた。


――にゃー!


 店のドアに備え付けられた小さな動物用の小窓のような戸から一匹の猫が飛び出した。この猫、店長の飼い猫で名を「グレーテル」という。4歳ほどのおてんば娘、”雌猫”だ。

 小柄なシャム猫で、薄い藍色の毛並みがとても美しい。


 名前のほうは、飼い主のおじいさんが童話を好み、飼い猫のグレーテルにも読み聞かせることからついたものだと言う。なるほど、ケーキ屋なんてところに住む猫にはぴったりな名前なのだろう。


――にゃあ。……にゃっ。


「おぉ、遊びに行くんかぁ? 暗くならんうちに帰って来いなぁ」


――にゃあ。


 グレーテルは猫用の扉を抜けて店を出ると、とて、とて、とて、と、町のはずれの森を目指して駆けてゆく。外で危険がないことをわかっているのか、おじいさんは一声かけてそれを見送る。

 森の中に入ったグレーテルはある場所で歩を止める。木々が開け、中心に切り株のある場所だ。

見たまま、そのままではあるが、町民たちはそこを”切り株広場”と呼んでいる。


 切り株の上に誰かが腰を下ろし、ハーモニカを吹いている。ところどころ赤みかかっていて、自然に下に流れる短髪で、端正な顔立ち。黒いレザージャケットに、使い古された青いジーパン。なかなかの男前がそこにいた。


――にゃっ、にゃっ、にゃうぅ。

――にゃあ、にゃあ……、ぽっ。


 信じられないことなのだが、このグレーテル。切り株に座りハーモニカを吹くこの男に恋をしているのである。グレーテルは顔だけ出して茂みの中に隠れ、彼の吹くハーモニカの音に合わせ、左右に体を揺らすのが日課だった。

 もちろんそれ以上、彼の膝の上でごろんごろんと甘えたいと考えていた。実行したいと常々思っていた。


「あー? また来たのかよてめーは。馴れなれしく寄ってくんなって、何度言えばわかるんだよ。ほら、しっ、しっ、しっ。かぁーっ、ぺっ!」


――みゃっ!? にゃうぅ。


 しかし、現実は理想通りとはいかない。グレーテルが男のもとに近づこうとすると、彼は怒りを込めた剣幕で威嚇してくるため、一度として成功したためしがないのだ。

 別に、グレーテルは彼の怒りを買うような真似をしたわけではないし、その理由も分からない。ただただどうしようもない問題だったのだ。

 グレーテルは尻尾までだらんと垂らし、うなだれたまま切り株広場を後にした。いつものことだ。猫と人間の恋愛なんてできるはずがない。そもそも相手は自分の気持ちすら知らないのだから。そう、心の中にそう言い聞かせながら。



――どごん! がんがら、がっしゃ~ん!

――にゃうっ!? にゃっ、にゃっ!?


 しかし、今日は何かが違った。ここから少し離れた林の中で、何かがぶつかり、倒れる音が聞こえたのだ。グレーテルは猫らしく、それが安全か危険かも特に考えず、ただ興味本位で音のした場所へと駆けて行く。


――にゃ?


 音のした場所でグレーテルが見たものは、何か強い衝撃でハンドル部分がひん曲り、かつ前輪のパンクした濃い青色のフレームの”ロードバイク※”と、木にしこたま頭をぶつけたまま悶絶している人の姿だった。(※舗装路での走行に特化した自転車。軽量)


 顔は木にめり込んでいて見えなかったが、その背格好はもとより、奇抜で印象的なピンク色のきれいな髪から、女性であることだけは理解できた。グレーテルは彼女を助けようとして、右腕の服の裾を噛んで引っ張ろうとするが、非力な猫の力ではどうすることもできない。


――にゃー! にゃー! にゃぁあー!!


 グレーテルは大きな声で鳴いて、別の誰かに助けを求める。しかし、もともと人気のない林の中。

いくら大きな声で鳴こうとも、口の中の水分を無駄に浪費するだけで人はおろか、朝や昼時に活動している動物ですら、その姿をグレーテルの元に表すことはなかった。


――にゃー……う。


 鳴くことに疲れ、また、その行為が無駄だと悟ったグレーテルは興味をなくしたのか、倒れている哀れな女性を見捨て、背を向けようとする。

 その時だった。グレーテルが通ってきた茂みの奥からがさがさと音がし、不審に思ったグレーテルはその方向に体を向ける。先ほどの、レザージャケットに青ジーパン。ハーモニカ男の姿がそこにあった。

「あー……、耳障りな音がしたと思ったら、このおじょうさんかよ。あぁ、あぁ。なっさけねぇ倒れ方してやんの。俺一人ならほっとくところだが、間の悪りぃことに目撃者がいるしなぁ。どうしたもんかねぇ」

 彼は頭をぼりぼりと掻きながら、グレーテルをさも面倒なやつだとでも言うような目で見つめたあと、頭を木にめり込ませた女性をそこから引き剥がし、おんぶさせるかのようにして担ぎあげた。

「まぁ、自転車のほうはあとでなんとかなる、よな。そもそも、そこまでしてやる義理はねーし。はは、俺も、変なところでお人好しらしい。今更、だが」

 男は女性を担いで林の中を進み、グレーテルはそれにつき、とて、とてと続く。それが男とグレーテルにとって、悪意や性別や種族の垣根のないはじめての邂逅になった。


~~~


 あるひ、村にひとりのたびびとがやってきました。いちもんなしのたびびとは、せいかつするためにほかのむらびとのしごとをてつだい、いつのまにか村にいついてしまいました。


 むらびとたちは、はたらきもののたびびとをあたたかくうけいれましたが、たびびとのほうはというと、あまりむらびとたちとなかよくしようとはせず、もりのなかでどうぶつあいてに、くろくすすけたハーモニカをふいてばかり。


 ネコのグレーテルはそんなたびびとがきになってしょうがなく、なんどもかれにじゃれつきましたが、たびびとはグレーテルをめんどくさそうにつきかえすだけ。


 グレーテルはそのたびにいらいらをつのらせていましたが、いつごろからか、そのきもちが「こい」であることにきづいたようで。


~~~


◆◆◆


 男がピンク色の髪の女性を連れて行ったのは、病院でも、それに準ずる診療所でもなく、町の中心にたたずむあのケーキ屋だった。

 この小さな町には大きな病院はなく、そんな病人たちの拠り所である小さな診療所は、

病院難にあえいだ町人たちであふれ、とても順番を代わってもらえそうな様子ではなかった。


 加えて、この店の店長は外傷の治療法を心得ており、診療所代りに使う客もいるということを彼は知っていたからだ。なにせ彼は、このケーキ屋の常連だったのだから。


「おっちゃーん、おっちゃーん! 橘のおっちゃーん!」

「あー、何じゃあ騒がしい。おぅおぅ、トシ坊かぁ。そんな大きな声を出さんでも分からぁ。んで、要件はなんだぁ?」

「トシ坊って言うんじゃねぇ。ほら、こいつを見てくれよ。森で木にどたまぶつけてぶっ倒れてた。自転車で木につっこんだみたいでさ、完全に気ぃ失ってやがる。おっちゃんならこの程度の怪我、ぱぱっと治療できんだろ?」

「あぁ、まぁな。これぐらいの怪我、ブレンドコーヒーを作るよりも簡単さね。あぁ、ここじゃあ何だ。来客さ寝かせるソファが奥にあっから、こっち来て下ろしてくれっか」

「おぅ」

 ”トシ坊”と呼ばれた青年は、女性をベージュ色の少し大きめなソファの上にそっと寝かせると、

近くにあった赤茶色のブランケットを彼女の体にそっとかける。

 おじいさんは家の奥の倉庫部屋から救急セットを持ち出し、彼女の介抱にあたった。

「薬塗って頭に包帯巻いて……ってぇと、あぁこんなもんでえぇべ。しっかしまぁ、珍しいこともあるもんだなぁ。トシ坊が人助けたぁ。こいつはみぞれでも降るんでねぇかねぇ」

「余計なこと言うなよ。俺だって好きでこんなことやりゃしねぇって。用は済んだ。その人の怪我、きちんと治してやってくれよな。でないと後味が悪い」

「まかしとけぇい。しかし、ま。トシ坊。今日はいつものセットは食ってかんのかぁ? レアチーズケーキとわしお手製のブレンドのセットじゃぁよ。食ってかんのかぁ?」

 おじいさんはショーケースの中のケーキを指差して彼を促すが、彼は苦虫を噛み潰したような顔をしてため息交じりに答える。

「今日は気分じゃねぇし、二回も言わなくたって分かるっての。ってか、いい加減にトシ坊はやめろっつってんだろ。あんたのせいだからな。この町で会う奴全員に、トシ坊なんて情けねぇあだ名で呼ばれんの。勘弁してくれよ、まったく。あぁ、そうだ。治療費は、その子から分捕ってやんな。俺は払わねぇからな」

「あいっかわらずケチだなぁトシ坊。まぁえぇか。また来いなぁ」

 トシ坊はばつの悪そうな顔で店長に憎まれ口を叩くと、身を翻して店を出て行く。おじいさんは病人を預かったんだ、セットの一つや二つ食っていくのが道理だろうと思いつつも、残念そうな顔で、ショーケースの上に座るグレーテルに話しかけた。

「トシ坊もつれんのぉ。グレーテルや、わしゃあトシ坊のお連れさんを診てやらにゃいかんでな、

ちょいと店番しといてくんなぁ」

――にゃあ。


 グレーテルはおじいさんの言いつけに従い、ごじまんの尻尾をぴんと立てて、入口を見張る。誰か客が来ればにゃあと鳴いておじいさんを呼び、少し耳の遠い彼に客の来店を知らせる。

 時には見えにくい位置にある商品を、その前足で指し示しておじいさんに伝えたり、そのかわいらしい容姿としぐさで来店してきた客を和ませたりもする。

 年老いたおじいさんが経営するこの店では大切な仕事だ。


 ショーケースの上にちょこんと座り、先ほどの出来事について思いを馳せるグレーテル。店番の最中に心ここにあらずというのは、あまり芳しくないものだが、誰が見ているわけでもなく、そもそも人間に猫の考えていることが読み取れるわけがないので、咎められるはずもなかった。

 ケーキを作る調理場のそのまた奥に、店の来客用の部屋はあった。ピンクの髪の少女は、2、3人掛けのソファの上でブランケットを羽織ってすやすやと寝息を立てている。頭をぶつけて気絶したというが、この様子なら大事には至らないだろう。

 おじいさんは調理場に入り、気絶していた彼女のためか、コーヒーを淹れるために湯を沸かしていた。


 ふと、彼女のまぶたがぴくぴくと動き、ゆっくりと眼が開く。彼女は寝たまま首を左右に動かして辺りの様子をうかがったあと、上半身を起こしてさらに周囲を見回す。


 おじいさんの姿を彼女が見受けたのはそのときだ。少女が目覚めたことに気付いたおじいさんは、

温かいコーヒーを持って彼女の眠るソファの前に立つ。

「目ぇ、覚めたかぁ。……とりあえず、飲んでくれやぁ」

 おじいさんは淹れたコーヒーをソファの前にある、小さな薄茶色の丸型テーブルの上に置き、彼女に飲むよう促す。しかし彼女は何を思ったか、両手で胸部を隠すようにし、顔を赤らめどもりながら言う。

「な、な、ななな……何が目当てですかっ!?か、かか、体ですかっ!? っていうか、そのっ、もしや、すでにっ!」

 口を開くなり不可思議な挙動を取る女性とは逆に、おじいさんはそんなことなど意に介さず、

とでも言ったようなもので、両手を出し、どうどうと彼女に落ち着くよう促し答える。

「起きるなり失礼な子じゃなあ。別に問題あるようなことは何もしておらんし、仮に、仮にじゃ。お前さんがわしの布団の中でガーガー寝ていようが、指一本触れる気はないから安心せぇ」

「あ、あぁ。それは、そのぅ……すみません、でした。しかし、そのぅ……なんというか、それはそれで、女の子としてなんだか、負けたような気が」

「女ん子の気持ちとやらは複雑やのぅ。まぁ、それは置いとくとして、だぁ。おめぇさんは何者で、どこから来て、どこに行くんか。聞かせてはくれんかねぇ」

「あぁ、はい。自己紹介がまだでしたね」

 彼女は掛けられていたブランケットをめくり、体を起こして口を開く。

「わたしはここからずっと先にある海沿いの街から来ました。コメットといいます」

「こめっと……ねぇ。あぁ、あぁ。外国の人か何かかぁ。いやはや、すまんなぁ。何せわしゃあ生まれてこのかた七十余年、この町……というより山の中、か。そこから出たことがないもんでなぁ」

「まぁ、そんなところ、でしょうか。外国は外国ですけど。行きたいところは……、特にない、です。旅がしたくて旅をしているだけで。あ、そうだ! 自転車! わたしの自転車は」


 少女はおじいさんに話をしている最中、ふと自分の自転車のことを思い出し、ソファから起き上がろうとする。しかし自分の腰辺りにじぃんと熱くなるような痛みを感じた彼女は、その痛みに耐え切れず、尻もちをつくように再びソファの上に腰を下ろした。


「こぉらこら。怪我したその日に無茶するもんでねぇぞ。自転車のことなら心配せんでもえぇ。

この町にゃあひとさまのもんを泥棒するような手癖の悪いやつぁおらんし、いたとしても小せぇ町だぁ。みんな顔なじみだもんで、怪しい奴がいたら一発でわからぁ。それにあんた、自転車で木にどかーんとぶつかったんじゃろう? んな目に遭ったんだ、自転車のほうだって無事じゃ済まねかったんじゃないかぁ?」

「そう言われてみれば……そうですね。すみません、取り乱してしまって」

「えぇえぇ。その怪我じゃあまともに動くこともできんじゃろう。せっかくだぁ、今日のところはここに泊まっていきんしゃい」

「え。あの、よろしいんですか?」

「なぁに、老いぼれひとりと猫一匹の暮らしに人が一人増えたとて、大した違ぇはねぇ。旅は道連れ、世は情けと言うじゃろう。人の好意は素直に受け取っとけい。謙虚なこたぁいいことじゃがな、その実ずうずうしくねぇと、一人旅なんてやってけんぞぉ」

「それ、旅をしている人が言うセリフだと思いますけど。じゃあ、お言葉に甘えさせていただきますね。でもっ、必ず恩返ししますからっ!」

「恩返しぃ? いらんいらん。そもそも助けたのはわしじゃねぇかんなぁ、そんなもんは受け取れんわぁ。んなもんはトシ坊や、うちのグレーテルにでもやっちまやぁいい。とにかくわしはいらん」


「トシ坊……さんに、グレーテル、さん。どんな方なんですか?」

「あぁ、あぁ。あんたぁ別の町から来たっつっとったから知らなんだか。”トシ坊”ってぇのは、二月ぐらい前にこの町にやってきた風来坊さぁ。どっから来たかも何がしてぇかも言わねぇし、無愛想で人とあんまりしゃべんねぇし、関わりもしねぇ男だぁ。町を適当にうろつき回って、日雇いの仕事さして、

稼ぇだ金でメシだの寝どこの確保だのに使ってんだとよ。口数は少ねぇし、何を考えてっか分からねぇやつだが、どんな仕事やらしても人並みかそれ以上できるってんでな、うちの店でケーキを食う余裕すらあんだって息巻いてやがった。よくここに来っから、あんたの怪我な治るまでには、少なくとも一回ぐれぇは会えるだろうよ。そんときにでも礼を言やぁえぇ」


「そう、ですか。そうさせてもらいますね。それで、グレーテルさん、って言うのは」

「あぁ、そいつぁなあ。おぉ、おぉ。ちょうどいいところに来た。いや、今ここに来られちゃ困んだがなぁ、まぁえぇじゃろう」


「この子がグレーテル、さん……。ですか?」

「”さん”? えぇえぇ、猫にさん付けなんてせんでえぇ。グレーテルなり、グレ子とか、トシ坊みてぇにグレ公とか。好きな風に呼びゃあえぇんじゃ。しっかしグレーテルや。おめぇにゃ店番を頼んどったはずだが、なしてこっちに……」


――にゃあ! にゃ! にゃ! にゃううう!


 おじいさんがそう言うのが早いか遅いか、グレーテルはがん、がん、と床を前足で叩いたあと、

がりがりとフローリングの床をひっかき始めた。

 おじいさんはやれやれ、またかとでも言いたげな顔で、ふぅ、と溜息まじりにつぶやく。


「あぁ、そうか。昼めしの時間じゃったか。朝、起こそうとしてもなかなか起きねぇくせに、

めしの時間になるととたんにこれだ。女ん子のくせに食い意地ばっか張ってんだなぁ、おめぇは。あぁ、あぁ。こらこら、わしが悪かった。床をひっかくのはやめぇ。めしさ持ってきてやっからなぁ」

「あの。どうしたんですか? グレーテル、ちゃん」


「いつものめしの時間にめしが出ねぇんで、こいつなりにわしに催促してんだぁな。まったく、どこでどう育て方を間違ぇたんだか、どうしょうもねぇはねっかえりになっちまった。まぁ、そこが見てて楽しいとこ、なんだがなぁ」


 おじいさんはゆっくりと腰を上げると、えさをしまっている戸棚に手をかけ、『鳴く仔も黙る!高級おさかな街道ぶっちぎり猫缶(生っぽさ当社比4倍!)』と書かれた缶詰を取り出し、缶切りで蓋を開け、

口の大きいスプーンで5、6度すくい、皿の上にあけると、グレーテルの目の前に置いた。

 グレーテルは出されるやいなや、皿の中の肉だまりの中に顔を突っ込み、はぐはぐ、もぐもぐ、と音を立てながらそれに食らいつく。お世辞にも品のいい食べ方とは言い難い。


 おじいさんは皿の前でしゃがみ、グレーテルがご飯を食べているところを喜々した表情で眺める。

めんどくさそうな口ぶりだったが、嫌だというわけでもないのだろう。

 一方、グレーテルの方はというと、そんなおじいさんに顔を向けることなく、ただただ一心不乱にえさをもりもりと食べてゆく。

 敵意や悪意を向けられることなく、彼と一緒にいられたことはちょっとした進展ではあった。しかし、それがどうしたというのだ。猫である自分とトシ坊の距離がそれ以上縮まるわけがない。

 そう考えると空しくて悲しくていたたまれなくて、心が締め付けられるように痛む。やけ食いでもしていなければとても耐えられない、といったような心境なのだろう。


――がふっ! がふ! もしゃもしゃ……。


「おぅ、おぅ。おめぇ、なんだか知らんが、今日はよく食うなぁ。最近はやりの”めたぼ”になってもしらねぇぞぉ。猫がなるかは知らんがなぁ」


――にゃあ! にゃ! にゃうう!

「んだ、その目は。まだ食うってかぁ?おめ、いい加減に……、あぁ、あぁ。わかった、わかった。出してやっから。床をがりがりひっかくのはやめぇ」

 おじいさんはグレーテルのいつもと違う食欲に不信感を抱きつつも、これ以上床を引っ掻かれるのも困ると考え、困ったものだと辟易しつつ、猫缶の中身をスプーンで三回すくい、皿に盛り付ける。


 ふいに、からんからんと、ドアにくくりつけられた鈴の音が鳴った。グレーテルはえさを食べるのに夢中だったし、怪我をしてソファで横になっている見ず知らずの女の子に出てもらうのも酷だと思い、重い腰を上げ、店のカウンターに出向こうと、来客部屋のドアノブに手をかける。


 その時だった。おじいさんがドアノブに触ろうとした瞬間、ドアは彼が開けようとしていた向きとは逆に開き、開いたドアの先から、七三分けにサングラス、高いのか安いのかよく分からないベージュ色のスーツに身を包み、変ににやにやと笑う恰幅の良い男が部屋に入ってきた。

 男は、いきなり部屋に入ってきてきょとんしているおじいさんに向かって、笑い声混じりにおじいさんに話しかける。

「はっはっは。橘のじっちゃん! 元気かぁい!」

「あ、あ……あぁ。おかげ様、でなぁ。にしても、あんたはいっつも元気でうらやましいなぁ、町長や」

「はっ! はははは! そりゃあ元気さ! 元気も元気! 何をするにしたって体が資本! 元気がなけりゃ仕事もできん! ほら、”元気があればなんでもできる”って、巨人の終身監督さんもおっしゃられていただろう? はははは」

「町長、それ違う人の言葉だぁ。いや、この際問題はそこじゃねぇだぁ町長。あんた、なんでこの部屋に入ってきとる。そんな趣味の悪いスーツでわしの自慢の調理場を歩かねぇでくんねぇ」


「はっはっは。そいつはすまなかったなじっちゃん。しかし、しかしだがね。戸閉まりどころか店番すら置かないで、その言い分はどうかと思うがね私は。この町に盗みを働くような輩がいないことは私だって十分承知だがね、万が一、ってこともあり得るんだ。頼むよじっちゃん。私はね、町興し計画と住民票の作成以外の業務はやりたくないんだからね。はっは」


「いや、いや。煙に巻くでねぇぞ町長。何の断りもなしにわしの調理場に入ってこられたら」

「まぁ、済んだことは済んだこと。全国名水百選にも……近々選ばれると……一部で噂の、この町の川にでも流して。それで、なんでこの私が来ているのかって? そりゃあ、それ相応の理由があるに決まっているだろう! ははは」

「まぁた、新しい”町興し”計画かぇ? 町長」

「そう、それだよ、じっちゃん。あぁ、言うな言うな。言わなくても分かっている。今までそう言って、一度も成功したことないじゃないか、って。そう言いたいんだろう? おっしゃる通り、まったくもっておっしゃる通りだ。それは認めよう。しかァし! 」

 町長は右の拳をぐぐっと握り、一層暑苦しい語り口で続ける。

「今回は! 今回こそは! 成功する! 否! させてみせるッ! 今回の案が成功せしめればこの町の収益、

ひいては運営予算は前年比200……いや300%越えは過言ではないだろう! 否! 過言などではないッ!そうだ、そうなのだ! 間違いはないッ! 」

 よほど自身の立案した計画に自信があるのか、町長は格調高くかつ暑苦しく語る。

 しかし、おじいさんは知っていたのだ。自分は……いや、この町の町民は皆この言葉を、最低でも数十数百、古くからここに住むおじいさんに至っては何千とこの言葉を聞き続け、最短で日が落ちるまで、最高でも3日以内に計画がとん挫し、広場の真ん中でしゃがみこみ、ひとりでぶつぶつと、なぜ計画がとん挫したのかと、頓挫したのが朝か昼なら日が落ちるまで、夜なら日が昇るまで自問自答を繰り返す町長の姿を。

 もはやこの町の風物詩のひとつなのだ。

「ほぉ。それはまた。で? 今度は何をおっぱじめようと考えてんだぁ? 町長」

 おじいさんはいつものことだと適当に流し、一応そのことについて町長に問いただす。

「そう! それだよじっちゃん! よくぞ聞いてくれたッ!

ではっ! さっそくッ!こいつを見てくれぃ」

 町長は待ってましたとばかりに、スーツの内ポケットの中から一枚のチラシを取り出し、おじいさんにそれを手渡した。

 花やマスコットをあしらい、丸みを帯びたフォントをなどを見る限り、目の前のこの暑苦しい男が作ったのかどうか疑問に思えるような、丁寧でかわいらしいつくりのチラシである。

「なになに……”第一回・納涼! 何処佳野町 舞踏会”?」

「はっはっは! どうだじっちゃん。いけそうだろ!?」

「一体何をどうしたらいけそうだと思ったかはあえて聞かん。じゃがな町長。”納涼”は春先に使う言葉でねぇ。使うなら”早春”じゃ、早春」

 それを聞いた町長は苦虫をかみつぶしたような顔で答える。

「んなこたぁ私だって分かってるよ。しかし、しかしだぞじっちゃん。元旦だの新春だの納涼だってんなら誰だって分かるさ。だがな、”早春”なんて言葉を文頭に持ってきたとして、あんたみたいなお歳を召した方はさておき、最近の若者がピンとくるわけないだろう? わかるか? じっちゃん! インパクトなんだよ! 見たものを釘付けにする強烈な何か! 目立った特産物も観光施設もなく、交通手段すら乏しいこんな町にわざわざ遠くから出向いてもらうんだ。それ相応のインパクトがないと、来ていただいた方に失礼だろう!」

「あぁ、あぁ。そうかい。そんなのこんな中途半端な時期に思いついたあんたが悪いんでねぇか?」

 おじいさんはさらに、なんでそこまで客が来ること前提で考えられるのか、と付け加えようと思ったが、この男のことだ、どうせ何も考えていないのだろうと思い、その言葉を飲み込んだ。


「しょうがないだろ、”インスピレーション”ってのは取り置きが効かないんだ! 思いついたらその日のうちに! 思い立ったら吉日、っていうだろう!?」

「あぁ、あぁ。わかった、わかっとるよ町長。それはそうと、だ」

 おじいさんはこれ以上不毛な会話を続けていても無駄だと判断し、本題に向けて話を切り出す。

「何故に”舞踏会”っちゅーけったいなもんにしたんだぁ? 今日びアメリカだのイギリスだのでも、んな大仰なもんはやっとらんだろうに」

「そう、そこなのだよじっちゃん! だからこそやる価値がある! そういうことだ。誰も思いつかないようなことをあえてやる! 多くの人々からの認知を得られる! 人が来る! そしてあわよくば、観光客となってこの町に金を落としてくれる! 最高だ……最高じゃないか!」

ふいに、町長はおじいさんの隣の、ソファで横になっている人物を目に留めた。町長はきょとんとしているコメットをまじまじと見つめた後、おじいさんに問う。

「ところでじっちゃん。さっきからずっと気になっていたんだが、あんたにお孫さんなんていたっけか?

いや、孫にしちゃあんたに全然似ていないようだが。あぁ失礼」

「孫ぉ? ちゃうちゃう。"旅人"、だとよ。森ん中で怪我して倒れとったところをトシの奴が運んできて、ここで看病しとるんじゃぁ」

 それを聞いた町長は、目をきらきらと輝かせ、彼女の両手をつかんで大げさにぶんぶんと振りながら、顔につばがかからん勢いで、

「旅人! 旅人さんだって!? よ、よよよようこそ我らが何処佳野(ドコカノ)町へ! 私はこの町の町長! あなたを全力で歓迎いたしますよ」

「あ、ははは。ど、どうも……」

「こぉらこら町長。この子は色んなとこ打ってぐったりしてんだぁ。あんまり無茶さすでねぇ」

「おぉっと、こいつは失礼しました。では、あなたもこちらをどうぞ」

 町長は懐から先程おじいさんに見せたものと同じパンフレットを取り出すが、少女は「話は聞かせてもらいましたから」とそれを断った。

「そうですか、それは話が早い。いかがですか? 今日明日というわけではありませんし、参加費なんてものも取りません。あなたみたいな美しい方が参加してくだされば会にも張りが出るというもの。いかがですか?」

「いえっ、わたしは……その」

「こらぁ町長、こん子は怪我してここで寝てんだぁ。無理に勧誘なんかすんでねぇ」

「おぉ、おぉおぅ。私としたことが……、失礼致しました。無理に、とは言いません。怪我が治ったら、真剣に検討していただけないでしょうか」

「あぁ、はい。すみません」

「いえいえ、謝ることなどありませんよ」


「そうは言うがな町長。あんた、大事なことを忘れとらんかぁ?」

「何かな、じっちゃん」

 話をさえぎるように、おじいさんが町長に話を振る。

「踊りじゃあよ、おどり。あんた今までいろいろ奇抜な計画を立ててきてはいたが、踊りが中心に来るような企画は今回が初めてじゃなかかぁ?あんたの見てくれじゃあとても、”だんす”はおろか、ラジオ体操だってできそうには見えんがなぁ」

「はっはっは。何かと思えばそんなことか。そんなこと、私にできるわけないだろう!」

「ずいぶんと潔えぇなぁ町長。そこまではっきり言われっと次の言葉が見つからんぞ」

「あぁ。そりゃあ確かに踊りにはいろいろな格式があって、それを踏まえないと恥をかく。本腰据えてやっている人からすれば当たり前だろうが、それではそれ以外の人は楽しめない。

考えても見ろよじっちゃん。大衆娯楽にそんな形式なんぞ必要あるか?楽しむことへの妨げでしかない。楽しむためには何事も型にはめて考えるな、ってことなんだよ。ゆえに私も予備知識は何一つつけない。

ただ楽しむだけの祭りだ! 形式ばったものなどいらぬ! 否! 否否否杏否否! 断じて否なのだ」


「それはわかった。わかったが、それでわしに何の用だぁ? まさか、わしに何か踊れ、とかそういうつもりじゃなかろうな」

「分かってる分かってる。あんたじゃ踊れてもどじょうすくいが関の山だろう? じっちゃん、私があんたに頼みたいのは、”料理の手配”の一点だけさ」

「料理ぃ? ってぇと、うちのケーキのことを言っとるんかぁ町長」

「物わかりがよくて助かるよじっちゃん。そう! 結婚式にも披露宴にも大仰な会見にも料理は付き物!

となれば、舞踏会でもふるまいの料理が出るのは道理だろう? もう既に町の小料理店には声を掛けてある。あぁ、安心しろよじいちゃん。その辺の予算は町で工面するから、存分にやっちゃってくれい。

私はこのビラを他の町に配ってくるから、あとはヨロシク! 予算の節約のために自転車で行くから、ちょーっと遅れるかもしれないがな! はっはっは」

「おい、ちょっと待て町長。んなことでちゃんとビラぁ配れんのかぁ!」

 町長は入ってきたのと同じ、それ以上の笑い声を上げて調理場を出て行き、店の前に停めてあった赤いフレームのマウンテンバイクにまたがり、白いヘルメットをかぶって走り去ってしまった。

 彼が去ってひと段落したのち、少女はおじいさんに先ほどの人物のことを問う。

「おじいさん、あの方は一体」

「あぁ? この町の町長じゃあよ。さっきみてぇな突飛なことさ毎度毎度計画すっけど、その都度失敗して、そこの噴水の辺りでいじけてる四十を過ぎたおっさんだぁな。税金泥棒、とも言うか」

「税金泥棒って、だめじゃないですかそれ! せっかく皆さんが町のためになけなしのお金を出してくれているのに、そのお金を無駄遣いするなんて」

「まぁ……、確かにあんたの言ってることは間違いじゃねぇな。だども、この町にゃあん人を止めるやつぁいねぇ」

「それは、どういうことですか?」

「あん人の計画さ、いつもどこか的外れで、突飛で奇抜で馬鹿らしくて、成功するかどうかはさておき、今やみんな笑いながら冗談半分真面目半分で参加してっかんなぁ。見ての通り、この町は山だの川だのに囲まれて交通の便も悪いし、テレビもほとんどやっちゃいねぇ。んな中だぁ。あの町長の立てる計画さ、この町の人たちにとって最高の娯楽になってんだぁ。それこそ、下手なお笑い番組よりもお笑い草になっちまう。金払ってでもあん人のやることを見たくならぁ」

「なんとなくわかるような、分からないような」

「とはいえ、街の最低限の運営費用はあん人の側近がきちんと管理してくれとるし、あぁは見えても町の人たちのことを一番に考えてくれとる。アホじゃが、性根が腐っとるわけじゃねぇ」


「信頼されてるんですね、あの町長さんのこと」

「まぁなぁ。しっかし、舞踏会。舞踏会たぁなぁ。他の町の人はもとよりこの町の人間ですら参加すんのも怪しいもんだ。だのに、来るか知れねぇやつんためにメシを用意せよたぁ。毎度毎度突拍子もねぇこと考えてやがったが、とうとう町長もおかしくなったかぁ」


「あの、信頼されているんじゃないんですか?」

「それとこれたぁ話は別だぁ。賄いきれなきゃわしが損するだけだかんなぁ。あぁ、あぁ。食い物、食い物か。トシの野郎ぐれぇなら釣れるかもしれんなぁ」

「トシ坊さん……ですか」


――ぴくっ。


 ご飯を食べて丸くなって寝ていたグレーテルはその言葉に反応して顔を上げ、一瞬全身の毛を逆立て震わせる。童話好きのおじいさんによって、寝る前に童話の読み聞かせを聞いていたグレーテルは、”舞踏会”とは何であるかということを知っていたのだ。

 そして、何の気なしにグレーテルの様子を見ていたこの少女も、そのことに気づいたようだった。

「あいつぁ金がなくなっと、飯の匂いのするとこならどこにでも飛びつくからなぁ。残り少ない持ち金で何とか月を越えようと、スーパーの野菜の安売りの荒波の中に入ってったり、夜、お惣菜に半額のシールが貼られるのを虎視眈々と見つめてたりするしなぁ」

「あ、あぁ。えぇ。なんというか、がめつ……あ、いや。たくましい人ですね」


 話の途中でグレーテルに関心が移ってしまったので、適当な返事でおじいさんの話に相槌を打つ。

その後もおじいさんによるトシ坊の奇行の話が続いたが、グレーテルの妙な態度が気になったコメットは、適当な相槌を打ちつつも、何一つそのことを覚えていなかったという。


~~~


 あるひ、グレーテルがもりのなかをさんぽしていると、もりでいちばんおおきな木のうえに、黒いローブに黒いぼうしをかぶったおんなのひとが、たすけをもとめてさけんでいるところにでくわしました。


 グレーテルはめんどくさいなぁとおもい、ほおっておこうとしましたが、グレーテルのすがたをみたおんなのひとは、たすけて、たすけてと、ひっしにグレーテルにたすけをもとめます。


 グレーテルはうるさい、といわんばかりに、にゃーにゃー、ふーっ、とないていかくします。


 そんなとき、グレーテルのなきごえをきいて、もりのなかでハーモニカをふいていたたびびとがやってきました。たびびとはきのうえのひとをたすけられなくて、グレーテルがこまっているとおもい、きのうえにのぼっておんなのひとをたすけだしました。


 おんなのひとはひどくよろこび、「じぶんはまほうつかい。まほうのほうきからおっこちて、きのうえにひっかかってしまいました。たすけてくれたら、あなたのねがいをかなえてあげましょう」とたびびとにいいました。


~~~



◆◆◆


 その日の晩。立ち上がって歩けるぐらいまで回復した少女は、おじいさんの厚意で夕飯をご馳走になっていた。

 メインディッシュは不揃いにきざまれたにんじんやじゃがいもやマッシュルームを、近くの牧場で採れる新鮮な牛乳で煮込んだホワイトシチュー。

 付け合わせは、窯で焼いたフランスパンに、レタスの上にスライスした新玉ねぎとコーンを乗せ、特製のドレッシングをさっとかけたシンプルなコーンサラダ。

 少女は備え付けのナイフでフランスパンを薄く切って、おじいさんは強引に手でぐちゃぐちゃと引きちぎって口に運ぶ。

 シチューをずずーっとすすったおじいさんは、彼女の方を向いて、少し申し訳なさそうにしていた。

少女はそんなおじいさんの様子に小首をかしげると、

「あの、どうかしましたか?」

「あぁ、あぁ。すまんなぁ。男所帯なもんで、あんまり作法とか形にはこだわらねぇんだぁ。野菜を切るときもこまけぇことは気にしねぇで、いっつも適当でな」

「いえいえ、そんな……。とってもおいしいです。こんなにおいしい晩ごはん、久しぶりに食べました。

今下向いたら感激の涙でテーブルにしずくがこぼれちゃうかもしれないです」


「こらこら、ほめてもおかわりぐらいしかでねぇぞぉ」

「そうですか。じゃあ遠慮なくいただいちゃいますね」

「あぁ、あぁ。好きにすりゃあえぇ」


 彼女の言葉に嘘はない。ここ最近、所持金のやりくりの関係で、コンビニやその他の食事で急場をしのいでいたこともあるが、それを抜きにしても、山間のこの町で、久々に暖かくておいしい料理を食べられることが、彼女にとってはこれ以上ない幸せだったのだ。

 謙遜してはいるが、おじいさんの方もまんざらではないようである。男所帯で嫁も子も孫もなく、ただネコのグレーテルを話し相手にする生活を送っていた彼にとって、若い女の子がこうして自分の料理に舌鼓を打ってくれること、それがとてもうれしかったようだった。

 シチューを5杯おかわりし、自分のおかわり分までたいらげる食欲にはさすがに驚いたようだったが。


 おじいさんは人肌に冷ましたシチューをねこ用の皿に移し、鍋に残ったシチューをフランスパンで拭き取って、ちぎったそのかけらを加えてグレーテルの前にぽんと置いた。置くが早いか、グレーテルはすぐにシチューの皿に飛びつき、はぐはぐとシチューの皿に顔を突っ込む。

 藍色の美しい毛並みで覆われた顔が真っ白に染まり、目には大きなにんじんとじゃがいものかたまりがくっついている。グレーテルがシチューの皿を空にするまで、その滑稽さに二人して笑っていた。

 夕飯を食べ終わった少女はおじいさんの制止も聞かず、皿洗いを一手に引き受けた上、彼の肩をとんとんと叩いて、彼のためにと自分のできる範囲で奉仕をしていた。

 その様子ははたから見ると年の離れた祖父と孫の暖かな団らんのようで、和やかで穏やかな時間が過ぎてゆく。


 あらかたの作業が終わり、明日に備えて寝る頃になると、おじいさんは客間のテーブルとソファを部屋の端にどけて、予備の敷布団と掛け布団を敷き、そば殻の枕を置く。


 最初、”寝袋がありますから”と布団を出してもらうことを渋っていたのだが、”ここまで乗っかったんだ。後は最後まで流れに身を任せちまえ”という言葉と彼の必死さに言いくるめられ、布団で寝ることと相成った。

 歯を磨いて布団にもぐり、どのくらい時間が経っただろうか。用意してもらったそば殻枕のごりごりとした質感が気になって眠れなかった少女は、外に出て星空を眺めようと、こっそりと布団を抜けだして外に出た。

 満天、とは言えないが、数多くの星が競うようにして夜空狭しと輝いている。大きな街中では見ることのできない美しい風景だ。


 そんな中、コメット自分の隣に何者かの気配を感じ、見回す。隣にいたのは人ではなく、ネコのグレーテルだった。

「どうしたの? あなたも眠れないの?」

――にゃあ。

「そっか。あなたも大変なんだね」

――にゃ? にゃう。

「失礼な。わたしだって恋の一つや二つ、したことあるもん」

――にゃ!?

 グレーテルは驚き、全身の毛という毛を逆立てて彼女を威嚇する。その様子に困惑した少女は、落ち着いてと、一生懸命手でグレーテルを御す。

「あぁ、ごめん。言ってなかったね。わたし、グレーテルちゃんの言っていることが分かるの。

ちょっと森の中で道に迷っちゃってさ、『力』をつかって森の動物さんたちに道を聞こうと思ったんだ」

――にゃにゃにゃ??

「うん? ”ちから”って何かって?そうだね、なんというか。そう、『魔法』みたいなもの、かな。なんでもできる、ってわけじゃないけど」

――にゃ! にゃううう! にゃにゃ!

 ”魔法”という言葉を聞くが早いか、グレーテルは少女に飛びつき、彼女の服にかりかりと爪を立てる。

 少女はグレーテルの腹部あたりをつかんで引きはがし、眼と眼が合う位置に抱き寄せた。


「んもう! やめて! やめてったらぁ! ほぉーら、いいこ、いいこ。叶えて欲しい願いがあるの?」

――にゃうう。

「本当はやっちゃいけないことなんだけど、あなたがトシ坊さんって人に頼んでわたしを助けてくれるように言ってくれたんだよね」

――にゃ……にゃう!

「だったら、わたしもあなたに恩返ししなきゃ、ね。わかりました」

少女は右手を天に掲げ、虚空の中から魔法の杖のような”バトン”を取り出すと、それをグレーテルの目の前でくるくると軽く回し、かしこまって頭を下げ、

「さぁ、願いをどうぞ。どんな願いでもひとつだけ、叶えてさしあげましょう。わたしに叶えられる願いでさえ、あれば」

――にゃあ。

「そうですか。おおせのとおりに」


 少女は願いを聞くと、バトンの先をグレーテルに向ける。そこから発せられたピンク色の光がグレーテルの体を包み込んだ。


~~~


 しかしたびびとはまほうつかいのさそいをことわり、「じぶんはこのネコのかわりにあなたをたすけただけです。おれいなら、そのネコにしてあげてください」といい、たちさってしまいました。


 まほうつかいのおんなのひとは、グレーテルのねがいをかなえるといい、まほうのつえのさきをグレーテルのほうへとむけます。


 グレーテルはうんとかんがえ、なんのねがいをかなえてもらうかをきめました。それは―――


~~~


去年の夏ごろに構想していたもの。


なんと、この時点でまだ「後編」の展開をどうするか、

全く決めておりません。


あらすじで色々と煽っておりますが、

この作品はきちんと完成するのでしょうか。

書いている本人が全く分かっておりません。


なお、作中に登場する「魔法使い」の名前は、

某魔法少女アニメに登場するものと一緒……、

というかそのままです。

本当は彼女の作品の二次創作だったのですが、

まとめきるアイデアがなくなってしまったので……。



ちゃんと後半が書き上がるように頑張ります。

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