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干し台

森の外れの拠点は、まだ箱みたいだ。


雨はしのげる。


それだけ。


それでも、前回より少しだけ“家”になってきた。


焚き火の場所を選んだ。


薪の置き場を決めた。


汚れた鍋を、砂で回してすすぐ癖もついた。


湯を沸かすまでが、短くなった。


短くなると、朝が増える。


増えた朝で、まず確認するのは――魚の匂いだ。


仮干しにした枝が、夜のうちに倒れていないか。


火が弱って、焼きが止まっていないか。


獣に引きずられていないか。


「……よし。生きてる」


モリは枝を起こし、干していた魚をひとつ指で押した。


まだ柔らかい。


乾く前に、また雨が来る。


雨が来る前に、形を作る。


「よし。次は……魚を干すやつだな」


仮干しは、悪くない。


だが、風が強い日は倒れる。


雨の日は終わる。


獣が来れば、持っていかれる。


干し台。


必要なのは、支えになる木と、固定する縄。


木は森にある。


縄は、ない。


街へ行けば買える。


だが、街に行く理由を増やすのは本末転倒だ。


モリは焚き火に薪を足しながら、独り言を言った。


「こういう時に限って、足りない」


足りないのは縄だけじゃない。


釘。


金具。


小さな容器。


全部、あとで揃う。


だが今は、今あるもので回す。


回せば、次が見える。


モリは森を少しだけ歩いた。


細い枝じゃなく、干し台の“脚”になる太さ。


真っ直ぐで、節が少ないやつ。


持ち上げると、腕が重い。


重い方がいい。


重いと倒れにくい。


地面に立てて、ぐらつきを見る。


「……うん。これ」


ただ、固定ができない。


組めても、すぐ崩れる。


そこで、足音。


あの初心者二人組だ。


同じくらいの歩幅。


ただし今日は、手が塞がっている。


袋が膨らんでいる。


「モリさん。こんにちは」


「うす」


初心者の片方が、袋の口を開けて見せた。


「これ、余ったんで。良かったら……麻ひも。クラフトで作りすぎました」


麻ひも。


縄になる。


モリは一拍だけ考えて、受け取った。


受け取る理由は、はっきりしている。


街へ行く理由を、増やしたくない。


「助かる。いくらだ?」


「いえ、いいです。森で助けてもらったし」


助けたつもりはない。


だが、押し返すほどの話でもない。


ただし“無料”にすると、次が重くなる。


モリは袋を片手で持ち直した。


「無料はやめとけ。次から相場で」


「相場……」


初心者が目を泳がせた。


「わかんないです」


モリは頷いた。


「今の麻ひもなら、一束いくら。街の露店の安い方でいい。毎回そこで買って、同じ値で売れ」


「え、売れるんですか?」


「余ってるなら売れる。欲しい奴はいる。『余り物を回す』のが一番安全」


“儲け話”じゃない。


“損しない話”だ。


初心者は顔を見合わせて、少しだけ安心した。


「じゃあ……今日は、いくらにしとけば」


「今日は魚でいい」


「え」


モリは焚き火の横を指した。


小さめの魚。


仮干しと、今夜焼く分。


「干す前のを一本。塩はないから、焼いて食え」


「いいんですか?」


「相場だ。麻ひも一束ぶん」


初心者の片方が笑った。


もう片方が慌てて袋を抱え直した。


「ありがとうございます!」


声が大きい。


モリは軽く手を上げて止めた。


「森は声が響く」


「あ、すみません……」


そこで終わり。


伸ばさない。


伸ばすと、関係が“重く”なる。


モリは麻ひもを結ぶ。


木を組む。


足元を掘って、脚を少し沈める。


揺れを止める。


干し台が、立つ。


魚を並べる。


並べ方にも順番がある。


焼く分。


干す分。


明日まで置く分。


「……これで、だいぶ楽だな」


風が吹いても倒れない。


雨が降っても、すぐには終わらない。


獣が来ても、取りにくい。


保存が安定するだけで、街に行く理由が一つ減る。


減ると、頭が空く。


終われば終わる。


初心者二人組は、干し台を遠巻きに見ていた。


「……あれ、作れるんだ」


「木って、こうやって使うんだ……」


声は小さくしてるようだ。


ちょうどいい。


モリは湯を沸かし、干し台の魚を一度だけ見た。


「よし。今日はここまで」


初心者が、もう一つだけ聞いてきた。


「モリさん、森って……慣れるまで、何からやればいいですか?」


モリは少しだけ考えた。


答えは、派手じゃない。


「湯。火。保存。置き場。順番を決めろ」


「順番……」


「迷わない順番。迷わなければ、余計に疲れない」


初心者は頷いた。


「……はい。やってみます」


「ほどほどで」


それで十分。


前に出ない。


責任を背負わない。


それでも、暮らしは一段だけ進む。

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