もんのすごい美人と出会った
入学して気づいたことだが、ジルベルは同学年の中で飛び抜けて背が高く、また身体にも厚みがある。
ひと言で言うなら、ごつい。
領地をあちこち駆け回っていたジルベルは日に焼けており、領民たちと鉱山に潜ったり畑を耕したりしていたお陰か、純粋に力も強かった。
剣やら体術やらは嗜み程度には身についているし、馬は領地での移動手段だったので得意。
まあつまり、領地経営コースを選択した途端、騎士科から落胆の声が上がるほどには屈強な身体つきをしている。
いつも領民や弟妹、婚約者とばかり一緒にいたから、彼らより逞しいのは普通だと思っていた。
熱心に騎士科を勧められたが、嫡男が騎士になるわけにはいかない。
たまの鍛錬に顔を出す程度ならと言うと、それだけでも大喜びされた。よくわからない。
アデット侯爵家も、婚約者のルドラー伯爵家も、完全中立派として領地経営に注力する家系だ。
元々、王都のタウンハウスには、社交シーズンくらいしか訪れない。
今は学園があるため、父とジルベルだけが王都に来ている。
父は領地経営の他、ジルベルの学園入学から末の妹の卒業までの期間のみ、以前いた王宮監理部の教育を担うらしい。
後継教育も並行するため、ジルベルも気合いが入っている。
そして、目下の困り事といえば。
「なぜそうも頑ななのだ? 学園にいる間だけでよい。私の側近になってほしい」
同学年の第一王子、卒業と同時期に立太子すると目されるお方が、ジルベルを何度も訪ねて来ることだ。
どうやら王家は、幼少からの〝遊び相手〟は親が決めるものの、王位に近いほど側近は自ら選ぶ方針らしい。
聞けば、年長の側近はいるものの、今傍に置いているのは〝友人〟のみ。
友人がそのまま側近になることもあるが、そう多いことでもないという。
人を見る目を試しているのか、それこそが立太子への条件なのか。やはりよくわからない。
「我が家は中立派ですので……」
寮生活なので、父に方針を尋ねる手紙は出しているが、まだ返事がない。
正直、中央の政治的何やらに関わりたくない。家門としても、関わるわけにはいかない。
「学園の間でいい。その後の進路を阻むことはしないし、急用でもないのに呼び立てることもない」
じゃあ、なんでわざわざ期間限定の側近?
上手く理解できていないジルベルに気づいたのか、未だ少年の面影を色濃く残す幼げな青年が考え込む。
さら、とまっすぐ癖のない黒髪が、白皙の肌を撫でる。
ジルベルは遠慮なく、向かい合うご尊顔をまじまじ眺めた。
少し神経質そうに表情は硬いが、それもまた怜悧な雰囲気に似合っている。
王家にしか生まれない漆黒の髪。白皙の肌はすべらかで、長いまつ毛が頬に影を作るほど。
ふと顔を上げた王子の深淵の夜空色の瞳には、星のような輝きがきらきら舞っている。
「……どうした?」
「綺麗だなあって見ていたのです」
笑って言うと、固まった白皙の頬がうっすら色づいた。
鋭い吊り気味の目の端も赤い。
「お、……まえ、恥ずかしくないのか」
「いえ、特には」
陽を反射する緑の葉とか、雨上がりの水溜まりに映る虹とか、丘の上で葉の匂いを嗅ぎながら見下ろす街とか。
ジルベルにとって、綺麗なもの、は格別だ。
「ごほっ。と、とにかく、側近というのは、いわゆる〝友人〟よりも内側に入ると思ってくれていい。大きな声では言えないが、」
ちらりと周囲に人がいないことを確認して、王子がちょい、と指で呼ぶ。
その仕草もまたぴったり似合っていて、ジルベルは笑みこぼれながら耳を寄せた。
「……取り巻きとは、一線を画すのが〝側近〟だと、私は考えている」
「なるほど」
確かに、王子という身分上、取り巻きはいるだろう。それも大量に湧く。
こそこそと教室の隅で身を寄せ合いながら、ジルベルは考える。
王子はどうやら、王家にも派閥にも属さない、フラットな人間を欲している。
信頼関係はこれから築く段階だが、それでも声をかけたいと思う何かを、ジルベルのいずこかに見出したのだろう。
学園期間のみといっても、卒業して社交界に出ることはもちろんある。
王宮で傍にいなくても、いざという時に切り札になり得る関係性を、ジルベルと築きたいのだ。
「一度、父と相談しますが……これは、家門ではなく、私へのご依頼ですね?」
「そうだ。……本当は、もっと単純な動機なんだ」
「ふふ。光栄です」
王子でさえなければ、名門侯爵家の嫡男でさえなければ、友達になりたいのひと言で済む。
けれど、自分たちにはそれなりの名目と、責任が必要だから。
「よい返事ができるよう尽力します」




