物置
干し台ができてから、森の時間が増えた。
増えたというより、戻ってきた。
街に行く理由が減ったぶん、森で終わる日が増える。
ただ、困ることもある。
道具が散らかる。
釣り具。
斧。
麻ひも。
干し魚の束。
置き場がないと、探す。
探すと、手順が途切れる。
「……物置だな」
モリは焚き火跡の脇を見た。
雨がしのげる場所はある。
そこに、箱を置けばいい。
箱があるだけで、作業が切れない。
切れないだけで、気持ちが軽い。
板と釘。
釘がないなら、代わりになる留め具。
木材は集められる。
留め具は、買った方が早い。
ただし、街では迷わない。
買うものは一つ。
それだけで帰る。
モリは街で、必要な分だけ買った。
金具。
それだけ。
露店の値札を二つ見て、安い方を選ぶ。
相場の“だいたい”で十分だ。
ここで勝負をしない。
森に戻る。
森の道は静かだ。
静かな道を歩いていると、ふと、昔の廊下を思い出す。
運営フロア。
デスクの列。
通路の端に置かれた、対応待ちのカンバン。
同じ色が続いていると、頭が重くなる。
“置き場がない”という状態は、仕事でも同じだった。
案件が散らかる。
探す。
探すと、優先順位が崩れる。
崩れると、手が止まる。
だから、まず並べる。
置き場を決める。
それだけで回る。
森で物置を作ろうとしているのは、結局、その癖だ。
「……直らないな」
独り言が出る。
拠点に着く。
作業台の代わりに、丸太を一本置いた。
そこに板を並べる。
留める。
手の感触で、金具が食う場所が分かる。
一度目は浅い。
二度目で締まる。
箱ができる。
蓋が付く。
それだけで、物は片付く。
「よし。表の置き場」
釣り具。
斧。
麻ひも。
火起こしの小道具。
干し魚の束。
定位置ができる。
探さない。
迷わない。
余計な疲れが増えない。
その時、足音がした。
初心者二人組だ。
前より歩幅が揃っている。
周りを見回す回数も減っている。
荷物の持ち方も、少し慣れている。
袋の口が、きちんと縛られていた。
「モリさん。こんにちは」
「うす」
片方が、少し誇らしげに言った。
「今日は迷わず来れました。あの……分岐の手前で、一回だけ立ち止まって、順番決めてから来たんで」
順番。
言葉が残っている。
モリは頷くだけにした。
「それでいい」
もう片方が、袋を持ち上げた。
「これ、売るついでに……木材、余ったんで」
売るついで。
取引。
前は“ついで”と言いながら不安そうだった。
今は、言い方が軽い。
「いくら」
「相場でいいです。あの……持ち帰るの大変で」
相場。
自分で言えるようになっている。
モリは頷き、相場で買った。
情じゃない。
だから重くならない。
「助かる」
言ってから、少しだけ間を置いた。
「……悪くない稼ぎ方だ。無理はすんな」
初心者は笑った。
「はい」
その返事が、前より短い。
余計な礼を足さない。
それも成長だ。
初心者が、箱を見て言った。
「それ、物置ですか?」
「そう」
「……いいな。うちも作ろうかな」
作ろうかな。
やってみよう、じゃない。
作る前提。
モリは、余計な設計図は渡さない。
ただ、危ない所だけは止める。
「雨の当たる場所に置くな。腐る」
「……あ、屋根の下」
「そう」
それだけ。
導かない。
背負わない。
でも、迷わせない。
初心者二人は頷いて、袋を背負い直した。
「じゃ、今日はこの辺で。次の街の相場も見てきます」
“次”が出る。
行動が、繋がっている。
モリは短く手を振った。
「ほどほどで」
初心者は笑って、森の道を戻っていった。
モリは物置に道具を入れ直す。
釣り具。
斧。
麻ひも。
干し魚。
置き場が決まると、頭が空く。
空くと、次に何を作るかが見える。
だが、今日はここまで。
焚き火を起こし、湯を沸かす。
干し台の魚を裏返す。
終われば終わる。
森に戻れば、やることは少ない。
それが報酬だ。




