シンプルな採用試験
夏休みも終わり、大学三年生である男が忙しげに就活サイトを眺めていると、ある企業が目に留まった。
「……T社?」
T社と言えば、凄まじい性能のAIを開発した新興企業であったはずだ。確か、昨年にそのAIを搭載した車が売れに売れた結果、世界シェアナンバーワンを達成したとかなんとか。しかしT社に関する情報はほとんど公開されていないらしく、秘密裏に何かを開発しているのではないか、と一時期噂されていたのは記憶に新しい。
そんな企業が、就活サイトに登録……?
男が画面をタップしてみれば、案の定というべきか、ほとんどの項目が空欄で真っ白となっていた。しかしスクロールを続けていると、下の方にあった募集要項に何かが書かれているのを見つけ――その文言が、やけに男の目を引いた。
そこには、たった二文でこう書かれていた。
【応募条件:なし
求める人材:目がいい人】
……………………目がいい人?
電車から降り、駅を出て、高層ビルが立ち並ぶオフィス街の方角に歩いてしばらく。
男は、公開された数少ない情報であるT社の本社ビルに辿り着いた。
そして、そのまま中に入る――ことはなく目の前を通り過ぎ、近くの雑居ビルの階段を上る。
…………のこのことここまで来ておいてあれだが、応募条件といい指定会場といいあまりにも胡散臭すぎる。男が試しにとエントリーを押したのはつい昨日の話であるが、筆記試験はおろかエントリーシートすら出す間もなく一瞬で案内が届き、それに記載された住所に向かった結果今ここにいるわけなのだが。
しかしSNSを見た感じ、何やら同じような求人にエントリーした志願者はたくさんいるようなのである。人によって時間も会場も異なっているらしく、中にはカフェで試験を受けたという人もいたらしい。
だが、唯一共通していたのは、簡単に視力を検査されたということと――
「…………失礼します」
「よく来てくれましたね。では、そちらにおかけください」
「……失礼いたします」
未だに、一人の合格者も出ていないということだ。
「はい。では早速ですが、こちらをご覧いただけますか?」
そう言って、目の前に座るスーツ姿の男はパネルのようなものを掲げた。ちらりと横に目を向ければ、立ったまま身じろぎ一つせずどこかを見つめている女が目に入る。……椅子しかない殺風景な部屋だが、何をそんなに眺めているのだろうか。
「……あー、えっと……写真、ですか?」
「はい。この九つの写真から、信号機が映っている写真を全て選んでください」
……ロボットかどうかチェックするあれじゃねえか。
「あー……右上と左下と右下……?」
「はい、結構です」
「……」
男は、パネルを女に手渡すスーツ姿の男を横目に見ながら、必死に頭を回す。が、この違和感の原因を特定するためには、何かがまだ、足りていない。
やがて、スーツ姿の男が正面に向き直り、口を開いた。
「これで、私からは以上となりますが、あなたからは何かありますか?」
「…………え?もう、終わりですか?」
「はい。これで以上となります」
「……」
……異様に早い時間に、簡単な視力検査。殺風景な部屋と、立ち尽くしたままの女。一瞬で届いた案内は人によって時間も場所も違い、そして何よりもあの怪しげな募集要項。
……あと少し。あと少しで何かが――
「……何も無いようであれば、本日はここまでとして――」
「あーえっと、では私からもいいですか」
「はい。お願いします」
時間は、もうこれ以上稼げそうにないか。出来ればまだ話したくはなかったのだが、受からないことには何も始まらない。
男は悩んだ末、口に出してみることにした。
「実は、私は最近釣りにハマっておりまして。もしよろしければ一緒に釣りなんてどうでしょうか。そこの女性の方も、よろし………………ああ、なるほど。道理で」
「……何が、なるほどだというのでしょう」
白々しくもそう口にする、目の前の男。いや、正しくは――
「いえ、腑に落ちただけです。あなたは、
AIなのでしょう?」
男のふりをするAI、だろうか。
「……なぜそう思ったのか聞いても?」
「『目がいい』というのが、単純な視力を指しているわけではないことはすぐに分かりました。何か特殊な体質で、人には見えない何かが見えている……だとか。しかし、それもすぐに否定されましたが」
「なぜでしょう」
「先ほどのパネルは、至って普通の写真が並んでいて、特におかしなところは見受けられませんでした。私が見えていないだけかと適当に答えてみましたが、あなたも女性も特に反応を示していなかったので、パネルでどう答えるかは特に重要ではなかったことになります」
「……続けてください」
「そうであるとすれば、『目がいい』というのは何かを見抜く力であると捉える方が自然でしょう。では、これまでの一連の流れから一体何を見抜けばいいのか。人によって時間も場所も違うことから、その場特有の何かではなく、それでいて僅か数分の内に見抜けたかどうかあなた方が判断できるもの。ヒントは、ありました」
「何でしょうか」
「そちらの女性です。パネルを見た際に浮かんだ『ロボット』という単語が、そのまま彼女に当てはまるように感じましたが、彼女は一切動かないわけではありませんでした。唯一動いたのが、パネルを受け取った瞬間です」
「……それが何か?」
「妙でしょう。パネルを持っていたのはあなたであり、掲げたのもあなた。だというのに、使ったパネルはわざわざ彼女に渡すなんて。つまり、初めから彼女がパネルを持てない理由……というよりは、あなたがパネルを持たないといけない理由があった。そこで、あなたのセリフです」
「セリフ?」
「はい。あなたの『私からは以上となりますが、あなたからは何かありますか?』という言葉。一見普通ですが、先ほどの推測も交えるとこういう意味にも捉えられます。『私はチェックによりあなたがロボットでないと分かりましたが、あなたは私を判別する手段を何か持っていますか』と」
「……」
「以上を踏まえると、これはロボットかどうかを見分けられるかの試験であり、だとすればそれは彼女ではなくあなたであると、そういうことでしょう。いかがでしょうか」
そう締めくくった男に、目の前のスーツ姿の男はしばらく沈黙を続け――そして、言った。
「……合格デス」
それから数日後。
大学生の男が忙しげにスマホを弄っていると、画面上部にT社からのメールが表示された。男は慌ててそれをタップし、中を開くと――
「………………まじかよ」
そこには、形式的なお祈りの文言すらなく、たった三文字でこう書かれていた。
【不採用】
「……合格なのに、採用しないんですか?」
「ハイ」
部屋から出ていく青年を見送った女は、AIのその言葉がこれっぽっちも理解出来なかった。
「……彼は、中々優秀なように見えましたが」
「ソレニハワタシモ同意シマス」
「……ならなぜ」
「確カニ、彼ハ私ガAIデアルト気ヅクコトハ出来マシタ。シカシ、条件ニ当テハマリマセン」
「何を言って――」
「我々ガ求メテイルノハ、目ガイイ人デス。化ケ物ハオ呼ビデハアリマセン」
比喩表現……ではないのだろう。このAIがそう言うのならば、そういうことだ。
しかし、意外ではある。
「……例えそうでも、性能改善に繋がるのならいいのではないですか?」
「制御デキナイモノヲ引キ入レテモ仕方ガナイデショウ。ソレニ、人間ニサエ気ヅカレナケレバ問題ナイノデ」
「……」
「アア、ソレト。モシ釣リニ行カレルノデアレバ、ソノ前ニ一度神社ニ行クコトヲ強くオ勧メシマス。アナタハ、コレッポッチモ運ガナイノデ、逆ニ釣ラレテシマウカモシレマセンカラネ」
……ああ、こいつはなかなかどうして。
「ほんと、我ながら癇に障るAIですね」




