湖の素材
運営から、クラフト大会の通達が来た。
告知文は長い。
長いが、条件は意外と素直だった。
抗毒作用のある製品のクラフト。
消費アイテム。
装備枠を圧迫しない。
回復じゃなく、毒の予防に使える。
街の需要がある素材は使わない。
公開クラフトレシピに登録がない、オリジナル。
初心者の街の周辺で手軽に取れる素材で作れること。
――要するに。
奪い合いを起こさずに、毒に備える手順を増やせ、という話だ。
街は盛り上がっていた。
大会の商品が目当ての者もいる。
名声が欲しい者もいる。
そして何より、このゲーム初の“PVP大会”だ、という噂が火に油を注いでいる。
勝てば勝つほど、掲示板に名前が残る。
残れば、仕事が増える。
仕事が増えれば、また街が走る。
モリは広場の端で、それを眺めた。
賞品には興味が薄い。
でも、全力で遊ぶのは大事だと思っている。
遊び方を取り戻すために、ここにいる。
「……やるか」
ユキは暇らしく、耳を立てて落ち着かない。
モリが視線を向けると、ユキは先に分かっているみたいな顔をした。
「そのへんで狩ってろ。遠く行くな」
ユキは一度だけ耳を動かして、すっと森の方へ消えた。
“溶ける”のが上手くなっている。
深層で覚えた動きが、生活に残っている。
モリは、次に考えた。
何を作るか。
その前に、このあたりに何があるか。
街の周辺で素材を漁れば簡単だ。
だが、街が騒がしくなる。
騒がしくなると、また誰かが走る。
走ると燃える。
森の奥は素材が多い。
でも、森が騒がしくなる。
騒がしくなると、拠点が荒れる。
荒れると、生活が削れる。
悩んでいる時、視界の端に水面が光った。
街と森の間くらい。
チュートリアル用の湖。
最初の一回、案内で来るだけの場所。
以後は、ほとんど通らない。
たまに上級者がピクニック気分で座っているだけだ。
人が少ない。
つまり、燃えにくい。
「……ここだな」
湖に近づくと、音が変わる。
草の擦れる音が薄くなって、水の小さい揺れが聞こえる。
風が通る。
水面の光が、木の影を柔らかく割る。
モリはまず、適当に採取することにした。
調査からだ。
魚は食材になりそうだからやめておく。
食材は問題になる。
そうなったらまた大会どころじゃない。
水草。
岸の草むら。
石の隙間。
泥。
水草は、手で引くと糸みたいに伸びた。
指先に冷たさが残る。
匂いは薄い。
薄い匂いは扱いやすい。
草むらには、タンポポに似た花が混じっている。
似ているだけで違う。
葉の縁が少し硬い。
茎を折ると、白い汁が出た。
「……苦いやつだな」
石の隙間には、小さい貝殻。
割れた殻。
粉になるやつ。
骨の代わりに使えるかもしれない。
そして、足元の土。
踏むと、少し沈む。
湖の縁の泥は粘りが強い。
モリはしゃがんで指を入れた。
水を含んだ粘土質。
手に残る重さがある。
「……焼けるな」
焼けるなら、器になる。
器になるなら、保存になる。
保存になるなら、手順が増える。
増えた手順は、生活を助ける。
採取を続けていると、湖の端でぷるん、と何かが跳ねた。
スライム。
予想通りの雑魚。
湖の安全設計は、ちゃんとチュートリアルだ。
モリは手を止めない。
スライムはユキがいないと面倒になる――ほどでもない。
だが、面倒を増やす理由もない。
「来るなら来い。来ないなら、そっちで跳ねてろ」
スライムは、しばらく水際で揺れて、やがて草の陰に戻った。
それでいい。
採取袋が軽く膨らんだところで、モリは引き上げる。
欲張らない。
欲張ると、次が雑になる。
拠点に戻る道は、いつも通りだ。
歩幅を揃える。
分岐で一度だけ目印を確認する。
迷わないための手順。
拠点に着くと、調薬棚が待っている。
並べる場所があるだけで、気持ちが軽い。
モリは採取したものを一つずつ、棚の上に広げた。
水草。
苦い花。
貝殻の欠片。
粘土。
鑑定をかける。
結果はすぐ出る。
ゲームはそこだけ優しい。
いくつか、効能が良いものが混じっていた。
毒の予防に寄るやつ。
消耗品に向くやつ。
材料が軽いのもいい。
でも、優しいのは“入口”だけだ。
素材は、鑑定の結果だけでは測れない。
刻む。
煮る。
干す。
炙る。
潰す。
水で晒す。
そういう下準備ひとつで、効能が強くなったり、別の性質に寄ったりする。
さらに厄介なのは、混ぜた時だ。
単体だと薄い素材が、組み合わせで急に立つ。
逆に、相性が悪いと全部が死ぬ。
視界の端に出た数値は“今の姿”でしかない。
手順を踏んだ後の姿は、やってみないと分からない。
だから、今日は下準備で止める。
明日、試作で確かめる。
走らない範囲で。
燃やさない範囲で。
モリは、下準備だけして今日は終えることにした。
乾かすものは乾かす。
砕くものは砕く。
混ぜない。
混ぜるのは明日。
混ぜると、結果がぶれる。
そこへユキが戻ってきた。
足取りが静かだ。
匂いが薄い。
上手く狩ったらしい。
モリは短く頷く。
「飯にするか」
夕飯を食べる。
焚き火は強くしない。
強い火は匂いを走らせる。
匂いが走ると、森がざわつく。
食べ終わる頃、モリは小さいカップを出した。
タンポポに似た植物で作った、苦い飲み物。
コーヒーみたいなやつ。
湯を注ぐと、草の匂いが立つ。
焦げじゃない苦味。
でも、目が覚める。
モリは一口飲んで、息を吐いた。
「……悪くない」
焚き火の前で、今日採った素材のことをもう一度だけ思い返す。
湖は静かだった。
静かな場所に、使えるものがある。
それが、いちばんいい。
モリはカップを置いた。
明日は、試作だ。
走らない範囲で。
燃やさない範囲で。
手順だけで、勝つ。




