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争点地区

争点地区の入口は、妙に静かだった。


静かなのに、空気は張っている。


張っているのに、殺気じゃない。


――期待だ。


緩衝地帯の街づくりは、今日も表通りで音を立てている。


木材。釘。縄。桶。配給列。修繕所。


誰でも参加できる仕事が増えて、誰でも「進捗」を持てるようになった。


その横に、もう一つの世界が生まれている。


管理が薄い場所。


実効支配が低い場所。


だからこそ、ルールを引かなければ事故になる場所。


そこが、争点地区だった。


入口の掲示板は大きい。


派手に煽る言葉はない。


代わりに、現場のための文字が並んでいる。


『危険度:黄(推奨:2人以上)』


『許可行為:正規兵との交戦/許可任務内の破壊・奪取/妨害サボタージュ


『禁則:民間人・非戦闘NPCへの攻撃/作戦外破壊/区域外での武器使用』


『救助:倒れた者は“救助対象”。追撃禁止。救助妨害はレッドネーム』


書き方が、ゲームっぽい。


でも、その“不格好さ”が逆に効く。


ここは戦場じゃない。


コンテンツだ。


コンテンツは、事故らせない方が面白い。


掲示板の前に、二つの気配が並んでいた。


片方は、共存派の気配。


荷物は軽い。


装備もまちまち。


のんびりした服装のまま、弁当みたいな包みを持っている者もいる。


「ここ、見学だけでもいいんだ」


「救助ポイントも入るって書いてある」


「巡回って、歩くだけでいいのか?」


間口が広い。


“遊べる入口”が、ちゃんと低い。


もう片方は、主戦派の気配。


軽装なのに、無駄がない。


靴紐の結び目まで、戦うためにある。


言葉は少ない。


少ないのに、目が合うだけで分かる。


――高難度。


制約が多いほど燃える。


抜け道があるほど面白い。


許された範囲で、どれだけ上手くやれるか。


玄人向けの遊びが、ここに置かれている。


共存派の若いプレイヤーが、隣の主戦派をちらりと見た。


怖がる視線じゃない。


見物の視線でもない。


「……あの人ら、あれで“遊んでる”んだな」


言葉は感心に近い。


羨望でも、嫌悪でもない。


ただ、理解だ。


主戦派の一人が、肩をすくめた。


馬鹿にした仕草じゃない。


温度を落とすための仕草だ。


「遊びだよ」


「ただ、遊び方が重いだけだ」


共存派の側で、笑いが起きる。


軽い笑いだ。


軽い笑いが、緊張を噛み砕く。


その瞬間、争点地区の中から、金属の音がした。


剣と剣がぶつかる音じゃない。


盾の縁が石に当たる音。


足場板が落ちる音。


誰かが走って、止まる音。


“任務”が動いている。


共存派の掲示板には、別の紙が貼ってあった。


『今日のおすすめ』


- のんびり:巡回/配給の護衛(危険度 低)

- ふつう:資材回収/救助(危険度 中)

- しっかり:争点地区の修繕/壁設営(危険度 中〜高)

- ガチ:主戦派ロールの妨害・迎撃(危険度 高)


選べる。


選べるだけで、人は折れない。


生活がしたい人は、生活のまま参加できる。


仕事がしたい人は、仕事のまま参加できる。


戦いたい人は、戦うための枠がある。


見たい人は、見て学べる。


“人生”のまま遊べる。


モリは少し離れた場所で、その交点を見ていた。


交点というのは、ぶつかる場所じゃない。


噛み合う場所だ。


共存派が作る列と、主戦派が探す穴。


共存派が回収する資材と、主戦派が狙う補給の薄い瞬間。


共存派が救助する手順と、主戦派が“追撃できない”制約。


全部が、ひとつの盤面に乗っている。


盤面に乗った時点で、火は地下で腐らない。


地下で腐らない火は、ただの刃じゃなくなる。


刃は、役割になる。


役割は、報酬になる。


報酬は、遊びになる。


そして遊びは――世界を広げる。


「ねえ、行く?」


共存派の誰かが言う。


声は軽い。


「今日は“救助”やってみたい」


「俺は巡回。のんびりでいい」


「……俺は、ガチ寄り。あの人らの動き、見たい」


選び方が、全部違う。


違うのに、同じ入口から入れる。


そのことが、たぶんいちばん新しい。


主戦派の一団が、掲示板から目を上げた。


目が合う。


敵対じゃない。


確認だ。


――ここは、戦う場所で、暮らす場所だ。


共存派の一人が、遠慮がちに手を挙げた。


「……その、ガチの人ら。救助って、邪魔したら駄目なんだよね?」


主戦派が頷く。


「駄目」


「救助を邪魔したら、ゲームが終わる」


「終わったら、面白くない」


答えが短い。


短い答えは、ルールになる。


モリは息を吐いた。


冷たい風が、胸の奥を撫でる。


この世界は、ようやく“多方向に発散できる”ようになった。


散っても壊れない枠があるからだ。


生活も、非日常も。


暮らしも、人生も。


仕事も、遊びも。


全部が容認されて、全部がコンテンツになる。


その始まりの震えが、いま――


主戦派と共存派の交点で、確かに鳴っていた。

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