綺麗なものと彼女は別格
珍しく気が立っていたな、とクラスメイトに肩を叩かれて、ジルベルは苦笑した。
我ながら、昼食時に大勢の前で話すべきではなかったと思う。
けれど。
「彼女の発言を聞いている者が、たくさんいたからねえ」
普段通り微笑んで見せれば、クラス中がほっと息を吐いたのがわかる。
そんなに怖かっただろうか。やっぱり、身体が大きいと威圧的になるのか。
「まあなんつーか、あれだな。ジルベルが言い返さなかったら、だいぶ荒れただろうな」
気安く肩を叩く彼は、アデット侯爵領の隣に位置する伯爵領の子息で、幼馴染のような関係だ。
学園で再会してからは、同じクラスで切磋琢磨してきた。
「みんなの誇りを傷つけられたままではね。ちょっと黙っていられないよね」
哀れむ、というのは、貴族にとって侮辱だ。
それを平民出身の特待生が、あろうことか衆目の中、結構な声量で発言してしまった。
本人に意図があってもなくても、受け取る側が貴族である以上、それ以外の意味を持たない。
訂正するなら、ジルベルは別に怒っていない。
そもそも、平民の言葉一つに腹を立てて言い合いをしたりはしない。
ただ、自身と周囲にいるすべての貴族子女の誇りのために、会話を続けただけだ。
今後、今日のことが彼女を切り捨てる結果につながったとしても、致し方ないと思っている。
大勢と個人を比べ、大勢を選択するのが上に立つ人間。
侯爵家の後継として教育されてきたジルベルにとって、どちらを選ぶか二択ですらなかっただけのこと。
そっと息を吐き出し、ジルベルは程よいところで場を離れた。
旧校舎の元庭園、眺める者がいなくとも綺麗に整えられた小さな池の畔で、ジルベルは大きく深呼吸をした。
物音は遠く、喧騒は別世界。
ついこの前見つけたこの場所は、もっと早く出会っておきたかったと心底惜しまれる。
小さな池と木々と鳥の囀り。
傍らの古くも手入れされたベンチに寝転がると、膝から下がはみ出てしまったけれど、真上には太陽の光をちらちらと覗かせる瑞々しい葉。
「綺麗だなあ……」
呼吸がしやすい。
別に、普段が息苦しいわけじゃない。賑々しく人に囲まれて過ごすのは、貴族の常だ。
ただ、ほんの一時、呼吸の仕方を思い出すことが、ジルベルにとってとても大切だった。
「あの特待生、あからさまにヒロインだよねえ……しかも、たぶんガッツリ転生者」
時々耳慣れない、しかしひどく既視感のある言語を話す。
これ何のバグ? とか、ヒロインに説教とか何イベント? とか。
聞こえていないと思っているのだろうが、覚えのある言語はなぜか浮かび上がるように聞き取れた。
外見もそうだが、普段ジルベルや王子以外にも、高位貴族の見目のよい男性とばかり一緒にいる。
計算し尽くされた仕草や表情、言葉選び、話し方、内容。
おそらくジルベルと相対する時が、もっとも素に近い彼女なのだろう。
乙女ゲームなのか漫画なのか小説なのかは、まったくわからない。
ただ、彼女が何かしらの作品のヒロイン、または前世の記憶を持ったヒロイン志望者なのは確かだ。
そして、おそらくほぼ確実に、第一王子であるライオスは対象者の一人と目されている。
ジルベルは不明。見目も体格もそれなり、飛び抜けた天才でもないから、ただ話す機会が多いだけかもしれない。
頭を振って脳内から桃色を消し、大事に懐に入れておいた手紙を開く。
だらけながらで申し訳ないが、届いたばかりの手紙を読むことを、朝からずっと楽しみにしていたのだ。
前回、毎度毎度王子に突撃してくる桃色の弾丸がいると書いた。
少々冗談めかして、深刻に捉えられないよう細心の注意を払って。
だというのに。
「あー……もう……」
熱くなる目元を腕で覆い、ぐっと唇を噛む。
────どうしてあなたはいつも、欲しい言葉がわかるのだろう。
欲しいだなんて求めていなかった、自分でも気づかなかった本音を、いつだって拾い上げてしまう。
〝 友の盾となるあなたの盾となるため、私がおります。共に歩んでまいりましょう。すぐに会いにいきます。 〟
丁寧に、ことさら丁重に書かれたとわかる美しい文字が、彼女の心を届ける。
守られるだけなのも、盾になられ過ぎるのも嫌だ。
歩幅を合わせて、肩を並べて、時には背中合わせでゆきたいのだ。長い人生、死ぬまで。
まっすぐにそうと書いたことはないのに、彼女はいつもわかっていますよと伝えてくれる。
女性は、男性の一歩後ろに控えるもの。
そんな価値観が根強い中、ジルベルがそれを理想としていないことを、なぜかいつの間にか知っていた。
「ほんとにさあ……僕はあなたが好きだよ。リルーシェ」
毎日のように顔を合わせていた時は、まだ気づけなかった幼すぎる恋。
離れて心を文字にして伝える年月を重ねるごと、会えずとも気持ちが強くなっていく。
もうすぐだ。もうすぐ、一年も経たず、また会える。
今度こそずっと一緒、人生を共にと誓うのだ。
長い長い人生の、たった五年を互いのため離れただけ。
これから先は、ずっと共にいられる。
その時は、ちゃんと顔を見て心を伝えよう。




