真面目なお説教もできますよ
件の特待生と昼食を共に摂ることになったのは、偶然が重なり合った不運な日。
補佐の令嬢がたまたま二人揃って不在で、普段なら数人は集まるのに、たまたま少ない課題やら訓練が入り。
少し遅れて食堂に行くと、ぽつんと座る特待生のテーブルだけが空いていた。
さすがに見ない振りをするわけにいかず、同席したというわけだ。
朝から約束していたライオスは、大層がっかりしていた。
お詫びに、放課後にカフェにでも誘おうと思いつつ、彼の分もまとめてジルベルが注文を取った。
「あのっ! 王子様って、」
「王子様ではなく〝殿下〟。淑女科なのだから、学びは実践しなさい」
「わっ! あたしの選択科目まで知っててくれた!」
「特待生の管理は生徒会の役割だからね」
「生徒会には、婚約者も一緒なんですか?」
なんか一気に距離を詰められる。
ライオスのために頼んだランチセットを一口ずつ食べながら、ジルベルの眉間にかすかな皺が寄った。
「特に制約はないよ」
「えーっ、寂しがりません? 生徒会、忙しそうなのに」
そう思うなら、余計な仕事を増やさないでもらえないだろうか。
すべてに口を付け終えたジルベルは、特に返事をせずライオスの前へとトレイを滑らせる。
「えっ、今の毒味!? すごっ! 初めて見た!」
「食事中のマナーは習っていないかな?」
「習いました! でも、こんな機会なかなかないし!」
生徒会以外の者がいる場では、基本的にライオスは前に出ない。
それは王子という身分が強い権力を持つゆえで、他者への影響を与える場を選ぶためでもある。
「婚約って、政略結婚ですか? 貴族はそうって聞いたことあります」
「そうだね」
「なんか可哀想……好きな人と結婚できないんでしょ?」
「できるよ」
妙に粘度のある特待生の言葉を、ジルベルは素っ気なく遮った。
なぜ驚いた顔をするのか。ライオスを見れば、ただ柔らかい瞳が見返している。
「身分を捨てればいい」
端的なジルベルのひと言に、声が聞こえる範囲にいたみなの背中が伸びた。
普段、柔らかく穏やかな人だ。言葉選びも優しい。
今だって決して突き放すわけではないが、緊張を誘う程度には冷えている。
「好き勝手したいなら、得ている恩恵を捨てればいい。できないなら、家のために婚姻して、政略の相手を愛せばいい。単純でしょう?」
「で、でも、家族まで捨てなきゃいけないとか……」
「好きな人と添い遂げたいんだよね? 婚姻して家族になれるじゃない」
「だけど、でも、仕事しないと」
「そうだね。民も貴族も王族も、人間はみな働いて糧を得るんだよ」
「き、貴族のままじゃ、好きな人と結婚しちゃいけないの?」
「好きな人の身分と後ろ盾によるかな」
「……結局、身分?」
「貴族である以上、家門や国のために尽くすのが義務だからね。婚姻は手段の一つだよ。きみが何を言いたいか、だいたいわかった気がするけど、少なくとも高位貴族以上はやめなさい」
分不相応な縁を夢見るのは、特待生あるあるだ。
貴族ですら、恋や愛で道を踏み外すことは珍しいことではない。
下位貴族なら、家によってはまあ、平民でも望めるだろう。
不満げな特待生に微笑み、ジルベルはカトラリーを置く。
カチリと、あえて音を立てた。
「哀れまれる謂れはない。我々の肩には、何百何千という民の人生が乗っている。王族は国中の何万という命を背負っている。誇りこそあれど、哀れみなどというものは、不当だ」
「……」
「貴族がなぜ学び、なぜ着飾り、なぜ集うのか。知りたいなら調べなさい。王政とは何かを知りなさい。学ぶ場は与えられたのだから」
「そう、……ですけど。学園だって、庶民はほとんど行けないし」
「学園の運営資金は、ほとんどが国庫からの税じゃない。王族の私財、伯爵以上の家門は一定以上の寄付金と人材派遣、伯爵以下の家門は寄付金もしくは物資などの提供。その上で、特待生は実力ゆえにすべてが免除されている。これ以上は可分と思わない?」
「……庶民は、学べないもの」
「庶民向けの学び舎があるでしょう。王家が主導し、各領地の領主には設置が義務づけられているよ。こちらは寄付金も不要だし、下位貴族の二番目以降の子も通ったりするよ」
「……でも、就職先も狭いし」
ふ、と思わず漏れてしまった笑みは、我ながら冷たかったと思う。
「今のきみを見てわからない? 振る舞いや言葉遣い、マナーと教養。身につければ選択肢は広がり、身にならないなら狭まる。当たり前の話だよね」
見てごらん、とホールを監督する執事服の女性を手のひらで指す。ぴしりと整った制服と、無駄のない所作。
それだけで、その人がどれほど努力したのか一目瞭然だ。
「彼女は男爵家の三女だよ。きみと同じく特待生として入学し首席で卒業した、執事科のエース。今は私たち生徒のため、幅広い仕事を任されている。立ち姿まで美しいでしょう」
「……」
「特待生とは、庶民向けの学び舎では収まらない器を持つ者を拾い上げる制度だよ。外交も国政も家門同士のつながりも一切できない者を、それでも個々の将来に期待して、王族と貴族の力で育てる制度。慈善事業じゃあない」
「……」
「入学後の条件は、多少の差異はあれど貴族も特待生も同じ。著しく成績を落としたり、素行不良などがあれば、即日退学。これには身分も後ろ盾も関係ない。学ばない者を置いておく必要はないからね。たとえ王族でも退学になるよ」
これは本当。過去、一度だけ王族からも退学者が出た。数代前だが。
権威回復のため、王家が大変な努力を強いられたのは想像に難くない。ライオスも苦笑している。
「きみに求めることは、一つだけ。己を知り、学びなさい。せっかくここまでたどり着けたのだから」
愛だの恋だのと浮かれるのは、今ではないはずだ。




