有象無象の助言
告知の次の日、広場は少しだけ賑やかだった。
昨日までの賑やかさに、別の熱が足された。
『プレイヤーアドバイザー募集(試験運用)』
その四角い文字が、今日の話題の中心に座っている。
人は集まる。
集まると、声が増える。
声が増えると、方向が割れる。
「俺に任せろ。初心者はまず森に行け。街は罠だ」
「いやいや。森は危ない。最初は街で金策して装備整えてからだろ」
「違う。運営が悪い。全部バグ。全部修正要望」
「修正要望? 甘えだろ。自己責任」
広場のチャットが、早い。
早い言葉は、短い。
短い言葉は、刃になる。
その刃が、初心者に向く。
「で、結局どっち……?」
「え、何を信じればいいの」
迷っている声が、流れていく。
拾わないと消える。
拾う人が多すぎると、余計に迷う。
今日は、そっちだった。
“有象無象のアドバイザー”。
名乗りたい人は多い。
助けたい顔で、叩きたい人も混じる。
自分の正しさを見せたい人もいる。
モリは広場の端で、背を預けたまま眺めた。
前に出ない。
ただ、今日は少しだけ、まずい。
混乱が混乱を呼ぶ類のやつだ。
「おい、初心者。まず“この設定”を切れ。話はそれからだ」
「いや、その設定切ると詰む。こっちが正解」
「正解も何も、運営が意図してない仕様だろ」
“正解”。
その言葉が出ると、争いは早い。
正解は、相手を黙らせるために使える。
初心者は黙る。
黙ると、また次の“正解”が飛んでくる。
「……あのさ」
モリは、声を張らずに言った。
近くの人だけが振り向く程度の音量。
視線が少し集まる。
集まった分だけ、熱が上がる前に区切れる。
「相談、何が起きてる?」
初心者の片方が、少しだけ息を吐いた。
「えっと……報酬、受け取れなくて」
「受け取れないって、どれ」
「今日の……『初心者支援パック』? 掲示板に出てて。条件満たしたはずなのに」
報酬。
これは揉める。
損した気持ちは、早い。
「条件が分からないだけだろ」
「いや、運営の不具合だろ。詫び案件」
周りがすぐ割れる。
モリは、割れたまま進めない。
まず争点を一本にする。
「確認。今、欲しいのは“詫び”じゃない。受け取りたいんだよな」
初心者が頷く。
「はい」
「じゃ、今は『受け取り条件』と『受け取り場所』を揃える。話はそれから」
“それから”。
順番を置くと、熱が一段落ちる。
モリは掲示板を開き、当該の告知を指でなぞった。
文字はそこそこ丁寧だ。
ただ、丁寧でも、人は読み飛ばす。
「条件、これだ。『初回の街到達』『チュートリアル完了』『支援窓口で受領』」
「支援窓口……?」
初心者が首を傾げる。
そこを、経験者が笑う。
「ほらな。読んでない」
モリは笑わない。
読めない人が悪い、で終わると、運営は楽だ。
でも、現場は荒れる。
「支援窓口って、どこ?」
モリが聞くと、今度は経験者が言い淀んだ。
知ってるが、教えたくない顔。
教えると自分の優位が減る。
そういう優位の取り方も、ある。
「……北門の脇。あの、白いテント」
別のまったり組が、ぽつりと言った。
静かな声は、助けになる。
「ありがとう」
モリは短く返し、初心者に向き直る。
「行く前に一個だけ。今、受け取れない理由が二つある」
指を二本立てる。
「一つ。そもそも“初回の街到達”がフラグとして立ってない」
「フラグ……?」
「街に着いただけだと、立たないことがある。門をくぐったあと、案内NPCに一回話しかける。そこで立つ」
初心者が目を見開く。
「話しかけてないかも……!」
「二つ。受け取り場所が分からない。これは運営の文章が悪い」
周りがざわつく。
運営批判は燃料になる。
ただし、ここは燃やさない。
「今は直らない。だから“ここ”で終わらせる。受け取り手順だけ揃えて、終わり」
モリは立ち上がらない。
導かない。
ただ、迷わせない。
「行く順番。門→案内NPC→北門脇の白いテント。そこで『初心者支援』って言えばいい」
初心者が頷く。
「はい。行ってきます」
「待て。もう一個」
モリは短く止めた。
周りの“助言欲”がまた動く前に、釘を刺す。
「途中で誰かに話しかけられても、買い物はしない。終わってからだ」
初心者が苦笑いする。
「……分かりました」
経験者の何人かが、舌打ちした。
それだけで、十分だ。
初心者二人は走っていった。
広場に残った人たちが、また正しさを投げ始める。
「ほら見ろ。結局、読めば分かる」
「読めない方が悪い」
「いや運営が悪い」
また割れる。
モリは、その割れを“まとめない”。
まとめると、責任になる。
代わりに、終わる形にする。
「結論だけ置く」
モリはチャット欄に、短く打った。
『初心者支援パック:門→案内NPC→北門脇の白テント(支援窓口)。買い物は後。』
それだけ。
理由は書かない。
戦う言葉は足さない。
ただ、手順だけ置く。
しばらくして、初心者が戻ってきた。
走り方が、さっきより軽い。
「取れました!」
「よかったな」
それだけで、場の熱が少しだけ下がる。
“できた”は強い。
正しさの殴り合いより、空気が静かになる。
初心者が周りを見て、小さく頭を下げた。
「ありがとうございます……」
礼が重くなる前に、モリは切る。
「次は自分で回せ。今日のは手順が見えなかっただけだ」
初心者が頷く。
「はい」
返事が短い。
短い返事は、続く。
まったり組の誰かが、ぽつりと笑った。
「……ああいうのが、アドバイスだよな」
誰に向けた言葉でもない。
でも、残る。
モリは広場を出た。
森へ戻る。
街がどれだけ騒がしくても、森の手順は変えない。
水を汲む。
薪を割る。
火を起こす。
湯を沸かす。
やることが終われば、終わりでいい。
焚き火の前で座り、モリは一つだけ思う。
“正しさ”は、人を助けない。
助かるのは、手順だ。
週に一度だけ、口を出す。
その口は、誰かの勝ち負けじゃなく、終わる形のために使う。




