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なめし台

ユキが仲間になってから、森の「できること」が一つずつ増えている。

強い敵に勝つ、みたいな派手さじゃない。

生活の幅が、静かに広がる。


これまでなら、目が合った時点で避けていた獣がいる。

大きい。

足が速い。

そして、皮が厚い。


ユキがいると、追いつける。

追いつけるだけじゃない。

追い詰めすぎずに、終わらせられる。


結果、皮が手に入った。

肉は干し肉にする。

骨は道具に回す。

内臓は、捨てない。

捨てない手順が増えるほど、森は荒れない。


――で。

皮だけが、手元で余る。


モリは皮を広げて見て、短く息を吐いた。

「……なめすか」


干すだけだと、硬くなる。

腐る。

匂いが残る。

そして、結局捨てることになる。

それが一番、気持ちが悪い。


だから、なめし台。

作る。

“作れるようになった”から作る。


材料は、木材と縄と、固定用の釘。

木材は森で集められる。

縄は麻ひもで足りる。

問題は、刃物だ。


皮を削ぐのに、いつもの小刃じゃ心許ない。

大きいナイフが要る。

あと、薬剤。


モリは街へ出た。

街道はいつも通りで、いつも通りがありがたい。

勝負をしない。

買うものは決めておく。

迷わず帰る。


街に入ると、露店の列が先に来る。

匂いが混ざる。

焼き串。

薬草。

油。

革。

汗。


モリは立ち止まらない。

ただ、視線だけを滑らせる。

買わない店も見る。

買わないから、落ち着いて見える。


武器屋の台には、刃こぼれした短剣が並んでいる。

修理札がぶら下がっていて、値段だけがやけに現実的だ。

防具屋は、鎧より先に手袋と靴を前に出している。

初心者が破りやすい場所を知っている並べ方。


料理屋は、香りで客を釣る。

腹が減ってる時は危ない。

今日は、見ない。

薬草屋は瓶を増やしすぎて、どれが何だか分からない。

分からないものは買わない。

買うと、手順が増える。


露店の端に、革の端切れが積まれている店があった。

なめした薄い革。

染めた革。

硬い革。

それぞれ匂いが違う。

モリは足を止めずに、頭の片隅にだけ置いた。

「……いつか要る」

いつかでいい。今日じゃない。


目的の露店で、大型のナイフを一本。

値札を二つ見て、安い方を選ぶ。

相場の“だいたい”で十分だ。


次に、なめし用の薬剤を探した。

薬屋の棚。

ボトルの列。

だが、目的の札だけが空いていた。


「品切れ。最近ずっと」

店主は言い訳をしない。

事実だけを言う。

「深層が荒れてたろ。採りに行く奴が減った。で、在庫が切れた」


なるほど。

街の棚は、森と繋がっている。


モリは頷いた。

「レシピは」

「ある」


レシピだけ買って、店を出る。

買えるものだけ買う。

買えないものは、森で取る。

それでいい。


森に戻る道の途中で、モリは思い出した。

柿みたいな実がなる木。

渋い匂い。

手に付くと、しばらく取れないやつ。


タンニン。

なめしに使える。


拠点に戻ると、ユキが焚き火跡の外側で待っていた。

耳が一度だけ動く。

「行くぞ」


採集ポイントへ向かう。

道は、もう迷宮じゃない。

ただの森だ。


藪が、がさりと鳴った。


小型の魔物。

群れで来るやつだ。

以前なら、面倒で迂回していた。

下手に相手をすると、手順が崩れる。


モリが手を止めるより早く、ユキが前に出た。

吠えない。

ただ、踏み込む。


魔物が跳ぶ。

ユキも跳ぶ。

次の瞬間、地面に転がっていたのは魔物の方だった。

軽い。

音も、短い。


もう一匹が回り込もうとして、足を止めた。

止めた、というより。

止まらされた。

ユキの目が、深層のそれに少しだけ似ている。

測る目。

逃げ道まで含めて、間合いを決める目。


ユキは追いかけない。

逃げるなら逃げさせる。

でも、近づくなら倒す。

線引きが、はっきりしている。


魔物は逃げた。

藪の音が遠ざかる。

森が、また静かになる。


モリは少しだけ息を吐いた。

「……強くなったな」


深層で、怖いものを見た。

痛いものも見た。

それでも、逃げずに立った。

あの経験が、ユキの足腰に残っている。


ユキは振り向かず、耳だけを動かした。

返事の仕方が、前より落ち着いている。


目的の木は、覚えていた場所にあった。

枝に、橙色の実。

手で触ると、渋い匂いが立つ。

モリは実をいくつか採って、レシピ通りに潰す。

水に溶かす。

沈殿を待つ。


地味だ。

でも、手順は地味なほど強い。


しばらくして、液が出来た。

色が濃い。

指先が少し、きゅっと締まる。

これなら使える。


モリは薬剤の瓶を軽く振って、頷いた。

「よし。次は台だな」


ユキが鼻先で瓶に触れて、すぐ顔を逸らした。

渋いのが嫌らしい。

モリは少しだけ口元を緩めた。


「……それと」

モリは森の奥を見た。

鹿の気配がある方向。

「大型の鹿、狩れるかな」


ユキは頷いている。

狩る、という単語の意味を測っている顔だ。


「いきなりは無理だな。生息域の調査からかな」

モリは手順を口にする。

「無理しない範囲で。森を荒らさない範囲で」


ユキの耳が、もう一度だけ動いた。

肯定でも否定でもない。

ただ、“聞いた”という返事。


それで十分だった。

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