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復興の空

街は、痩せていた。


建物が低いからじゃない。

石が欠けているからでもない。


人の動きが、無駄を削いでいる。

声が大きくならない。

笑いが長く続かない。

それでも、止まらない。


魔族領の街は、戦争の後の街だった。


朝。

炊き出しの鍋から立つ湯気が、狭い路地の上で一度だけ膨らんで、すぐ薄くなる。

配給の列は長い。

けれど、押し合いにならないように、床に白い線が引かれている。

線の脇には、木の杭が打ってある。

簡素だが、効く。


モリは少し離れた場所から、それを眺めていた。

ユキとアラシが左右に付く。

二匹は人混みを嫌がると思ったが、意外と静かだった。

“仕事の匂い”がする場所だからだろう。


配給係の魔族は、疲れた顔をしているのに、手つきが丁寧だった。

器を渡す。

量を量る。

印を押す。

次へ。


印は、ただの朱じゃない。

薄い魔力の膜が残って、二重受け取りを防ぐ。

力ではなく、手順の強さ。


その列の端で、小さな子が泣いた。


泣き声は短い。

腹が減って、寒くて、我慢が切れただけの泣き方だ。


母親らしい魔族が、慌てて背中を撫でる。

けれど、撫でる手が止まった。


泣いている子の視線が、上を向いていた。


路地の隙間から、光が差している。

空が、見える。


戦争の最中、ここでは空を見る余裕がなかった。

見上げた瞬間に、火が落ちる。

矢が落ちる。

叫びが落ちる。


だから誰も、上を見なかった。


いまは違う。

上を見ても、落ちてくるのは鳥の影だけだ。


子どもは泣くのを忘れて、指を伸ばした。

母親が笑う。

笑いは小さい。

でも、確かに笑いだった。


隣に並んでいた老人が、鍋の湯気を指で受けて、鼻先に当てた。

「……焦げてない」


それが、この街の祝い方だった。

大声で歌わない。

旗を振らない。


ただ、焦げていない湯気が立つ。

それだけで、戦争が終わったことが分かる。


別の通りでは、崩れた壁を積み直していた。

石を運ぶ。

木枠を組む。

釘を打つ。

誰も派手なことは言わない。

派手な言葉は腹を減らす。

ここでは、そういう空気が当たり前になっている。


でも、派手じゃない明るさはあった。


修繕の合間に、誰かが土くれを拾って、壁の欠けに埋めた。

ただの遊び。

だが、次の誰かがその上を指でなぞって、丸を描いた。


丸が、増える。

ひとつ、ふたつ。

子どもの背丈の位置に、いびつな模様が残る。


落書きだ。

落書きができるのは、逃げなくていい日だ。


モリはその跡を見て、胸の奥の硬さが少し緩むのを感じた。

生活の中の、余り。

戦争が終わったことで戻ってくる、いちばん小さな贅沢。


巡察が通った。

鎧は簡素だ。

でも足音が揃っている。

目が、街全体を見ている。


一人が、角のない魔族の少年に声を掛けた。

少年は荷を抱え、通りの端で足を止める。


「札」


短い言葉。

少年は胸元から木札を出した。

巡察はそれを受け取らない。

受け取らず、目だけで読む。

読むというより、確かめる。


札は“許可”だった。

ここを通っていい、という許可。

この倉庫に入っていい、という許可。

夜に移動していい、という許可。


許可があるから、争いが減る。

許可がないから、争いが起きる。


モリはそれを、肌で理解した。

火力じゃない。

強さじゃない。

“権限”だ。

“治安”だ。

街が街として残るための、別の筋肉。


そこに、共存派の低レベルプレイヤーが混じっている。


鎧が薄い。

武器も頼りない。

だが、動きは迷わない。


ひとりは配給所の裏で、桶を洗っていた。

ひとりは修繕現場で、釘を拾っている。

ひとりは巡察の横で、列の作り方を人間語で説明していた。


「ここは、間に入らない方がいい」

「線の外に出ると、やり直しになる」

「札がないなら、先に受付」


火力の代わりに、言葉で流れを作る。

剣の代わりに、手順を支える。


主戦派のやり方だと、こういう場所は息が詰まる。

大技は使えない。

巻き込めない。

巻き込んだら、生活が壊れる。

壊れたら、数字の増え方も止まる。


だからここでは、共存派が強い。

低レベルでも、できることがある。

むしろ、低レベルの方が“仕事”に馴染む。


通りの端で、小さな揉め事が起きた。


人間の旅装の男が一人。

魔族の若い女が一人。

荷車の位置を巡って、言葉がきつくなる。


周りが視線を向ける。

視線が向くと、揉め事は育つ。


だが、育つ前に止まった。


巡察が一人、歩幅を変えずに近づき、札を見せた。

札は“刃”じゃない。

でも、刃より効くときがある。


共存派のプレイヤーが、間に入って、荷車の置き方を指で示した。

線の内側。

通路を塞がない。

配給の列から離す。


それだけで揉め事はほどけた。

誰も殴らない。

誰も勝たない。

ただ、街が回る。


モリは息を吐いた。

この街の空気が、少しだけ好きになっている自分に気づく。


貧しい。

余裕はない。

でも、前を向いている。

前を向かないと、暮らしが折れるからだ。


モリは路地の影から、もう一度街を見渡した。


ここなら――暮らせるかもしれない。


その“かもしれない”が、今のモリには十分だった。

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