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釣り具

二、三日、釣り具のことしか考えてなかった。


クラフト大会が終わって、投票結果が出るまでの一週間。

このゲームは、その“待ち時間”が一番燃えやすい。

だから俺は、手を動かすことにした。

生活で埋める。

ついでに次の遊び――湖のバス釣りの準備もできる。


「ロッド……」


画面に開いたレシピツリーを見ながら、モリは呟く。

釣り竿は、分類上は武器じゃない。

だけど作り方は、弓に近い。

しなりと、復元力と、手元の剛性。

その全部が必要になる。


材料は揃っていた。

昨日、湿地の縁で倒したトレントの芯材。

外側は湿った木で、斧を入れるたびに水気がにじむのに、芯だけは乾いている。

不自然なくらい軽い。

指で弾くと、コン、と高い音がした。


「これ、魔力通ってるな」


木目の間に、細い筋みたいな輝きがある。

ゲーム的には“魔力を帯びた木材”。

けど手触りは、現実の良い材に近い。

乾いていて、油が乗ってて、指が引っかからない。


あともう一つ。

クモ糸。

ただの糸じゃない。

夜の湿地にいる、やたらとしぶとい大型の蜘蛛が吐くやつだ。

切れにくいし、伸びが均一で、そして、ほんの少しだけ冷たい。

魔力が混じってる証拠。


「……ロッドは現実寄りでいく」


変に魔力で無理やり曲げると、折れるときも派手に折れる。

それは嫌だ。

釣りは、派手さじゃなくて手元の安心感が欲しい。


モリは作業台に材料を並べた。

まずは木材を削って、芯を出す。

薄く、均一に。

刃物の角度を少し変えるだけで、削り屑の巻き方が変わる。

この感覚は好きだ。

数字より信用できる。


削る。

手でしならせる。

戻りを確かめる。

また削る。


強くしなりすぎると投げる時にブレる。

硬すぎるとルアーの振動が死ぬ。

湖の沼っぽい水を思い出す。

あそこは藻が絡む。

根掛かりもする。

だからロッドは、少しだけ強め――“引きはがせる”方向に寄せたい。


最後に、表面を焼く。

火で炙るんじゃない。

低温でじっくり、水気だけ飛ばして、油を出して、締める。

現実の釣り竿でもやるやつだ。

ゲームの中でも同じで、工程を踏むほど耐久が上がる。


「よし」


ロッドの形が整った。

軽い。

軽いのに、手元はぶれない。

握った瞬間の“決まる”感じがある。

悪くない。


次はガイド。

糸を通す輪っかだ。

金物屋で見た既製品でも良かったが、今回は自作にする。

湿地で使う。

泥と水で、金属はすぐに鈍る。

だったら――木と魔力で合わせた方が相性がいい。


トレント材の端材を削って、小さな輪をいくつも作る。

そこに薄く魔力を流して、表面だけをガラスみたいに硬化させる。

この工程だけは、現実にない。

でもやってることは、樹脂コーティングに近い。

摩擦を減らして、糸が鳴らないようにする。


最後に、クモ糸を張る。

糸は“釣り糸”じゃなく、竿の補強用。

ロッドの腹に沿わせて、細く巻いていく。

巻き終わりを、指先で止める。

――ぴん。

張った瞬間、糸がひと息だけ震えた。

音はしないのに、感触だけが残る。


「……いいな」


軽い。

しなやか。

そして、戻りが早い。

投げた後の“ぶれ”が少ない。

これなら、沼の縁でもルアーが狙ったところに落ちる。


問題はルアーだ。


湖は沼に近い。

透明度が低い。

視界が悪いなら、音と振動と、シルエットで寄せる。

あと、根掛かり対策。

釣りを生活にするなら、ルアーを失うたびに財布が死ぬ。

だから自作。


三種類。

実在するやつに寄せる。

けど素材だけはファンタジー。


一つ目は、スピナーベイト。

針のついたワイヤーに、回るブレード。

水が濁ってても、光と振動で魚を呼べる。

そして、根掛かりしにくい。


ワイヤーは細い金属線を曲げる。

この曲げは誤魔化せない。

左右がズレると泳ぎが狂う。

曲げて、目視して、また曲げる。

微調整の連続。


ブレードは、薄い金属板を叩いて反らせる。

反らせ方で回転の立ち上がりが変わる。

湿地の水は重い。

だから回り始めを早くしたい。

浅く反らせて、中心穴を少しだけ広げる。


仕上げに、トレント材の粉をほんの少し混ぜた塗膜を乗せた。

濁った水でも光が死なないように。

魔力の“抜け”を利用して、反射を厚くする。

派手すぎない。

でも、確実に目に残る。


二つ目は、クランクベイト。

丸っこいボディに、リップ。

巻くだけで勝手に泳いで、勝手に潜る。

初心者でも釣れるやつだ。

生活にするなら、これが一番強い。


ボディは木で削る。

“当たり”の形がある。

少し太くすると浮力が増える。

少し細くすると潜る。

湖は藻が多いから、潜りすぎると引っかかる。

だから中層狙い。

浮きすぎないように、腹に小さな鉛を埋め込む。


リップは透明な板。

ここは現実だとポリカーボネートだが、ゲームだと“硬化樹脂板”。

角度と長さで潜行深度が決まる。

短め、角度は浅め。

水を強く掴みすぎないように。


試しに水桶で引く。

ぶるぶる、と細かく震えた。

振動が手元に戻ってくる。

良い。


三つ目は、ワーム――ソフトルアーだ。

沼のバスは、こういう“生き物っぽい”のに弱い。

そして、根掛かり回避の最終兵器でもある。

針先をワームに隠す。

引っかかりにくい。


素材は、スライムのゼラチン質。

……と言うとファンタジーだが、やってることは現実の樹脂成形に近い。

温度管理。

混ぜ方。

気泡抜き。

色の濃さ。

全部が出来に直結する。


鍋にゼラチン質を入れて、弱火で溶かす。

泡が出たら、落ち着くまで待つ。

ここで急ぐと気泡が残って、水中で不自然に光る。

濁り水では、逆に見切られる。


色は二色にした。

濃い緑と、黒。

湿地の底は暗い。

輪郭だけが見えればいい。

それと、匂い。

ほんの少し、たんぽぽの根を煮出した液を混ぜた。

甘い匂いじゃない。

土と苦味の匂い。

水草の匂いに紛れる。


型に流して、冷やす。

固まったら、指で曲げる。

しなやかに戻る。

良い。


「……こんなもんか」


気づけば日が変わっていた。

いや、二回くらい変わってる。

ログを見たら、作業時間が笑える数字になってた。


完成したロッドを壁に立てかける。

ルアー三種を小箱に並べる。

それだけで、胸の奥が落ち着く。

道具が揃うと、人は強くなる。

戦闘じゃなくても。

生活でも。


その瞬間、背後から、低い鼻息が飛んできた。


ユキだ。

銀狼。

俺の使役魔獣で、普段は森の匂いをまとった“でかい犬”みたいに振る舞うくせに、怒ると目の奥が冷える。


いつの間にか作業場の入口に寝そべって、尻尾だけを床に打ちつけている。

――トン、トン。

音が揃ってる。

つまり、怒ってる。


「……やっと終わった、って顔だな」


返事の代わりに、ユキは「ふん」とでも言いたげに鼻を鳴らした。

それから俺の手元、削り屑だらけの床、空になった水桶、作業台の上の小箱――順番に見て、もう一度だけ大きく息を吐く。


二、三日、俺が何をしてたか。

睡眠ログがどうなってたか。

たぶん全部、匂いで分かってる。

銀狼はそういう生き物だ。


「寝た。ログ上は」


言い訳をすると、ユキは耳だけをぴくりと動かした。

“ログ上は、ね”って顔。

口がきけない分、表情と仕草がやたら正確なんだよな、こいつ。


ユキが作業台に近づいて、小箱を鼻先でつつく。

ふたが少しだけ浮いて、中のスピナーベイトが見えた。

銀色のブレードが、作業灯の光を拾う。


ユキは前脚の爪先で、ブレードの縁をちょん、と弾いた。

きら、と短く光って、くるりと回る。


「濁り水用。回り始め早めにしてある」


ユキはしばらく回転を目で追って、それからふいっと視線を外した。

……気に入った時のやつだ。

興味ないフリをする。


俺は笑って、道具箱を閉じる。


「区切りついたし、コーヒー淹れる」


たんぽぽコーヒーだ。

森で採った根を乾かして、焙煎して、挽く。

カフェインはない。

でも苦味があって、香りが深い。

それだけで、生活が“生活”になる。


湯気が立つ。

木の匂いと、少しの土。

カップを持つ指先が、作業の疲れで軽く震えてる。

それが妙に心地いい。


一口。


「……うまい」


二、三日、釣り具に没頭した後のたんぽぽコーヒーは、やけにうまかった。

舌の上で苦味が転がって、喉を通る頃には甘みが残る。

終わった、って感じがする。


ユキにも、少し冷ました分を用意してやる。

飲めるわけじゃない。

でも匂いは嗅ぐ。

鼻先を近づけて、ふっと息を吸って、目を細める。


――それが、この銀狼の「許す」だ。


許可制だったのか。

俺は笑って、椅子にもたれた。


投票結果まで、まだ数日ある。

外はまだ落ち着かない。

でも、今日はもういい。


道具は揃った。

次は湖だ。

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