美人はもちろん怒っても美人
美青年の冷笑は、それはもう禁忌的な美しさだった。
「茶番だ。だが、理由づけになるな?」
「……でも、侮辱だ」
「もちろんだ。我が婚約者への侮辱は、私へのそれだろう?」
「わかった」
つまり、すっこんでいろということか。ジルベルは即座に頷いた。
かっこいいが過ぎる。しかもめちゃくちゃ美人。最高かよ。
その間にも、茶番劇は進展を見せており。
取り巻きのうち二人が、ケヴィディ侯爵令嬢の友人令嬢たちと婚約破棄するだの。
殺人未遂をした者が未来の王妃でいいのかだの、それはもう不敬も裸足で逃げ出す発言の数々。
盛りだくさん過ぎて、パーティー前なのにお腹いっぱいになってきた。
延々と見続けるのも苦痛で、手持ち無沙汰にライオスの正装のボタンをいじってみたり、婚約者の目の色のピアスを触ってみたり、漆黒の髪をくすぐってみたり。
「……ふっ」
吹き出したのは、ライオスの友人二人。徐々に周囲に伝播する。
肩を震わせて必死に耐えているが、何かおかしなことでもあったのだろうか。確かに、茶番劇は震えるほど滑稽だが。
「ジル、聞いているか?」
「聞こえているよ。今すぐ潰したいくらいだ」
そうしちゃいけないと言われたから、こうして衝動を堪えるために触れているわけで。
ライオスを傷つけることは絶対ないので、ジルベルは彼に触れている時がもっとも安全なのだ。
下手に身体が大きくて力が強いから、感情が乗るとどんな威力になるかわからない。
暴力的なことは好きじゃない。本当は、威圧的な空気もちょっとした諍いだって好まない。
そうせざるを得ない立場にあり、そうせざるを得ない状況になれば、躊躇いなく奮う覚悟はとうにある。
でも、元々好戦的な性分じゃない。平穏が一番いい。
だから、ライオスの隣は居心地がいい。
過度に立場を意識するでも、あえて権力を見せるでも、わざわざ隠し立てするでもないから。
彼に触れるジルベルの手は、たぶん世界で一番優しい。
これからは、リルーシェに触れるそれが一番になりたい。
「言っておくが」
ジルベルの限界を察したのか、ライオスがそのままの体勢で声を上げた。
張り上げたわけでもないのに、不思議とその声は会場中に響いた。
瞬く間に空気が塗り替えられ、一瞬にして舞台の中心がライオスになる。
スポットライトが当てられたように、全員の目が輝かんばかりの王子に集まる。
圧倒的な存在感。圧倒的な貫禄。圧倒的な屈服。
これこそが我が主君と、誰もが膝を折りたくなるほどに。
夜空の星の瞳が怜悧に輝きを放ち、わずかに傾げた首を流れる髪の一本すら光を集めた。
「我が婚約者への侮辱、私がすべて買おう」
くすり、麗人の赤い唇が嗤う。
「我が婚約者は未来の王妃、次期国王たる私の最愛であり、国の宝である」
公的に宣言するということは、これが事実、国王陛下の決定であることを示す。
つい昨日、貴族家当主に公表された事実。
ライオスは立太子され、ケヴィディ侯爵令嬢は次期王妃となることが正式に決まった。
半年後には婚姻し、王太子夫妻となる。
単なる準王族、侯爵令嬢への侮辱ではない。
王太子ライオス、ひいては王族への侮辱なのだ。
「我が至宝を侮辱するとは、さて。何の罪であろうな?」
どこか楽しそうに、気持ちよさそうに笑うライオスが体重を預け、ジルベルは喜んで壁になった。
「私とカレンの身は、王家の影が知っている。陛下の命令にしか従わず、誰の懐柔も敵わぬ我が国最強の影がな。どちらに偽りがあるかなど、すぐに明かされる」
「な、あ、ちが、」
「そもそも、昨日は立太子の式典と儀式のため、カレンはずっと王宮にいた。一昨日から今日まで、王宮に与えた私室に泊まり込みでな」
「えっ? でも、だって……」
「言い訳も申し開きも不要。パーティーの邪魔だ、あれらを連れ出せ」
ひらりと振られた白い手に従い、騎士たちが舞台上の四人を拘束する。
なんとか逃れようともがく特待生の目が、なぜかジルベルに向いた。
「あっ、ちょっ、ジルベル様! 本当なんだって! 助けてよ! あなた、転生者でしょ! 日本人でしょ!? 同郷の仲間を助けてよ!!」
そんな、ことより。そんなことより。
ジルベルの視線は、入口のただ一点から動かせなかった。
鼓動が身体中で暴れて、呼吸が浅くなって、震えて、でもほんの一瞬も逸らせない。
「ジル」
腰に当てた大きな手を、ぽんぽんとライオスが優しく叩く。
「行っておいで」
瞬間、ジルベルは駆け出していた。
驚く卒業生の隙間を抜き、自慢の脚力で、ただ一人を目指して。




