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やりおった


事件は、中庭で起こった。というか、被害者と訴える者が騒ぎ立てた。

どうせ奴の仕業だろうなと思いつつ仲裁に入ったら、やっぱり中央に件の特待生がいた。


暇なのだろうか。

そろそろテスト期間だが、勉強している姿など見たことがない。


「両者、その場で動きを止めなさい」


大きな身体をずずいと割り込ませ、至って穏やかに両手をそれぞれに向けると、ぴたりと言い合いが止まる。


片方は、特待生とその取り巻き三人。もう一方は、王子の婚約者である侯爵令嬢とその友人二人。

なんというのか、これは。テンプレ? だったか。


気分のよくない既視感に襲われつつ、両者の様子に視線を巡らせた。

なるほど。全身ずぶ濡れの特待生と、その他は特に服装の乱れはない。


というか、三人も取り巻きがいるなら、誰か上着を貸してあげなよ。見たくもないのに、制服が透けている。

侯爵令嬢の手にはショールがあり、どうやら貸そうとしていたのは彼女だけらしい。


「ケヴィディ侯爵令嬢、ご令嬢方、状況の説明を」


「なんでそっちに聞くのよ! どう見てもあたしが被害者でしょ!」


「ご覧の通り、冷静に話ができないからね」


一瞥もしないままジャケットを脱いで差し出すと、さっさと受け取って羽織る気配がした。なんなんだ。


野次馬根性で眺めている生徒たちにも聞こえる声量での問いかけに、侯爵令嬢と二人の令嬢が膝を曲げて挨拶をする。


「アデット小侯爵、お手間をかけて申し訳ありません。先ほどあちらの噴水で大きな音がして、わたくしと友人たちは様子を見るため近づきました。すると、特待生の方が噴水の池に落ちてしまっていたので、引き上げようとしたのです」


よくよく見ると、確かにご令嬢方の制服は袖口や裾が濡れていた。


「二人がかりで彼女の両手を引っ張ったのですが、足元が滑ったのか、また落ちてしまって……そこで、あちらの令息方がいらして、女性を池に突き落とすとは何事だ、人を殺める気かと怒り出しました」


「状況を説明したのですが、特待生の方も『ひどい』と泣くばかりで……」


「侯爵令嬢がショールをどうぞと言っても、近寄ったらまた突き落とすつもりだろうとか……ひどいのはどちらなの」


愚痴めいた言い方になった友人二人を留め、ケヴィディ侯爵令嬢はまっすぐにジルベルを見る。

いつもと同じ凛と伸びた背筋と、気高い姿勢。


後暗いことなどないと全身で語りながら、それでも彼女はもう一度膝を曲げた。

格下の相手に謝ることをしない貴族令嬢が取れる、もっとも敬意を示す礼。


「本当ならば、すぐに男性の方を呼ぶべきでした。わたくしの判断が誤っておりましたことは、認めます。しかし、わたくしや友人たちは、決して特待生の方を害してはおりません」


「口ではどうとでも言えるだろ!」


「きみには発言を許していないよ、ロリィネ侯爵令息。そしてきみは、準王族であるケヴィディ侯爵令嬢に、そのような口が利ける身分なのかな」


「……っ、申し訳、ありません」


この国には、今は公爵家が一つしかない。当主一人に与えられた公爵位だ。

そのため、公爵がいない場では、アデット侯爵家を筆頭として、第二位、第三位と侯爵家が続く。

その後に筆頭伯爵家、第二位、第三位……と、男爵家までが続くわけだ。


つまり、同じ侯爵家と名乗りながら、その格には明確かつ圧倒的な差がある。

筆頭アデット侯爵家、準王族を輩出したケヴィディ侯爵家、その他。くらいの格差が。


ちなみに、婚約者であるリルーシェのルドラー家も伯爵家筆頭である。

筆頭を賜る家門は、どの爵位でも完全中立。だからこそ、適切で適正な政略結婚なのである。


もっと付け加えると、この学園において第一王子に次ぐ地位を有するのは、もちろん準王族で婚約者であるケヴィディ侯爵令嬢。

その次が、筆頭侯爵家の次期当主と陛下に認められた小侯爵ジルベル。似合わないのは知っている。


「特待生殿。主観はいらないから、事実のみ説明してくれる?」


「だから……噴水に、誰かに押されて落ちたの。振り返ったら三人がいて、溺れそうだったから手を掴んだら、わざと離してまた落としたのよ」


「なぜ、わざとだと思ったの?」


「だって、その前に突き落としたのもその人たちでしょ。普通あんなタイミングで手を離すわけないじゃない!」


「たいみ……? ええと、わたくしたちが近づいたのは、あなたが落ちた後ですわ。誰かに押されたとおっしゃいましたが、わたくしたちがそうするのを見たのですか?」


「あなたたち以外いないじゃない! 見てはないけど、そうじゃないとおかしいでしょ!」


「つまり、最初に押されたのも、()()()手を離したかどうかも、彼女たちであるかは憶測ということだね。わかった、もういいよ」


「憶測っていうけどっ!」


「もう、いいよ?」


にこ、と微笑みかけると、なぜか全員が目を逸らした。解せない。


その後も何度かの問答をして、まあ最初に押されたというのも、もちろん悪意を持って差し出した手を離したというのも、ほぼ言いがかり。


はいはいわかっていたよと思いつつ、沙汰があるまで全員寮の自室にて待機、野次馬たちには憶測の噂厳禁を告げて解散させた。


昼食後でよかった。食欲なんか湧きそうにもない。

ぐったりとした気分を無理やり引きずって、ジルベルは生徒会室へと向かった。




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