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【番外】愛妻家たちの苦悩 3


王妃カレンデュラが産気づいてから、すでに丸一日が経過していた。

王宮の上層部は、浮き足立つ心を隠して平静を保つような妙な静けさを漂わせながら、予定通りの執務を淡々とこなす。


国政を担う国王ライオスの前に、友ジルベルが姿を見せたのはそんな折。

会議中の場に突然入室の許可を求めた彼は、至って普段通りに微笑みを称え、ゆったりとした足取りでライオスに向かい合った。


「アデット侯爵家当主名代ジルベルが、陛下のご判断を仰ぐためまいりました」


いつも通りの、ほわほわと穏やかな口調が告げた。

己の右の小指に嵌めたシグネットリングを外し、こつりと小さな音と共にテーブルに置く。


瞬間、その場にいた全員が席を立った。みな急ぎ足で会議室を出て行く。

残ったのは専属の近衛と、ジルベルに声をかけられた宰相とケヴィディ侯爵。


利き手でない方の手のひらを晒し、剣を穿いた時の柄の位置に当て、右手は胸に。

己の立場を賭け、必要があらば主に楯突く覚悟と、その覚悟を承知の上での対話を求める作法。

それは、中立を誓うかの家門が国王に資質を問うものだ。


場の空気が一瞬にして凍え、ほわりとあたたかみのある彼の笑みが、ひどく異彩を放つ。


「妃殿下と御子のご容体に関し、医務官より進言がありました。今後、どちらかを選択せざるを得ない状況に陥る可能性があるとのこと」


ジルベルの表情は、普段と何一つ違わない。表情も声音も仕草も、すべてが自然体。

ただ、新緑の瞳だけが、温度を窺わせない。


「陛下におかれましては、万一の際のご指示をいただきたく存じます」


ライオスは表情を変えず、ただ、一つ瞬きを返した。

荒れ狂う心の暴走を必死に押さえつけ、努めて冷静さを保つ。


ひたすら冷徹に無慈悲に、欠片の心も乗せない新緑が、くまなく挙動を観察している。

穏やかで柔らかな彼が持つこんな一面を、ライオスは心強く思っている。────そして、恐ろしいとも。


不要なものを切り捨てる強さは、そう容易く身につけられるものではない。

常に穏やかで優しい人だ。同時に、誰に対しても等しく公平な視点を持ち、必要があれば力を奮う容赦のなさがある。


中立である彼を味方にしたいなら、ライオスこそが正しくあらねばならない。

強く、強く、拳を握りしめた。内心の激情を力技でねじ伏せ、ライオスは静かに宣言する。


「万一の際は、後継たる御子を優先せよ。ただし、双方の無事が最優先事項である」


「ご命令、確かに賜りました」


何一つ変わらず微笑んで頭を下げたジルベルの手が腰を離れ、テーブルに置いたシグネットリングを嵌め直す。

再び深く礼をとった彼は、即座に場を辞した。


どっと、一気に背中から汗が吹き出す。

答えは最初から決まっていた。というより、それを聞くためにジルベルが来たのだ。

心情に左右されず、国にとって最善を選ぶことができる主君であるか否か、見定めるために。


直立不動で気配を消していたケヴィディ侯爵と宰相が、思わずといったふうに息をつく。

気持ち的には、ライオスも同様だ。心底恐ろしかった。


「……陛下。我が娘の誇りを守ってくださり、感謝申し上げます」


王妃の実父であるケヴィディ侯爵の心情も、本当はそれだけではないだろう。娘を案じ、動揺もあるはずだ。

それでも、第二位の侯爵家当主として口にできることは、そう多くはない。


妃の状況を詳しく知りたいが、ジルベルが語らなかったということは、その猶予がないほどの事態ということだ。

心臓は相変わらず激しく波打っているが、ライオスはこの国を背負う国王。今は、堪えるしかない。


「失礼いたします。アデット侯爵名代のご指示により、陛下のお手当てにまいりました」


不意に、控えめな声がかけられて、はっと顔を向ける。

立っている執事は確か、妃の近くに控える者だったはずだ。


「……アデット侯爵名代が?」


「はい。大袈裟にはなさりたくないはずと、私が命じられてまいりました。お手に触れてもよろしいでしょうか」


手? なんのことだと自分の両手に視線を落とすと、強く握りしめたせいで手のひらに血が滲んでいた。

宰相とケヴィディ侯爵が息を呑み、ライオスは絶句する。


────ジル……本当に、おまえは。


どれほど表面には見せなくとも、心臓を捻られるほどの緊張を強いられたのは、お互い様だったはずだ。

いや、立場的なことを言うならば、主君と相対したジルベルの方が負担は大きかったはず。


なのに、ライオスのわずかな仕草や心情を読み取り、わざわざ妃の近くにいる者を寄越したのか。


彼だって、奥方がいつ産気づいてもおかしくない時期で、可能な限り帰宅していることを知っている。

会えば話すのは妻のことばかりで、出産への不安も動揺も希望も、一緒に語り合ってきた。


大きく深呼吸をして、平常を取り戻す。

揺らいではいけない。揺らぐわけにはいかない。王が揺らいだ時に国がどれほど危機を孕むか、父の時に思い知った。


冷静に、公平に、正しく。

そうあるため国に尽くすライオスの隣には妃が、そしてジルベルがいる。


王は、国の柱である。




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