戦化粧
集めてきた素材から、試作品を作る。
調薬棚の前に立つだけで、少し落ち着く。
“並べる場所”があると、手順が途切れない。
モリは袋を開けて、中身を一つずつ出した。
苦い花。
水草。
貝殻の欠片。
粘土。
それから、スライムの粘液を入れる小瓶。
湖で見かけたやつは倒していないが、粘液は別に珍しくない。街の外れで拾える。
鑑定の数字は“入口”でしかない。
刻むか。煮るか。乾かすか。
混ぜるか。分けるか。
手順で、効能は変わる。
だから、まずは素直にやってみる。
薬草――苦い花を、細かく刻む。
刃を立てすぎない。
潰すと汁が走る。
走ると匂いが立つ。
匂いが立つと、ユキが離れる。
刻んだものを湯に落とす。
ぐらぐら煮ない。
煮ると苦味だけが残る。
弱火で、じわじわ。
色が出る。香りが出る。
最後に布で濾す。
出来た液体は、ポーションの形にはなった。
なったが、どうにも軽い。
飲んだ瞬間だけ、体が“守られている気がする”。
気がするだけで終わる。
視界の端に表示が出た。
『毒耐性:00:03』
「……短いな」
大会に出すには弱い。
しかも消耗品は、使うたびに手が止まる。
手が止まると、現場が詰まる。
詰まると燃える。
モリは一度、液を置いた。
次の手順を考える。
「飲ませるんじゃなくて、塗るか」
塗薬にすればいい。
皮膚に乗せて、ゆっくり効かせる。
そのためには、粘りが要る。
モリは小瓶を手に取る。
スライムの粘液。
ぬめり。
伸び。
水を抱える性質。
粘液を少しだけ落として、先ほどの液と混ぜる。
混ぜすぎない。
粘りが勝つと、成分が沈む。
指先で確かめる。
伸びる。
薄く塗れる。
乾くまでの時間も読める。
もう一度、表示。
『毒耐性:00:15』
「十五分……」
伸びた。
でも、まだ短い。
前線の人間にとっては、十五分は“誤差”だ。
誤差は使われない。
モリは棚の上の粘土に視線を移した。
湖の縁の、重いやつ。
焼ける。
固まる。
水を抱えて、ゆっくり離す。
「……これだな」
粘土をこねる。
水を足す。
足しすぎない。
足しすぎると垂れる。
垂れると服に付く。
付くと、面倒が増える。
粘土に、さっきの薬液を混ぜる。
粘液も少しだけ入れる。
粘りは、必要な分だけ。
必要以上は、重い。
掌の上で、こねこねする。
こねこねしているうちに、余計なことを考え始める。
余計なことを考えるのは、悪くない。
ただ、増やしすぎると失敗する。
出来たのは、肌に塗れるパックだった。
白っぽい。
冷たい。
乾くのが遅い。
遅いのは、いい。
遅いと、効く。
表示が出る。
『毒耐性:72:00』
「……お」
一気に伸びた。
持続性は、十分だ。
これなら大会の条件にも沿う。
食材を使わない。
装備枠も圧迫しない。
回復じゃなく、予防。
モリは満足して、そこで止めればいいのに、止めない。
止められないのが、クラフトの悪い癖だ。
「もう少し、強くしたくなるな……」
棚をごそごそする。
探すんじゃない。
探す前に、入れた場所を思い出す。
思い出せるように棚を作った。
あった。
湖の草むらで採った花から、試しに抽出しておいた色素。
赤。
“赤っぽい”というより、血に近い赤。
「色を付けたら、どうなる」
抗毒パックに、赤を混ぜる。
混ぜすぎない。
混ぜすぎると、ただの泥になる。
粘土が、赤みを帯びる。
掌に残る色が濃い。
モリは気づいた。
これはパックだけじゃない。
化粧紅になる。
「……戦化粧だな」
紅を体に塗って、効果が出るなら。
部族が戦の時に塗るような、あの塗り方。
見様見真似。
昔、どこかで見たやつ。
ネットの知識の残り香。
モリは腕に線を引く。
肩に、もう一本。
頬に、短い印。
乾く前の赤は、少し怖い。
乾いた赤は、落ち着く。
不思議だ。
視界の端に、控えめな表示が並ぶ。
『毒耐性:72:00』
『STRアップ(小)』
『体力回復(微)』
「……盛ったな」
色が違えば効果も違うかもしれない。
模様が違えば、乗り方も変わるかもしれない。
クラフトは、そういう遊びが残っている。
その時、ユキが近づいてきた。
首掛けの札が、胸元で揺れる。
ユキはモリの腕の赤をじっと見て、鼻を鳴らした。
「塗りたいのか」
ユキは尻尾を一度だけ振った。
はい、の動き。
「……分かった、分かった」
モリはユキの毛並みを避けるように、耳の後ろに小さく印を付ける。
毛に付かないように。
皮膚にだけ。
短い線で。
ユキは目を細めて、じっとする。
じっとできるようになっている。
昔なら、落ち着かなかった。
表示が出た。
『同行獣:毒耐性:72:00』
『なつき度アップ(中)』
「そっちかよ」
モリは思わず笑った。
戦化粧のはずが、撫でた時に喜ぶやつになっている。
でも、それでいい。
ユキが落ち着けば、森も落ち着く。
ユキは満足そうに胸を張った。
自分が偉いみたいな顔をしている。
「……よし」
モリは赤い指先を布で拭った。
これを、クラフト大会に出す。
賞品のためじゃない。
街が燃えないための、手順として。
それでいて、ちゃんと楽しい。
モリは棚の前に立ったまま、赤い印をもう一度だけ見た。
明日は、模様と色の検証だ。
走らない範囲で。
燃やさない範囲で。
手順だけで、勝つ。




