燻製
肉は、しばらく困らないくらい手に入った。
困らない、で済ませると腐る。
腐ると、森が荒れる。
モリは干し肉に回す分を決めて、残りを見た。
量が多い。
塩だけじゃ追いつかない。
だから、燻す。
燻製は保存のための手順だ。
うまいのは副産物。
副産物に釣られると、やりすぎる。
やりすぎると、また森がざわつく。
「……簡易でいい」
支柱を立てる。
四本。
倒れない間隔。
風で揺れない深さ。
上に横木を渡す。
吊るすための棒。
棒がたわむと、肉が落ちる。
落ちると、土の匂いが付く。
土の匂いは落ちにくい。
外側を囲う。
板を全部は使わない。
木の枝と、粗い布と、土。
煙が逃げすぎない程度に、隙間は残す。
密閉すると熱が上がりすぎる。
上がりすぎると焼ける。
焼けたら、燻製じゃなくなる。
焚き火の場所は、底。
火口は小さく。
火は強くしない。
燃やすんじゃなく、燻す。
次に、チップ。
どれが正解かは分からない。
でも、外れは避けられる。
ヤニの少ない広葉樹。
乾いた枝。
樹脂が強いものは、匂いが尖る。
尖ると、肉の匂いが負ける。
負けると、食べた時に疲れる。
木を割る。
薄く削る。
削った屑を手のひらで丸めて、火種にする。
手順が揃うと、火は荒れない。
塩漬けにして、川で冷やしていた肉の塊を持ってくる。
表面の水気を拭う。
水が多いと、煙が乗りにくい。
厚いままは吊るさない。
厚いと中まで乾かない。
乾かないと、残る。
残ると、結局腐る。
だから、切る。
同じ厚さ。
同じ幅。
塩の入り方も、乾き方も揃える。
揃うと、確認が楽になる。
肉を吊るす。
互いに触れない距離。
触れると、その面だけ煙が当たらない。
当たらないと、そこだけ弱い。
弱い場所から先に悪くなる。
火を起こす。
起こしたら、すぐ絞る。
火を小さくする。
赤を作らない。
白い煙を作る。
煙が立ち上がる。
最初は水分の匂いが強い。
次に木の匂いが来る。
それから、肉の匂いが少しだけ甘くなる。
モリは囲いの隙間を指で塞いだり、開けたりする。
煙の流れを整える。
目で見えるものじゃない。
鼻で読む。
熱で読む。
ときどき、肉の表面を指で触る。
べたつきが減っていく。
色が、赤から茶に寄る。
寄りすぎない。
寄りすぎる前に、火を弱める。
時間はゲーム的に短く進む。
でも、手順の数は減らない。
減らないから、失敗もしない。
頃合いで、一本だけ外す。
切る。
中はまだ柔らかい。
外は、薄く締まっている。
「……よし」
ユキが焚き火跡の外側で鼻を動かした。
燻した匂いは、嫌いじゃないらしい。
でも、近づきすぎない。
その距離がちょうどいい。
---
燻製を食べる。
モリは薄く切って、少しだけ炙る。
脂が溶けて、煙の匂いが立つ。
口に入れると、まず塩。
次に木。
最後に肉。
順番がある。
モリは、思ったより素直に頷いた。
「……うまいな」
うまい、で片付く味は久しぶりだった。
仕事の数字でも、街の喧噪でもなく。
ただ、手順の結果としてのうまさ。
それが、妙に効く。
ユキにも一切れ。
首掛けの札が胸元で揺れている。
ユキは匂いを確かめてから、静かに噛んだ。
噛む音が短い。
保存食として残す分は残して、あとは街へ売りに出す。
抱えすぎない。
売りすぎない。
相場を荒らすと、また誰かが困る。
モリは包みを二つに分けた。
一つは自分とユキの分。
一つは売る分。
混ぜない。
混ぜると、手順が崩れる。
街へ向かう。
新しいモカシンは音が薄い。
ケープは風を逃がして、体温を残す。
道が楽だ。
街道の途中で、すれ違う人が増えているのに気づいた。
戻ってきた活気。
でも、どこか早足。
街に入ると、露店の声が少し高い。
笑い声じゃない。
売り声でもない。
言い争いの手前の、尖った声。
掲示板の前に、人が固まっていた。
札が増えている。
増え方が、嫌な増え方だ。
注意書きが重なって、誰も読めなくなるやつ。
さらに嫌なのは、札の横に“臨時”の札がぶら下がっていることだった。
『燻製・干し肉 買い取り強化』
『保存食は北側テントへ』
北側テント。
そんな窓口は、昨日まで無かった。
無いものが、急に生えると燃える。
テントの前には、列ができている。
列の後ろほど、声が荒い。
「並んでんのに、順番飛ばすなよ」
「飛ばしてねぇ。そっちが詰めすぎなんだよ」
「保存食って書いてあるだろ! これもだ!」
手に持っているのは、形の違う肉。
燻製。
干し肉。
ただ塩を揉んだだけの生っぽいやつ。
境界が曖昧だ。
曖昧だと、人は勝手に自分を正解にする。
テントの中からは、係員の声が聞こえる。
「一人一袋まで! 中身を見せて!」
「それは対象外です! 説明を読んで!」
説明。
でも掲示板の注意書きは増えすぎて、読めない。
読めないから、現場で揉める。
揉めるから、声が大きい人が得をする。
「……またか」
モリは足を止めず、距離だけを取った。
近づけば、責任になる。
でも。
見て見ぬふりをすると、街の空気がまた重くなる。
それに――
この揉めは、今日だけじゃ終わらない匂いがする。
棚が薄い時の揉めじゃない。
棚が厚くなってきた“今”の揉めだ。
良くなりかけた街ほど、火種は派手に燃える。
燻製の包みの重みが、背中で小さく揺れた。
保存食は、うまくできた。
生活は、少しだけ前に進んだ。
――なのに。
街の方で、また「火種」が増えている。
モリは一度だけ、掲示板の文字を目で追った。
そして、いつもの場所のことを思い出す。
運営支援テント。
窓口。
週に一度だけ、口を出す。
次は、その番かもしれない。




