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調薬棚

クラフト大会が始まる前に、モリは出来ることをやる。

派手なことじゃない。

燃えないための、地味な手順だ。


まず、食料。

出来るだけ街のNPC商店に流す。

転売の棚じゃなく、生活の棚へ。

棚が戻れば、空気が戻る。


次に、声。

知り合いの初心者たちに、街の状況を短く伝える。

長く説明しない。

長いと解釈が増えて、走る。

走ると燃える。


「今、食い物が薄い。買い占めが走ってる」

「だから、売るなら露店じゃなくてNPCに回せ。値は落ちるけど、街が持つ」


初心者は目を丸くして、それから頷いた。

納得の仕方が早い。

街の空気は、悪くなりきってはいない。


それから、もう一つだけ。

この間知り合った攻略組の一つ、ベイル・キーパーズにメッセージを落とす。


救援要請じゃない。

命令でもない。

“現場で燃えないための一枚”だけを頼む。


モリは文を短く切って送った。

『街の北側テントが詰まり始めてる。保存食の買い取りで揉めが出そう』

『出来る範囲でいい。列が荒れそうなら、盾役一人だけ立たせてくれ。止めるんじゃなく、押し戻すだけ』


送って、端末を伏せる。

それで終わり。


返事は、思ったより早かった。

カイトから、短い通知。

『了解。行ける者を回す。揉めを増やすな、でいいな』


モリは一度だけ頷いた。

『それでいい。大声は要らない』


その後、もう一つ。

ユキの首掛けに似た、控えめな紋章の画像が送られてきた。

ベイル・キーパーズの印。

“誰が来たか”が分かるだけの、薄い看板。


前線が全部を救えないのは、分かっている。

だから、押しつけない。

ただ、導線の詰まりがひどい時にだけ、盾が一枚あると助かる。

一枚あるだけで、弱い声が潰れない。


出来ることはやった。

あとは、運営が手順を降ろす番だ。


モリは調薬セットを取り出して、少し迷う。

道具を並べる前に、並べる場所が要る。


「……棚だな」


なんでも形から入るのは、楽しい。

学ぶ、という言葉は、真似る、から来ている。

なら、まず“それっぽい場所”を作る。


調薬棚。

ただの棚じゃない。

道具が増えた時に、迷わないための棚。

迷わないと、手順が途切れない。

途切れないと、燃えない。


木材は物置にある。

釘もある。

足りないのは、棚の“癖”だ。

モリは頭の中で段を切る。

上段は軽いもの。

中段は瓶。

下段は火気と水回り。

危ないものは、手が届きにくい所に置く。


支柱を立てる。

横板を渡す。

板の端を少し落として、瓶が滑り落ちないようにする。

そういう小細工が、あとで効く。


もう一つ、溝を掘る。

浅い溝。

瓶の底が座るだけの溝。

それだけで、地震みたいな揺れが来ても倒れにくい。


棚板はそのまま使わない。

一度、火で炙って、毛羽を落とす。

ささくれは、布を引っかける。

布が引っかかると、瓶が落ちる。

落ちると割れる。

割れると匂いが混ざる。

匂いが混ざると、もう二度と同じ手順が踏めない。


角に小さい板を足して、囲いを作った。

一枚だけ。

瓶が転がらないための、低い壁。


水桶の置き場も決める。

棚の真下には置かない。

蹴ったら終わる。

だから、半歩外。

手は届く。

でも足は当たらない。

それが、ちょうどいい距離だ。


引き出しも付けたくなる。

小匙。

麻ひも。

布。

火打ち石。

細かいものは、転がる。

転がると、探す。

探すと、手順が崩れる。


だから引き出しは浅く作る。

深いと、下に沈む。

沈むと、また探す。


仕切りも入れる。

“入れる場所”が決まってると、手が勝手に戻る。

戻ると、頭が空く。

空くと、次が見える。


火気は、別の段に逃がす。

瓶の段と同じにしない。

熱は、匂いを走らせる。

走った匂いは、残る。

残ると、集中が削られる。


最後に、布を一枚かけられる棒を付けた。

濾す布。

拭う布。

包む布。

同じ布にしない。

同じにすると、味と匂いが混ざる。

混ざると、結果がぶれる。


モリは一度だけ息を吐いた。

「……結局ここも仕事だな」


でも、嫌じゃない。

数字じゃなくて、手触りがある。

手触りは、人を落ち着かせる。


棚の飾りに、エルダーディアの角を一本だけ使う。

フック代わり。

布を掛ける。

道具を掛ける。

角は白い。

白は目立つ。

でも拠点の白なら、目印になる。


骨も少し使った。

瓶の口を叩くための小槌。

混ぜ棒の柄。

使えるものを使う。

それが、森の手順だ。


出来上がった棚は、思ったより豪華になった。

豪華にしたかったわけじゃない。

ただ、手順を減らそうとしたら、そうなった。


モリは満足そうに頷いた。

「よし」


ユキが隣で、なぜか胸を張っている。

作ったのはモリなのに。

耳がぴんと立って、尻尾が少しだけ上がる。


「お前が作った顔すんな」

モリが言うと、ユキは知らん顔で鼻を鳴らした。

それが返事だ。


今日も少しだけ前進できた。

小さい満足感が胸に残る。

残ると、明日が楽になる。


あとは、いつものルーティン。

水を汲む。

薪を割る。

火を起こす。

湯を沸かす。

干し台の魚を裏返す。


棚の前で、モリは調薬セットの中身を一つずつ並べた。

並べるだけで、もう少し詳しくなった気がする。

気がするだけでいい。

手順は、明日やればいい。


ふと、別のことを思う。

調薬でコーヒーは淹れられるだろうか。

豆じゃなくても、似たものは作れるか。

苦味と香り。

朝に一杯あると、街の騒がしさに負けない。


モリは小さく笑った。

楽しみが、また一つ増えた。

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