クラフト大会出展
戦化粧を、クラフト大会に出展した。
今回はテーマが「抗毒」だ。
“いかにも前線向け”な薬が並ぶ。
その中に、俺の戦化粧――塗ることで効果が出る、顔料混じりの塗り薬を混ぜるのは、少しだけ場違いにも見える。
でも、だからこそ燃えにくい。
「準備」を「遊び」に寄せられる。
塗り方で効果が変わりそうだったので、今確認できた範囲の効果だけ、出店説明に載せておいた。
全部は書かない。
全部を書くと、誰かが最適解だけを拾って走る。
走ると、また燃える。
説明文の体裁も、わざと“読み物”っぽくした。
数値を並べると、それはそれで攻略になる。
「こう塗ると、こう感じる」――手触りと匂いと、使い手のテンション。
そういうところを厚めに書いた。
ここからはユーザー投票形式のコンテストだ。
一人三票まで。
同じアイテムに三票入れてもいいし、別々に入れてもいい。
さらに、投票の参加賞として「投票したアイテム」が運営からプレゼントされるらしい。
――上手い。
投票が進むだけじゃない。
現物が配られれば、現場で試される。
試されれば、噂が“体験”に変わる。
体験に変わった噂は、燃えにくい。
モリは出展一覧の画面を開いた。
並ぶ名前の数が多い。
そして、思った通り塗り薬が多い。
条件が条件だ。
飲み物より、塗る方が手順が減る。
戦闘中に飲むより、出発前に塗っておけばいい。
それだけで事故が減る。
「……じゃ、投票するか」
まず目に入ったのは、持続時間が長い塗り薬。
五時間。
塗り薬で五時間は、正直すごい。
肌の上に薄い膜を作って、じわじわと抗毒成分を供給するタイプだろう。
前線の連中でも満足する。
というか、前線ほどこういう“面倒が減る”やつを欲しがる。
毒ってのは、当たった瞬間に気分が悪くなる。
気分が悪いと、判断が鈍る。
判断が鈍ると、死ぬ。
だから、準備段階で潰せるなら潰したい。
説明欄を読む。
製法がやたら面倒だ。
薬草を一度凍らせてから、そこから成分を抽出するらしい。
しかも凍らせた後、粉砕して、溶媒を替えて二段で抜く。
文章だけで指が疲れる。
「凍らせる……」
その手順は、効能を“分ける”ための手順だ。
熱で飛ぶものを残して、残したい苦味だけ拾う。
たぶんそういうやつ。
香り成分と刺激を落として、抗毒だけを尖らせる。
結果、塗ったときの匂いが少ない。
匂いが少ないと、敵に見つかりにくい。
そういう現場のことまで考えてる。
抗毒作用以外にも効果がある。
細かい補助がいくつも付いている。
「神経の鈍りを少し遅らせる」「視界の揺れを軽減する」「吐き気の発生率を下げる」。
どれも派手じゃない。
だが毒の怖さは派手じゃないところにある。
――前線向けの、手堅い仕事。
それに、こういう説明を書けるやつは、だいたい採取や調合の失敗を積んでる。
“痛い目”を見た後の文章だ。
信用できる。
モリは一票入れた。
こういうのは、現場を助ける。
次。
別の出展名を見て、モリは一度だけ目を細めた。
どこかで見た名前。
ベイル・キーパーズ。
「出してんのか」
彼らの品は、塗り薬というよりメンテ用のオイルだった。
装備枠を圧迫しない。
小瓶一本で済む。
鎧や盾の上から塗って、抗毒効果を発揮する。
説明文は相変わらず“盾役の言語”だった。
「塗布後、装備表面に微細な皮膜を形成。毒霧の粒子付着を抑制」
「毒液が跳ねた際、金属の微細な溝に入り込む前に弾く」
「効果は装備の状態に依存。刃こぼれ・歪みが大きいと皮膜が乱れる」。
つまり、手入れしてる盾役ほど強くなる。
守りの発想。
らしい。
さらに小さく「布・革装備には適さない」と書いてある。
皮膜が染み込む前提だから、布に塗ると逆に重くなるんだろう。
「俺、金属鎧使わないんだよな……」
悪い品じゃない。
むしろ前線の盾役には刺さる。
このゲーム、盾役はいつも不遇だ。
不遇だからこそ、こういう“地味に確実”な支援は燃える。
燃えるが、燃え方が健全だ。
でも、投票は“自分が使う”のも前提だ。
参加賞で貰えるなら、なおさら。
モリは保留にして、次へ流した。
次に目に入ったのは、初心者の街にいるクラフターチームの出展。
説明文に「木こり」とある。
採取の層だ。
採取の層が勝つ時は、だいたい発想が変だ。
いい意味で。
現場の血の匂いじゃなく、生活の匂いがする。
品名を見て、モリは声を漏らした。
「噛みタバコ……?」
木の皮を使った嗜好品。
歯で噛んで、じわじわと成分を舌下に回すタイプらしい。
飲むんじゃなく、口の中に“置く”。
だから手が塞がってても使える。
戦闘前に噛んでおいて、戦闘中は吐き出すだけ。
それでいい。
説明欄がまた上手い。
効能だけじゃなく、味の書き方がある。
「最初は樹皮の渋み。三十秒で甘みが出る。鼻に抜ける匂いは薄荷に近い」
「噛むほど、歯茎が少し痺れる。ここで噛みすぎると口内が荒れるので注意」
「毒に対する反応が鈍くなるのではなく、“毒が入った瞬間の不快感”が丸くなる」。
つまり、過信はさせないが、準備はさせる。
“毒は怖い”を前提にした上で、怖さを習慣にしてしまう。
噛んでる間はいろいろバフが付く。
集中が切れにくくなる。
呼吸が浅くならない。
足がもつれにくい。
どれも地味だが、初心者が死ぬ理由を潰している。
噛み終わっても成分が残るから、抗毒効果が半日くらい持つらしい。
半日。
しかも“嗜好品”として成立している。
守りじゃなく、習慣にしてしまう発想。
副作用欄まで丁寧だ。
「寝る前に噛むと、眠りが浅くなる」
「空腹時は胃が荒れる」
「一日に何枚も噛むと口内炎になる」。
――はいはい。
これ、絶対に現場で試して、怒られた後に書いてる。
そういう“やらかしのログ”がある説明は、信用できる。
「……優勝候補だな、これ」
新しい嗜好品は、街を明るくする。
明るいものは、燃えにくい。
毒対策を“嫌な準備”じゃなく“楽しみ”に変える。
それは強い。
モリは二票目を入れた。
残り一票は、自分の出展に入れる。
誰の許可も要らない。
自分で作ったものを、自分で選ぶ。
それくらいでいい。
画面をスクロールして、自分の戦化粧のページを開いた。
説明欄に並ぶのは、効果名じゃない。
“塗り方の癖”だ。
「薄く伸ばすと、呼吸が軽い」
「線を太くすると、汗の匂いが薄れる」
「頬に点で置くと、毒の気配を感じた時だけ冷たくなる」。
もちろん、嘘は書いてない。
ただ、まだ全部は書かない。
ここに書いたのは、いま確認できた範囲のことだけ。
それに、戦化粧は“自分の顔”が素材になる。
塗り慣れないやつが雑にやると、逆に気分が悪くなる。
だから説明の最後に、わざと一文足してある。
「最初は少量から。皮膚が熱を持ったら洗い落としてください」
ぽち、と押す。
参加賞の表示が出た。
投票した品が、後で受け取れるらしい。
余計な手順は増えない。
受け取りは一括。
運営も、少しだけ分かってきた気がする。
“燃える導火線”を増やさず、体験だけを配るやり方。
大会の結果は、一週間後。
気になる。
だが、そわそわしても始まらない。
数字が出るまで、俺は俺の生活を回す。
モリは画面を閉じた。
外の空気は、まだ落ち着かない。
でも、昨日よりは軽い。
“代替”が動き始めている。
歩きながら、モリは湖のことを思い出していた。
小川で小魚釣りはやった。
だが、広い場所での釣りはやっていない。
森の先のエリアに湿地がある。
そこの一部が湖になっている。
次の目標は、そこでバス釣りをするのもいい。
生活として、遊びとして。
戦化粧みたいに、準備を遊びに寄せる。
「じゃあまず、竿とルアーだな」
森に帰る前に、製材屋と金物屋に寄る。
作るのに必要そうな道具を、見ておく。
買いすぎない。
まずは、必要な分だけ。
街の石畳を踏む音が、少しだけ落ち着いた。
それだけで、今日は十分だった。




