深層先導
掲示板の札に、名前が残った。
**ベイル・キーパーズ**。
受けたのは、あいつらだ。
だから。
次の連絡も、あいつらから来た。
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モリのログに、短い通知が落ちる。
『依頼:深層先導(任意)』
任意。
任意という形の、お願い。
お願いという形の、責任。
モリは湯を飲んで、画面の文字をもう一度読んだ。
先導。
道を知っている人間が必要になる。
迷宮は、地図を笑う。
正しい道がない。
あるのは、“同じ所へ吸われる癖”だけ。
ユキは焚き火跡の外側で丸くなっていた。
耳が一度だけ動く。
匂いを読む。
「……呼ばれてるな」
独り言。
返事はない。
だが、否定もない。
モリは立ち上がった。
断れば、楽だ。
でも。
自分が置いた“窓口”から来た依頼だ。
知らん顔をしたら、その窓口が軽くなる。
軽くなると、また燃える。
燃えると、森が死ぬ。
森が死ぬと、生活がなくなる。
……結局、自分のためだ。
モリは短く打った。
『行ける範囲で』
それだけ。
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深層の入口。
いつもの森の匂いが、ここだけ薄い。
湿り気より先に、冷えが来る。
そこに、人数がいた。
装備が揃っている。
でも、声が強すぎない。
強すぎない声は、仕事の声だ。
先頭に立っていた盾使いが、一歩だけ前へ出た。
「来てくれて助かる。……カイト。ベイル・キーパーズのリーダーだ」
名乗り方が短い。
余計な飾りがない。
モリは頷いた。
「モリ」
それ以上は言わない。
言わない方が、長く続く。
カイトの視線が、ユキに落ちた。
白い。
小さい。
でも、目が落ち着いている。
「その子が……道を?」
「目印を見てる」
説明は短く。
余計なことはしない。
カイトは一度だけ頷き、後ろに合図を出した。
「勝ちに行くんじゃない。生きて帰る。無理はしない」
チームの空気が揃う。
いい。
こういう連中なら、森も怒り狂いはしないだろう。
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深層に入る。
森が、ぐにゃぐにゃだ。
根が盛り上がる。
道が細くなる。
避けた倒木が、また出る。
同じ景色。
同じ匂い。
でも、繋がり方だけが違う。
カイトが、歩幅を半分に落とした。
「無理に詰めない。……モリ、合図は?」
「止まったら止まれ」
短く言う。
長く言うと、誰かが解釈して走り出す。
ユキが止まる。
鼻先が、左。
一歩。
また止まる。
モリは合わせて止まる。
後ろの一人が、思わず声を漏らした。
「……賢いな。あれ、匂いだけで分かるのか?」
モリは振り向かない。
「匂いと、湿り気。あと、わずかだけど痕跡がある」
言いながら、足元の落ち葉を指で払う。
踏まれた葉が、妙に固い。
「ここ。踏むと同じ所に巻き戻される」
カイトがすぐに復唱した。
「ここは踏むな。右へ」
言葉が揃う。
揃うと、事故が減る。
ユキがもう一度、鼻を上げた。
風下を切る。
それから、わざと遠回りする。
「……今の、近道じゃないよな」
「急がば回れだ」
モリは言い切った。
カイトが笑わないまま頷く。
「了解。勝ち急がない」
勝ち急がない。
それができる連中は少ない。
だから、ここにいる。
ユキは一度も吠えない。
吠えない代わりに、止まる。
止まって、待つ。
人間が追いつくのを待つ。
賢い。
“先導”っていうより、歩幅の調整だ。
ベイル・キーパーズは、その歩幅に乗った。
足音が揃う。
声が減る。
減ると、森の音が戻る。
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母銀狼が倒れた場所が近づくにつれ、空気が濃くなる。
血の匂い。
それと。
古い涙みたいな、ねばついた感じ。
ユキの耳が伏せられる。
小さな肩が、わずかに震えた。
モリは歩幅を落とした。
早く着くのは、今日の目的じゃない。
“帰れる形”にするために、進む。
空間が黒く沈んだように見える。
そこに、影があった。
大きい。
白銀が、赤に染まっている。
赫き銀狼。
牙が見える。
でも。
吠えていない。
前脚の間に、顔を落としている。
血の涙みたいなものが、土に吸われていく。
森の呪いが、勢いを増す。
行き過ぎた力が、美しい白毛並みを赫く蝕んでいる。
カイトが、盾を少しだけ前に出した。
隊列が固まる。
固まると、前に出たくなるやつが出る。
前に出ると、勝ち負けになる。
勝ち負けになると、周りの足が止まる。
止まった足元が、狂う。
この森でそれをやると、全員が詰む。
モリは、それを避けたい。
でも。
ここで引けば、ユキは一人で背負う。
背負わせるのも違う。
ユキが一歩、前へ出た。
小さい。
でも、足が止まらない。
「……行くのか」
モリは呟き、決めた。
哀しみを、広げる必要はない。
終わらせるなら、手順で終わらせる。
モリは一歩だけ前へ出て、カイトに短く言った。
「まず止める。殺し切らない。逃げ道は残す」
カイトは迷わず頷いた。
「了解」
赫き銀狼が、ゆっくり顔を上げた。
目が合う。
賢い目だ。
美しく賢かった母狼の姿がダブる。
そして、獲物ではなく敵を見定めた目だ。
ユキが低く息を吐く。
モリは呼吸を合わせた。
次は、戦いになる。
でも。
勝つためじゃない。
帰るためだ。




