お姫様くらいに大事なのです
「……うっすら、なんとなく、妙な気がするんだよねえ」
実はジルベルは、自分を『うっすら転生者』と自認していた。
というのも、幼い頃から時折り既視感のようなものを覚えるだけの、本当に『うっすら』の記憶だけだ。
たとえば、建設中の別邸を眺めながら『上下に移動できる便利な鉄の箱があったな』とか。
馬車に乗りながら『スプリングがないとこんなに揺れるんだな』とか。
学園に来て『中世風なのに学園なのは異世界感を出すためかな』とか。
そういう、ふとした時にふとした既視感と共に感想を持つだけで、それ以上の情報は何もない。
見たことも聞いたことも作ったこともないものを、ただ知識として思い出す。
一瞬だけ考えて、すぐに忘れる程度のものだ。なので、『うっすら転生者』。
転生者だからできることが増えるわけでも、人格や行動に変化があるわけでもない。
けれど、ここ最近の既視感は割と頻度が高く、特待生と接している時に感じることが多かった。
特に、先ほどの平民出身の特待生。
髪や目の色も、この国じゃ別に珍しいものでもないのだが、なんとなく、言動に違和感がある。
飲み込めない石を口に含んでいるような、なんとも形容しがたい曖昧な感覚なのだけれど。
「ライオス、しばらくは一緒にいましょう。お互いスケジュールに余裕ありますしね」
「それはいいな」
ちょっと嬉しそうに目尻を緩める美貌の君に、ジルベルもやっと表情をほどいた。
「きゃーっ!」
華やかな悲鳴を上げながら進路を塞ぐように飛び出た影が激突しようとするのを、ジルベルは華奢な身体を後ろから包むようにして阻止した。
ライオスから一メートルほどの距離を開けて、びたん、と床に転んだのは令嬢。
パステルピンクの髪、すぐに潤む同色の瞳。
最近、ジルベルや王子の付近に出没しがちな特待生だ。
紳士の礼儀として、他の友人らに令嬢に手を差し伸べるよう合図しながら、ゆっくりと数歩後ろに下がった。
抱きしめられた形になっているライオスも一緒に下がり、特待生の視線を遮るため、ジルベルが前方に回り込む。
「痛いところなどはありませんか?」
柔らかく問いかけると、どこか拗ねた様子の美麗な顔がそっぽを向く。
「ない。……だが、私ももう幼子ではない。おまえほどではなくとも、背も伸びた」
「ええ。大きくなられましたよね」
上背も厚みも飛び抜けているジルベルと比べてしまうと、すらりとした体躯の彼を『華奢』と思ってしまうのは仕方ない。
それに、力がかなり強いため、できるだけ腕などの一部分を捕まえないようにもしている。怪我をさせないためだ。
なので、ライオスとてジルベルが可能な限りの対処をしたとは理解しているが、同じ歳の男に容易くすっぽり覆われては、少々複雑だ。
ジルベルは、大柄な見かけに反して、柔和な性格が顔立ちにも現れている。
滅多に……というか、ジルベルの負の感情というものを、ライオスを始めみな見たことがない。
常に穏やかで冷静で、物腰は柔らかく口調も優しい。
ただ、ものすごくでかくて厚みがあるだけで。
もちろんジルベルは女生徒たちの憧れの的だったが、彼自身が婚約者から贈られた物を常に身につけ、手紙を大切そうに読んでいるため、直接的なアプローチはなかった。
「殿下」
少し離れた場所から聞こえる特待生の泣き声や、宥めようとする友人たちの声を聞きながら、ジルベルが声を潜める。
自然、ライオスも身を寄せて耳を傾けたが、なぜか周囲の空気がそわっと揺れた気がした。気のせいだろうか。
「あの特待生、廊下の曲がり角で待機していたようです」
「……やはり故意か」
「おそらく」
王子たる者、ハニートラップ的な刺客は多い。
うんざりとため息をつくライオスの肩から腕を、ゆっくりと大きな手が何度も柔らかくさすり、逆立つ気持ちを落ち着けてくれる。
「婚約者にも、報告しておくことをお勧めいたします」
「必要か? 変に心配させるだけでは」
「いいえ。万が一、殿下と特待生が鉢合わせたとして、何も知らなければ余計に不安です。殿下が警戒なさっていると知っていた方が、婚約者も冷静でいられるのではないでしょうか」
「……なるほど。そうか、そうかもしれないな」
万一、婚約者に妙なアプローチをしている男がいたとして、何も知らない状態で向かい合う二人を見ては、確かにドキリとしてしまう。
淑女の笑みを浮かべながらも困っている、ということを知って初めて、彼女の欲しい助けをあげられる気がする。
きっと婚約者にとってもそうなのだなと理解し、ライオスはこちらを見下ろす新緑のような瞳を見上げた。
ジルベルが首を傾げれば、ふわふわした黄金の毛先が揺れる。
「感謝する。婚約者に先触れを」
「承知しました」
胸元から便箋とペンを取り出し、ジルベルが差し出してくれた腕の上でさらりと日時と場所を記す。
会えることを楽しみにしている、とひと言付け加えるようになったのは、明らかに目の前の男の影響だった。




