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革細工

エルダーディアの皮は、拠点の影で休ませてある。

風の通る場所。

焚き火の熱が当たらない場所。

釘で留めた縁が、少しずつ落ち着いてきた。


モリは指で皮を押す。

硬い。

でも、嫌な硬さじゃない。

手順を踏めば、道具になる硬さだ。


「……やるか」


なめしは、魔法じゃない。

時間と、匂いと、水と、根気。

ゲームの表示だと短いが、やること自体は現実と同じように面倒だ。

面倒だから、余計なことはしない。

手順だけを並べる。


まず、水。

皮の表面を軽く湿らせる。

乾ききったまま薬剤を入れると、ムラになる。

ムラになると、あとで気持ちが悪い。


次に、残った肉の膜を落とす。

大きいナイフじゃない。

刃の立った小刀と、ヘラみたいな鈍い刃。

切るんじゃなく、削ぐ。


繊維に逆らうと裂ける。

裂けると、終わる。

だから、革の“目”に沿って、同じ角度で、同じ圧で。

一気に進めない。

一気に進めると、勢いで失敗する。


皮から落ちていく膜は、薄い。

薄いのに、しつこい。

指先が白くなる。

匂いが少し立つ。

モリは鼻で息をしない。

口で、短く吸う。


終わると、皮の手触りが変わる。

ざらつきが減って、指が引っかからない。

「よし」


なめし剤を用意する。

作っておいたタンニン液。

渋くて、濃くて、手に付くと落ちないやつ。

瓶の口を開けるだけで、匂いが来る。

焦げた樹脂とは違う。

渋柿みたいな、口の中がきゅっと縮む匂い。


ユキが近づいてきて、鼻先をひくつかせた。

一度だけ嗅いで、すぐに顔を逸らす。

耳が伏せられる。

「……嫌か」

ユキは返事をしない。

代わりに、二歩下がった。


モリは小さく笑ってしまう。

「離れてていい。暇なら、その辺で狩ってこい」


ユキの耳が一度だけ立つ。

許可の音。

ユキは足音を殺して、森へ溶けていった。

――もう、溶けるのが上手い。

深層の経験が、こういうところにも残っている。


モリは桶に液を作る。

水で少し薄める。

濃すぎると、繊維が締まりすぎる。

締まりすぎると、硬くなる。

硬くなると、靴にした時に足が嫌がる。


皮を沈める。

押して、空気を抜く。

浮かせない。

浮くと、そこだけ入らない。

入らないと、そこだけ腐る。


数分置いて、引き上げる。

軽く絞る。

絞りすぎない。

繊維が傷む。


伸ばす。

引っ張る。

また伸ばす。

皮は、乾きながら縮む。

縮む前に、伸ばして癖を付ける。

それが“なめす”ってことだ。


乾かしながら、何度も触る。

触って、硬くなり始めたら、また揉む。

揉むと、少し柔らかくなる。

柔らかくなると、道具になる。


その繰り返しの間に、モリの頭の中は次の手順へ行く。

この革で、何を作るか。


自分用には、モカシン。

森を歩くなら、音が少ないのがいい。

硬い靴底は楽だが、森の土を踏む音が増える。

増える音は、余計な気配を呼ぶ。


それから、ケープ。

雨と風を受け流せるやつ。

布より、革の方が森では扱いやすい。

火の粉にも強い。

枝にも引っかかりにくい。


ユキには、首掛けのお守り。

飾りじゃなくて、印。

“群れ”のしるし。

余計な説明をしなくていい距離を作るための印。


革が扱える硬さになったところで、型を取る。

紙の型紙じゃない。

木炭の粉で、薄く印を付ける。

間違えたら消えない。

だから、線は短く、確認を多く。


モカシンは、足の甲から先に合わせる。

最初に合わないと、全部が合わない。

穴を開ける。

縫い穴は、刃で突かない。

菱目打ちみたいな工具で、同じ幅で開ける。

間隔が揃うと、縫い目が落ち着く。

落ち着くと、ほどけにくい。


糸は太め。

撚りを強く。

蝋で滑りを良くする。

水を吸いにくくする。

ここは現実と同じだ。

やると、長持ちする。


針を通す。

右から左。

左から右。

引く。

引きすぎない。

革が縮む。

縮むと、足が痛い。


ケープは、肩の落ち方が大事だ。

歩く時に邪魔にならない長さ。

濡れた時に重くなりすぎない幅。

首元は、閉じすぎない。

閉じると息が詰まる。


留め具は簡単でいい。

複雑にすると、壊れる。

壊れると、直す手順が増える。

増えた手順は、生活を削る。


最後に、ユキの首掛け。

細い帯に切って、端を丸める。

角は残さない。

角があると、木に引っかかる。

引っかかると、ユキが嫌がる。


中央に小さい札を縫い付ける。

エルダーディアの白を、少しだけ残した部分。

白は目立つ。

でも、ユキの白に混ざるなら、目立ちにくい。


仕上げに、油を薄く塗る。

塗りすぎない。

塗りすぎると匂いが立つ。

匂いが立つと、また森がざわつく。


出来た。


モリはモカシンを履いて、拠点の周りを一周だけ歩く。

音が少ない。

――少ない、で済まない。

落ち葉を踏んでも、鳴りが薄い。

石を踏んでも、硬い音が立たない。


視界の端に、控えめな表示が浮かんだ。

『装備効果:消音(小)』


魔法が宿った革は、持ち主の癖に合わせて静かになるらしい。

モリは口元だけで笑った。

「森向きだな」


足裏が、土の硬さを拾う。

拾えるのがいい。

拾えると、転ばない。


ケープを肩にかける。

風が一枚、外に流れる。

体の熱が残る。

寒いのに、蒸れない。

温度の“ちょうどいい所”に、勝手に寄っていく感じがある。


枝の間を歩いても、革がばたつかない。

動きに遅れて音が出ない。


また表示が出る。

『装備効果:体温調整(小)』

『装備効果:隠密(小)』


雨の想像が、少しだけ楽になる。


そこへ、ユキが戻ってきた。

口元に血はない。

狩りはしたはずなのに、匂いが薄い。

上手くやったらしい。


モリは首掛けを持ち上げて見せた。

「これ」


ユキは一歩近づいて、鼻先で触る。

嫌な匂いがしないのを確かめてから、首を差し出した。


モリは短く留める。

きつくしない。

緩すぎない。

指が二本入るくらい。


首掛けの札が、ユキの胸元で小さく揺れた。

白い毛に沈んで、目立たない。

でも、確かにそこにある。


森にいる時だけ、薄い加護が乗る。

そんな仕様が、革の奥に縫い込まれている。

表示は、もっと小さい。

『同行獣:森の加護(小)』


ユキが一度だけ首を振る。

違和感の確認。

それから、落ち着いた。


モリは息を吐く。

「よし」


今日の作業は、悪くない。

派手な成果じゃない。

でも、森での暮らしが一段だけ楽になる。

それが報酬だ。


あとは、いつものルーティン。

水を汲む。

薪を割る。

火を起こす。

湯を沸かす。

干し台の魚を裏返す。

今日の肉を薄く切って、塩を揉む。


ユキは焚き火跡の外側で丸くなる。

首掛けが、白い毛に沈んでいる。

耳が一度だけ動く。

それが返事だ。


湯が沸く音。

薪が鳴る音。

新しい革が、風を受けてかすかに擦れる音。


森の音が、戻っている。

それだけで、今日は十分だった。

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